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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第二章 対決、中国地方の覇者・毛利
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第四十一話「無謀な救出、されど詐欺師は迷わない」

 


「殿、あちらに毛利蓮臥殿が控えております」


「ふむ、まあちょっと待て。

 もう少し長引きそうなゆえ、今少しそこに控えていてくれ」


 日和はそう言って、接待役の人を部屋から出て行かせた。

 カラスが鳴く夕暮れ、この天守閣に4人が集まっていた。

 俺と日和、そして紫と風鈴だ。心中穏やかでない俺は、風鈴に強い口調で話しかける。


「風鈴、風薫は今どこにいるんだ?」


「おそらく……毛利両川が駐留する陣に」


 力なく答えた風鈴は、しんがりを務めたらしく、見るに堪えない満身創痍になっていた。

 本来なら、すぐに治療して寝かせてあげるのが優しさなのだろう。

 しかし、俺としては情報を聞き出したい思いでいっぱいだった。

 息をつかせる暇もなく、俺は風鈴に詰め寄る。


「一体、何があったんだ?」


「伏見春虎、まずは落ち着け。心が乱れていては何も良いことはないぞ」


「落ち着け? この状況で、お前は落ち着いてられるのか?」


 俺と風鈴の間に入ってきた紫を、苛立って睨みつける。

 しかし、紫は微動だにせず、俺の顔を冷めた目で見つめるだけだった。

 こいつにあたっても、何の意味もないという事は分かっている。

 だが、胸の中で渦巻くこの焦燥を、止められそうになかった。


「軍師が乱心したらお終いだからな。それに引きかえ貴様はどうだ。

 将が一人捕縛されただけでその慌てよう。

 正直言って、この話の場にいるだけで邪魔だ」


「……今、なんて言った?」


「邪魔だといったんだ。ここにいたければ頭を冷やせ」


「――ッ!」


 知らず知らず、俺は紫の襟元を掴んでいた。

 振り上げた右手が頭上に掲げられており、それが日和によって止められている。

 そのことを知って、初めて俺が何をしようとしていたのかに気付いた。

 いつの間にか、こいつを殴って鬱憤を晴らそうとしていたのだ。

 日和が止めていなければ、恐らく俺はこの腕を振り下ろしていただろう。

 酷い錯乱に、自分自身に対して腹が立ってくる。


「春虎、熱くなりすぎだ。

 黒田殿の言うことも正しい。少し落ち着け」


「……風薫が、風薫が危ないんだ。早く、助けてやらないと」


「竹中殿を助けるための話し合いをしようとしているのに、お前が邪魔をする形になってどうする」


「…………」


 そう言われて、俺はゆっくり息を吐きだした。

 同時に、頭に登った血が徐々に下降してくる。

 紫の表情を伺ってみると、俺を小馬鹿にしたように笑っていた。

 ……やっぱり性格が悪いな、こいつ。


「ふん、まあ、あの策士がいなくなっては痛手だからな。

 助けることに異存はないが、まずは風鈴の話を聞くのが妥当だろう」


 紫はそう言って、苦しげに傷をさする風鈴を指さした。

 すると、彼女も痛みを我慢して、当時のことを話し始めた。


「……風薫殿の指示通り、私たちは湿地を挟んだ平野に陣を敷きました。

 そして、敵兵が湿地を乗り越えてくる所を見計らって、大量の矢を浴びせかけ、一時はこちらが押す形になりました」


 やはり、風薫の采配も尋常じゃないな。

 ここに来て日も浅いというのに、地形を完全に理解して、それに応じた布陣を展開している。

 さすがは近畿地方を揺るがした天才と言ったところか。挙動一つ一つのレベルがずば抜けてる


「少しの間、小競り合いが続きました。

