第四十六話「閑話・発明家はすべてを語る」
『待つ』ということは、決して退屈なことではないと思います。
希少性なんて難しい話はわからないんだけどね。
でも、いつでも会えるパートナーが、たまにしか会えないパートナーになった時、二人の本当の愛が試されるんだと思う。
私には愛している人がいるけれど、あの人が帰ってこなくても、私はずっと待ち続けます。
それが私なりの、愛の証明だから。
◆◆◆
日が沈んだ時間のファミレスは、近場の学生でごった返していた。
ずかずかと無遠慮に入店したおじさんは、一瞬喫煙席を選ぼうとしている。
でも、私がいることに気づいて、苦い顔をしながら禁煙席を選択した。
案内された席に座ると、おじさんは息もつかずに店員を呼び寄せた。
「お呼びでしょうか」
「あー、とりあえずビールをくれ。
あと、こいつにお子様ランチとオレンジジュースを」
「かしこまりました」
私が口を挟む間もなく、店員さんは厨房の方へに去っていった。
別に、お腹は減ってないんだけど。
先輩のことが気になってて、それどころじゃないのに。
「また私を子供扱いする……」
「成人するまではガキだっつの。奢ってやるんだから大人しく食っとけ」
「……むぅ。いいけど、先輩の話をしてくれるんでしょ?」
「あん? いつ俺がそんな事を言ったよ」
「……帰る」
私が席を立とうとすると、おじさんは「分かった分かった」とあやすように着席を促した。
何かにつけて子供扱いをするので、あんまり気分が良くない。
「私は真剣に心配してるんだから。茶化すのはやめて」
「いやー、アツいねー。まあ、話してやるのもやぶさかではない」
「えーっと、先輩は今マンションにいるんだよね」
「いない」
「はぁ?」
きっぱりと首を横に振ったおじさん。
その対応に、一昔前のギャグ漫画よろしくすっ転びそうになってしまう。
「どういうこと?」
「んー、言ってやってもいいけど。怒られるのは嫌だしなー」
皮肉げに天上を見ながらニヤニヤするおじさん。
そこにビールが運ばれてきて、おじさんは水を飲んでいるんだとでも言うように、一気飲みでジョッキを空にした。
「……怒らないから、言ってよ」
「オーケイ。実はな、今この世界にあの坊主いないんだわ」
「どういう意味なのか分かんないよ」
「まあ、話しちゃうと俺の天才性が証明されちまうから、
自慢してるみたいで言い難いんだけどな。
ちょっとだけ話を逸らすけど、お前になくて俺にあるものがあるよな。
それがなんだか言ってみろ」
「……霊力、だっけ?」
ピンポーン、とおじさんは楽しげに笑う。
まあ、普通の人がこの会話を聞いても、おじさんの頭がラリってるだけだと思うだろう。
でも、おじさんが非科学的な力を持っているのは、今までに開発してきた発明品を見れば明らかだ。
私も何か発明するたび、全国紙のコラムで取り上げられたりするんだけど、おじさんの場合は規模が違う。
おじさんが一度何かを発明すれば、地球の裏側まで電撃的な速さでその情報が伝わる。
『最高にして最終の発明家』と言われるおじさんの所以が、そこにあるのだ。
人外の奇跡を起こす発明品は、彼にしか発明できない。
「まあ、霊力なんて本来は陰陽師くらいしか持ってないんだけどな。
俺の場合、ちょっとしたイレギュラーで獲得しちゃったのよ」
「その話は何度も聞いたよ」
「じゃあ何度でも聞け。
俺が霊力を使って発明をするとな、うるさい奴がいるんだよ。
座頭っていう陰陽師の友人がガミガミ説教しにやってくる。
それが嫌で、発明を発表するたび失踪するんだけどな」
眉唾ものの集合体な情報なのだけれど、全て事実だったりする。
霊力っていう不思議な力は、陰陽師の特権みたいなところがあったりして、本当は門外不出なのだそうだ。