 しかし突如、敵の総大将――小早川隆景が先陣に立ち、我が軍を挑発してきました。

 『総大将たる私がこうして前線に出ているというのに、宇喜多の将は腰が抜けて出てこられないのか』と」


「ふん、典型的な挑発だな。しかし、典型的なだけに効果的な手法だ。

 特に、総大将がそれをやるんだからタチが悪い。――で?」


 鼻で笑って、紫は話の続きを求める。

 そう、普通なら気にせず攻撃を続ければいいだけの話。

 だが、ただでさえ兵の少ない宇喜多軍には、敵以上の士気を求められる。

 だから、その状況で断ることなんてできなかっただろう。


「我が軍の士気が下がるとまずいと思ったので、私が先陣に立ちました。

 そして、小早川隆景と相対する一騎打ち状態となりました」


 比較的、戦国時代は一騎打ちが発生しにくいはずだが、そのケースならありえなくもない。

 しかも、小早川隆景は本来ならば先陣に出るような武将ではないのだ。

 直接戦闘よりも、指揮や計略によって敵を苦しめる。

 にも関わらず敵側から一騎打ちを求めてきたのだ。

 宇喜多軍からしてみれば幸運だったこよだろう。

 だが、結果的に風鈴はここまで傷めつけられてしまっている。

 ……一体、何が起きたんだ。


「私は馬を走らせて、小早川隆景に近づきました。

 後少しで槍が届くところまで。

 するとその時、奴は懐から妙なものを取り出しましたのです」


「妙なもの?」


「……片手で扱えるような、黒い銃です。

 それを私に向けて、撃ち放ってきました」


「――拳銃かッ!」


「けんじゅう? なんだそれは」


 日和が俺の方を見て首をかしげる。

 そして、風鈴も俺がその物体について心当たりがあるのを見て、食い入る様に見つめてきた。


「俺が元いた世界に存在する、凶悪な殺傷武器だよ。

 ちなみに、大きさはどれくらいだった?」


「こ、これくらいかと」


 胸の前で手の距離を置き、そのサイズを示してきた。

 大きさから判断して、おそらく大型拳銃のたぐいだろう。

 あんな物を片手で撃てるってことは、反動に慣れてる――つまり使い慣れているということ。

 小早川隆景の正体は、元の世界での闇商人だっけか。

 元の世界でもなかなかお目にかかれないような職種だな。

 詐欺師が言うことじゃないけども。


「ああ、そんなもんを食らったのか。鎧は全然意味なかっただろ」


「火縄銃なら衝撃を弱めるくらいは出来るのですが、完璧に肩口を撃ち抜かれました……」


 ふむ、やはりこの時代の人間が、拳銃に対応できるはずないか。

 にしても、俺のスタンガンを超える殺傷武器を持ち込んでやがるな。

 まあ、俺が所持してる武器はスタンガンだけじゃないけど。


「で、その後はどうなったんだ?」


「……私はとっさに陣営に逃げ戻り、難を逃れました。

 すると、一騎打ちで私が負けたことにより、我が軍の士気が一気に下降しました」


 悔しそうに、風鈴は唇を噛み締める。

 しかし、一騎打ちっていうのはそういうものだ。

 打ち合ってる本人にかかる重責が半端じゃない。

 それが分かっていて、小早川は一騎打ちを挑んだんだろう。


「士気が下がるのを防ごうと、私に入れ替わって風薫殿が先陣に出ました。

 今思えば、あの男はこれを狙っていたのでしょう」


 ああ、風薫ならそうするだろうな。

 失態を取り戻そうと、総大将でありながら前線に出向く。

 風薫には、多少無理を効かせても成功させるだけの能力があるのだから。

 恐らく、小早川隆景はそのことを分かっていた。

 分かっていてやったのだから、策謀の腕で言うと相当なものだ。


「風薫殿は妙な銃の射程距離に気を配り、矢を放って応戦していました。

 すると小早川隆景は、再びある物を取り出しました」


 そう言って、風鈴はそばに置いていた紙片を俺に渡してきた。

 横から紫と日和も覗きこんでくる。


「これは?」


「男が取り出した物を書かせたものです」


 なるほど、スケッチ画みたいなものか。

 筆で書いてあるにしては、ずいぶんと細部まで書き込まれている。

 しかし、その絵を見た瞬間、俺は凍りついた。


「まさか、P-90か……!?」


「ぴー、きゅーじゅー? 何だそれは」


 このずんぐりとしたフォルムに、特徴のある機関部の位置。

 俺はあまり銃に詳しくないが、以前に詐欺をしかけたことのある組織が、取り扱っていたように思う。

 絶大な破壊力を持つこれは、先程までの拳銃と比較にならない。

 日本では扱っていない武器なので、おそらく海外から取り寄せたのだろう。

 矢が戦場の華であるこの時代に、なんて物を持ち込んでやがるんだ。


「これを……風薫に向けたのか?」


「はい。風薫殿もさすがに対応できないようでした……。

 馬と脚を撃ちぬかれ、その場で落馬しました。

 助けに入ろうとした兵を、男はその武器で撃ち殺していました」


 剣豪をも圧倒するのではないかと思うほどの武力を持つ風薫。

 しかし、初見の現代兵器に対応しろっていうは、さすがに無茶だ。


「そして、男は風薫殿を抱え陣中に下がり、そこから熾烈な毛利軍の攻勢が始まりました」


 総大将である風薫の捕縛に、重臣にして補佐を務めていた風鈴の撤退。

 そこまで上層が崩れると、兵は機能しなくなる。

 元々兵力に圧倒的な差があったのだから尚更だ。

 風鈴はその時のことを思い出して、悔恨に浸っていた。

 膝の上に置いた拳をギュッと握りしめ、肩を震わせている。


「……何とか風薫殿を救出しようとしたものの、押される一方で。

 しんがりとして、石山城に逃げ帰ることしか出来ませんでした……」


 悔しくで噛み締めた唇からは血が滲んでいて、無念で胸を痛めていることがありありと分かる。

 滲んだ血は端正な顎に滴り、傷だらけの衣服に落ちていく。

 そして、必死にこらえていた涙が抑えきれなくなったのか、風鈴は人目もはばからず泣いていた。


「……私が風薫殿をこの勢力に誘ったのに。

 こんな失態では、仕え主である春虎殿に……申し訳が……」


 最後まで言い切れず、風鈴はその場で泣き崩れてしまった。

 ごめんなさいと、何度も俺に謝ってくる。

  見かねた俺は、彼女の手をとって、形だけでも微笑んでみせた。

 本当は、俺が泣きたい現状なのだが、辛いのはみんな一緒なんだ。

 俺一人が格別に哀しいなんてことは、絶対にない。

 俺が手を取ると、風鈴は涙で濡れた顔を上げた。


「お前は悪くない。むしろ、よくその身体でしんがりを務めてくれたな。

 ここに帰ってきた兵士は、みんなお前に感謝してるだろうよ」


「……許して、くださるのですか」


「許すも何も、同じ勢力に仕える同士だろ。そんな許す許さないの関係じゃない」


「……ありがとう……ございます」


 詭弁もいいところだが、これ以上に効果的な言葉を俺は知らない。

 俺の言葉を受けて、風鈴はよろよろと立ち上がった。

 すべてを語り終わったので、兵舎に行って治療を受けるのだろう。

 ふすまを開け放ち、風鈴は階段をゆっくりと降りていった。

 しばらくは、そっとしておいた方がいいだろうな。


 すると、入れ違いになって、ある人物が入ってきた。

 それも、ふすまを蹴破らん勢いでだ。

 ドタドタと足音を鳴り響かせながら入ってきて、そいつは甲高い大声を上げた。


「遅い遅い遅いッ!

 あたしがわざわざ降伏してきてやったのに、なんだこの扱いは!

 毛利元就の娘にして、中国を統べるこのあたしをなんだと心得てるんだーっ! 立場を考えろ立場を!」


「れ、蓮臥様……そのお言葉そっくりそのままお返しされてしまいます」


「黙れッ!

 あたしがこのまま帰れば、付いてきた将兵を吸収できなくなるんだぞ? 