だから、霊力をつぎ込んで作った異常な発明品は、事実上おじさん以外に作れない。
だからこそ、全世界が注目するようなことになるんだろうけど。
「パパラッチを撒くのも大変でさ。
『理不尽な不視』が故障中だから、よけい手間がかかるっていう……」
有名税を払うのが嫌なようで、おじさんは俗世に身を置かないようにしているのだそうだ。
仙人みたいな人だなー、と思うことがあるけど、霊力なんてとんでもパワーを本当に持ってるだけに笑えない。
「で、霊力自慢がしたかっただけ?」
「だけ」
「帰る」
「嘘だっての。頭に血が上ってたら何もいい案が浮かばねーぞ。これ発明家の常識な」
「知ってるもん、そんなことくらい」
ただでさえ不機嫌な状態なのに、お子様ランチが登場したことでさらにイライラが加速してしまった。
私が「いらない」と言って皿をおじさんの方に置くと、彼はお子様ランチのピラフを黙々と食べ始めた。
その直後、何故か他の料理を飛ばしてプリンに手を出す。
ホントに自由な人だな……この人は。
「俺さ、ここ数年の戦国ブームにあやかって、色々と甲冑を作ってたんだよ。
お前と坊主は、戦国時代が元から好きだったっけか」
「うん、戦国カタログは毎月買ってるよ」
「そりゃ重畳。趣味があるのはいいことだ。
でまあ、俺はまず試しに、霊力をつぎ込んである鎧を錬成したんだよ。
チタン合金をふんだんに使った実用タイプ」
「……この時代に実用も何もないと思うよ」
「俺もそのことに完成してから気づいた」
前から思ってたんだけど、この人実はバカなんじゃないだろうか。
世界一の発明家にこんなこと言うのもなんだけど。
確かに、こんな人が霊力なんていうチートパワーを持ってたら、座頭さんが不安になるのも分かる気がする。
好奇心が子供のまま大人になっちゃったような人だから。
「んで、恥ずかしながら、霊力の注入不足であんまり出来が良くなかったんだよ、その鎧」
「チタン合金のやつ?」
「そうそう。まあ、捨てるのも勿体ないからどこぞの道場主に高値で売りつけたんだけど」
「……銭ゲバ」
「それを言うな。俺だって生活かかってるんだぞ。
発明失敗という結果で俺のプライドに火をつけてな。
闘志が奮い立ったのはたしかにあの時だった。」
その話のどこに奮い立つ要素があったんだろうか。
チタン合金の鎧なんて、私が全力を出しても作れそうにないのに。
そんな逸品に『失敗品』のレッテルを貼り付ける余裕。
時々、おじさんの発明の能力が羨ましくなる。
「前の失敗は霊力の注入不足によって怒ったもの。
二度と繰り返さないように、俺は霊力のプロフェッショナルに師事を頼んだ。
座頭に霊力の伝導法を詳しく聞くに至った」
「……霊力の伝導」
やっぱり、根本からして私と発明の手順が違うんだな。
私は今まで蓄積してきた物理学や工学を融合させて発明品を作り出しているのに。
おじさんときたら『ああ、発明だろ? とりあえず霊力ぶっこんどけ』で発明品を創りだしてしまう。
正直言って、卑怯な感じがする。
でも、おじさんの規格外な発明品を見たら、そんな小言も言えなくなっちゃうんだよね。
「霊力が一番集まる所で、発明品に霊力をつぎ込むのが最適だって言われたんだ。
ちなみに、そこはどこだと思う?」
「……うーん、恐山とか?」
「そこは二番目だな。正解は、『神在月』の『出雲大社』だ」
か、かみありつき? 神無月は知ってるけど、そんな旧暦があったかな。
ちなみに神無月は旧暦10月だったよね。
出雲大社は知ってるかな。島根県にある、あの大きな神社だったはず。
「神在月っていうのは、要するに神無月だ。
だが、出雲付近となると、その呼び名が神在月になるんだよ。
ところで、神在月になるとなんで霊力が集まるかは分かるか?」
「……うーん、神様が出雲大社に出かけるから?」
「正解。そんなわけで俺はな――