 それでいいのかお前らはッ!」


 なんか、重苦しい空気を改善というか、ぶち壊すような人が乱入してきた。

 そこそこ高い身長に、腰に提げたヘビ柄の柄刀。

 服がはだけるのもお構いなしで、待たされたことを喚いている。

 まさか……これが毛利蓮臥なのか。なんというか、一風変わった人間だな。

 美少女だけど、その直前に『残念』が付きそうな人だ。

 ハイテンション過ぎてついて行けそうにない。


「そこの男、なんか失礼なことを考えてないか?」


「いやいや、アバズレが入場してきてアブノーマルシチュエーションだなんて、少しも考えてないから」


「南蛮の言葉か? 奇妙な奴め」


 毛利の殿様が疑問を投げかけてきたが、とりあえず聞き流す。

 俺はとりあえず、話の腰をへし折る存在を排除すべく、優しく嗜めるような口調で話しかける。

 こいつは恐らく、待遇に文句があって乱入してきたんだろう。

 だが残念ながら、いちいち投降してきた人間に手厚い対応なんてしてられない。

 世の中にはわがままが通じないことが多々あるってことを分からせてやる。


「蓮臥さんよ。別にこっちは降伏されなくても構わないんだぜ」


「おぉ? あたしにケチを付けるつもりか」


「ケチじゃなくて正論だ。

 当初から、宇喜多の正規兵だけで毛利は抑えこむ算段なんだよ。

 降伏なんてされなくても、帰る家のなくなった殿様が路頭に迷うだけだ」


「……あ、あぅ」


「そうなると、お前の側近連中もみんな出ていかなきゃいけなくなるな。

 すぐそこまで毛利の兵が来てるんだから、捕まったら即処刑されちまうぞ。

 死んでも構わないんなら、勝手に出ていくといい」


「……せ、正論を言うなぁー!」


「なぜそうなる」


 大声を出して俺の話を寸断してきた。

 しかし、奇声を上げたからか、ゼーハーと荒い息をついている。

 とりあえず俺としては、現段階でこいつを話に交える必要はないと感じていた。


「俺たちは今、どうやって風薫を救出するかを話してるんだ。

 邪魔になるからそのへんで歌舞伎踊でもやってろ。様になると思うから」


「風薫――ああ、竹中風薫のことか。

 その武将については心配することもない。なぜなら――」


「毛利蓮臥殿。しばらく向こうで待っていてくれると助かる」


 蓮臥が何かを言おうとした瞬間、紫が詰問するように止めに入った。

 あまりに鋭い口調だったため、蓮臥も驚いて話すのをやめてしまう。

 ……何だ、今のは。ただならない違和感を感じる。


 ――なぜ今、紫は急に話すのをやめさせた? 

 さっきまで馬鹿話をしていても、なんにも言わなかったじゃないか。

 しかし、風薫の処遇に関わることを言いそうになった刹那、意地でも話の腰を折ろうとした。


「……紫、お前何か隠してるな?」


「何のことかな。ただ単に、この場に必要のない人間に席を外してもらおうと思っただけだが」


「ならいい、蓮臥。風薫について心配することはないってどういうことだ?」


「ああ、それは――」


「「言うな!」」


 その時叫んだのは、紫だけではなかった。

 紫が檄を飛ばしたのはもちろん、日和までもが情報の提供を拒否した。

 まるで、俺が聞いたら不都合なことがあるかのようだ。

 ますます、俺の不信感は募っていく。


「おい、日和、紫。少し静かにしててくれ。

 風薫は形だけとはいえ、俺に仕えてるんだ。

 配下のことについて聞くのがダメなのか?」


「…………」


「ダメじゃないんだな」


 俺が確認するように視線を向けると、紫と日和は諦めたように目を伏せた。

 なんだ、何でそんな目をする。

 そんな態度を取られたら、嫌な未来しか見えなくなてしまう。

 だが、ここまで来て聞かずにはいられない。

 俺は自分でも驚くほどの低い声で、蓮臥に再度尋ねた。


「で、風薫がどうしたんだ?」


「ああ、小早川隆景――の偽物だったかな。

 奴は『才滅の儀』という見世物が好きなんだ。

 恐らく相当ねじ曲がった人生を送ってきたんだろうな」


 『才滅の儀』。

 聞いただけで穏やかな響きじゃないということが分かる。

 それに、闇商人だった人間が考えることは、明らかに常軌を逸しているはず。

 嫌な予感が脳髄を刺激する。

 脳がチリチリと焼けるような焦燥が、心中を覆い尽くしていく。


「『才滅の儀』は、奴が戦後に行う下衆な見世物だ。

 内容としては、捕縛した敵兵を捕縛してから処刑したりする」


「――処刑ッ!? しかも、戦後ってことは……」


「多分明日の昼ごろにでも執り行うんじゃないかな。

 外道な手だが、兵の士気も上がるし。まあ、あたしは嫌いだったけど。

 あと、吉川元春――の偽物だったかな。

 見た目のいい捕虜は、みんな彼の毒牙にかかっている。

 さんざん陵辱された後に処刑、おそらくそれが竹中風薫の末路だと思うぞ」


 ペラペラと、何でもないことであるかのように蓮臥は話す。

 それに比例して紫と日和の表情は曇っていく。

 蓮臥が話し終わった所で、俺は力なくうなずいた。


「……そうか」


「ああ、そうだ。まあ、運がなかったと諦めればいいんじゃないかな」


「――ということは、明日の昼までに救出すれば、風薫は助かるんだな?」


 俺がそう言った瞬間、紫は恐れていたことが起きてしまった、というような顔をした。

 そして、俺を止めようと強い口調で諌めてくる。


「伏見春虎、無茶だ。

 兵はみんな疲れているし、今すぐに動かせない」


「誰も兵を使うなんて言ってない。俺一人でも助けに行く」


「……狂ったか」


「狂ってるさ。詐欺師をやってる時点で自覚はある。お前らに迷惑はかけないよ」


 そうだ。他の人間に頼っていたら、確実に手遅れになる。

 あんな汚らわしい男共に、風薫の命が脅かされるのだと思うと、腸が煮えくり返りそうだ。

 そして、胸が張り裂けそうになる。


「確か円城砦の南に陣を敷いてるんだったよな。

 おそらく毛利両川とともに、風薫はそこにいるはずだ」


「……馬に乗れない貴様が、どうするつもりだ?」


「走る」


 無茶だとしても、ここで動かずに何もしないまま、事が終わるのだけは嫌だ。

 それに、円城砦を超えた先なら、一晩かければ踏破できる。

 その頃には風薫の貞操が終わっているかもしれないが、それでも命だけは助けてみせる。

 俺が急いで出ていこうとすると、紫が背後から声をかけてきた。


「貴様、どうしてそこまであの女に執着する? 貴様はそれで何を得る」


「何も得ないよ。得るのは自己満足だけだ。

 でも、行動理由をこじつけるなら、最適なものがある」


「……なんだ」


「俺を慕ってくれてる女の子を見捨てるなんてことは、詐欺師の前に男として終わってる」


 俺はこれから、女性のために動く。

 これだけ聞いたら、甘屋が怒り出しそうだが、事の顛末を聞けば笑顔で送り出してくれるだろう。

 むしろ、助けなかったら違う理由で怒られるはず。


「は、ははははっ!

 男として、か。真顔で、そんなことを良くも――あは、ははははははははっ!」


 俺の言葉を聞いて、いきなり紫が笑い出した。

 それも、ただならぬ爆笑だ。あまりに珍しいことなので、とっさに振り向く。


「やはり貴様は酔狂だな。

 手遅れなまでに狂っている。だが、そういう人間は嫌いじゃない」


「そうかい」


「そういうことだ。……ところで日和」


 紫が相好を崩したまま、日和の方に振り向いた。

 そして、実はお前のほうが狂ってるんじゃないかってことを、堂々と言い放った。


「私はこの馬鹿のやることに付き合ってくる。

 馬がなくてはダメだろう。行ってもいいかな?」


「……構わないが、予備兵をつれていくか? 少しくらいなら手配できるが」


「いらないいらない。

 『戦争』をするのなら人出が必要だが、これから行うのは『奪還』だ。

 少なければ少ないほど好都合。私とこいつだけで行く」


「そうか。武運を祈る」


 そう言って、日和は朗らかに許可を出した。

 これに許しを出す日和も相当酔狂だと思うが、俺にとってはありがたい。

 早速、俺と紫は部屋を出て、馬小屋に向かうことにした。

 滑りの良い床を踏みしめ、ゆっくりと気合を貯めこんでいく。


「時に伏見春虎。ネズミのように潜りこむ以上、捕まれば確実に死ぬわけだが。それでも行くんだな?」


「くどい、俺はそんな損得勘定が出来るほど人生を割り切ってない」


「そうか。ならば、一刻も早く行こうか。貴様も生娘の方が好きだろう」


「……何の話だ?」


「いいや、こっちの話だ。

 しかしまあ、私は疲れているから、馬をうまく扱えるかわからないな。

 ものすごく揺れることになるかもしれん」


「…………」


「死にそうな顔をしているぞ」


 下らないことを口走りながら、天守を出る。

 そして、馬小屋に繋がれている中で、最も凄まじい健脚を持つ馬を引っ張りだす。

 囚われの姫様を救い出す王子の気分だな。

 それも、死を覚悟することが前提の厳しさだ。

 だけど、俺は必ずやり遂げる。

 風薫を救出して、二度と失態をしないように叱ってやるんだ。

 俺が言えることじゃないんだけど。

 あいつが理不尽で困っている顔を見るのも、嫌いじゃない。


「――待ってろよ、風薫」


 大嫌いな馬に乗りながら、夕暮れの空を見上げていた。

 上空を羽ばたくカラスと目が合う。

 すると、カラスはものすごく驚いたような顔をして、一直線に逃げていった。

 はて、俺はどんな顔をしているんだろう。

 益体のないことを考えている内に、馬は走りはじめた。


  

 

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