12月1日からずぅ~っと出雲大社に篭って、霊力を鎧につぎこんでたんだ」
「冬の神社でそんなことしてたんだ……」
寒かっただろうな。
それ以上に、出雲大社の関係者の方々に不審に思われたに違いない。
「その結果、個人的に最高の出来な鎧が完成した。
あんまり世間様に公表できるもんじゃなかったけどな」
「どうして?」
「霊力のつぎ込みすぎで、鎧自体がちょっとした意識を持つようになっちまったんだ」
……ちょっと待って。
発明談議なのに、どうしてそんなオカルトな話が出てくるのかな。
まともに科学を使って発明をして欲しいんだけど。
「それが罪人を裁く神様の意識だったみたいでさ。
人の『澱んだ心』に反応してその所有者を異界に引きずり込むんだ」
「異界? また信ぴょう性の薄い話を……」
「事実だっつーの。この天才・甘屋草一を信じろ小娘。
そして気づいたキッカケがあったのもまた事実。
なんと俺の発明資金を盗もうとした助手が、その鎧に飛ばされちまったんだよ」
「その助手さんは出し抜こうとした相手が悪かったんだね」
「この天才を出し抜こうとしても、悲惨な末路が待っているだけだからな。
とは言っても、鎧の正体がわからないとあまりに気味が悪い。
だから近所のエラーい陰陽師にちょっとその鎧を見てもらったんだよ」
話の流れからして、座頭さんに見てもらったんだろうな。
ただでさえ霊力を使った発明をするなって言ってるあの人が、異界につながる鎧を発明しちゃったなんて聞いたら、憤死するんじゃないだろうか。
「その陰陽師が調査した結果――
鎧は『歴史から切り離された戦国時代』につながってることが分かった」
「歴史から、切り離された?」
「あんまり詳しいことは教えてくれなかったけどな。
鎧に宿ってる意識いわく、異界に行った人間が戻るのは、結構難しいらしくてな」
なんだか、嫌な予感がいっぱいする。
先輩の話をするって言ってこんな話題が出てくるんだから、ちょっと不安になってきてしまう。
「戻ってくる条件は、二つ。
一つ目が『澱んだ心が改善されること』。
二つ目が『神在月の出雲大社で、異界への道を開けてもらうこと』。
その二つが満たされない限り、絶対にその世界から戻ってくることはできない」
……それって、根本から悪に染まった人は一生出て来られないんじゃないだろうか。
というより、そんな意識を鎧に憑依させちゃうおじさんに驚きだよ。
まあ、伊達に個人的に最高なんて銘打ってるわけないもんね。
「んで、俺は思ったわけだよ。
こいつを闇の世界に流通させたら、骨董品大好きな極悪人を、この世から消し飛ばすことができるんじゃないかってな」
「……極悪人殺しの発明品かぁ。画期的だとは思うよ」
「だろ? そんなわけで、俺は最後に鎧に工夫を施して、闇の世界に流した」
「工夫っていうのは?」
「警戒色の紫色を全体に塗った」
「……それって」
あの時先輩はなんて言っていたか。
――『い、今さ、やばいんだ! 手元に置いてる骨董品が、ついに反逆を起こしやがった! 紫色の戦国鎧が渦を発生させてきやがったぞ!』
思い出した瞬間、背筋が震えた。
「……まさか」
「ああ、やっと気づいたか。ご愁傷さまだな」
ナムナム、とおじさんは他人事のように拝んでいる。
私は音もなく席を立ち、回りこんでおじさんの背後に行く。
そして、音もなくおじさんの首に手を巻きつけると、チョークスリーパーをキメた。
怒りの大絶叫付きで。
「……こんの、バカぁあああああああああああああ!」
「ぐぉああああああああ! 痛い! 苦しい! 灰色の脳細胞に酸素が届かん!」
首を振り回して回避しようとするが、ガッチリと技を決めているので脱出不可能。
店員や他の客が引くのも構わず、耳元で大声を出した。
「何でそんな物作っちゃうの!?
おじさんが作る発明品は人を幸せにするものだって信じてたのに!」
「まあ落ち着け。長いスパンで見ればな、きっと悪人が消え去ったことに対する幸せのほうが大きいって。あの坊主も、心の澱みがあったのが運の尽きだったんだ」
「言い訳になるかぁああああああああ!」
「く、首がもげるぅうううう! お前、伯父に対してその行動はないんじゃないのか!?」
おじさんがタップする力もなくなってきた所で、腕の力を弱める。
そのまま席に戻り、オレンジジュースで喉を潤した。
大声を出したので、喉がヒリヒリしてしまった。
「じゃあ、もう先輩は帰って来ないかもしれないの?」
「その可能性は無きにしも非ずだ。
だが、あいつが本当に骨のある男なら、婚約者を置いて死にゃしねえよ」
「……むぅ」
「飛んじまったもんは仕方ねえ。
腰をどっかり落ち着けて、帰ってくるのを待つのが嫁の務めなんじゃないかね」
「まだ私結婚してないもん……」
どうやら、先輩は変な世界に飛ばされちゃったみたいだ。
目の前の奇人発明家が作り出しちゃった鎧によって。
正直、信じられないっていうか、信じたくないけど。
――でも、おじさんならやりかねない。
「さて。話は決まったな。
じゃあ24時間営業のこのファミレスに、あいつが帰ってくるまで居座ってやろうぜ。
金なら腐るほどある。この通り、諭吉のブルゴーニュ風諭吉和えだ」
「……万札をチラつかせながらドヤ顔するのはやめてよ」
とにかく、起こってしまったからには、もう嘆いても仕方ない。
先輩の帰りを願いながら、待つことしかできない。
どうやらこの社会的人間失格発明家は、ここで夜を明かすつもりらしいし。
「朝帰りなんてしたら、お父さんに怒られちゃう気がする」
「大丈夫大丈夫。俺が一緒に行って理由を説明してやるから」
「余計話がこじれちゃうよ」
「――あのー、お客様……」
その時、対面で座って話を続ける私達の間に、店員さんが割り込んできた。
やばい、騒ぎすぎたかな。
そういえば、さっき営業妨害クラスの大立ち回りをしたような気がする。
そんなことも忘れたのか、おじさんは自信に満ち溢れた顔で、店員さんに返事を返した。
「む、君は新入りかね。俺を呼ぶときは『お客様』ではなく、
『最高にして最終の発明家・特許の数は数知れない・前人未到の前代未聞・誰もが膝を屈する放蕩男・神に愛された万夫不当の一騎当千・惚れるな騒ぐな構ってくれるな・そんなとある発明家・甘屋宗一』と呼んでくれたまえ」
私は無言で対面のおじさんの足をつねった。
「ッあだだだ!?」
ちょっと黙ってて欲しい。
店員さんが怯えちゃってるし。
ていうか、長い上に発明家って二回言っちゃってるし。
おじさんが色気づくとロクにならないってことはよくわかった。
「ごめんなさい。邪魔になってますよね。
すぐ出ていきますので、ちょっとお待ちください」
「……は、はぁ。でしたら、早めにお願いしたいです」
「ちょっと待ておい! 客を追い出すつもりか!?
お前はそんな接客をしろとでもと言われてるのか!?」
「……え、いや、そんな」
「店員さんを脅さないの」
おじさんの足を蹴って黙らせる。
そして、首根っこを掴んでそのまま出口に向かう。
「ちょっと待ってくれ! まだ、まだプリンちゃんを全部食ってないんだぁあああああああッ!」
悲痛な叫びも虚しく、おじさんと私は店を後にした。
私達が店外に出ると、台風一過といったような調子で、店内から安堵の声が聞こえた。
さて、今度こそ先輩の所に行かないと。
先輩、帰ってこなくちゃ嫌ですよ。
ここで、私はずっと待っていますから――
次回は登場人物一覧を載せます。




