第四十話「最悪の戦果」
吉川元春は、とんでもないことを口走った。
――『この世界』に『来た』。
刹那、俺の目が見開かれる。
待て、今こいつはなんて言った?
その言葉が表す意味。そして、俺はある仮説を導く。
風薫の違和感の元が、何となく分かった気がする。
「――お前ッ」
俺が言い返そうとするも、もはや矢の雨で奴の姿は見えなくなっていた。
吉川元春は、俺の視線から消え失せるようにして、その身体を矢嵐の中に投じた。
普通ならば、誰でも死ぬであろう射撃。
現に、あの男が乗っていた馬はみるみる内に針ネズミのようになり、膝を折って地面に倒れ伏した。
砂塵が巻き上がり、吉川元春の姿が見えなくなる。
タイミングを見計らった長槍部隊が、合図と共に元春がいるであろう位置に槍を突き出した。
まさに一気呵成の攻撃。
どれほどの猛将であろうと、間違いなく死に達する猛攻だ。
だが、残念ながら、『この』吉川元春はただの猛将ではなかった。
「痛てーな、おい」
喉を震わせながら、砂塵から男が顔を出す。
その顔は鎧に包まれており、どこにも付け入る隙は見当たらなかった。
それは胴体も同じ。完璧に身体を覆っている鎧のせいで、一本も矢が突き立っていなかった。
「なッ!? こいつは化け物かッ!?」
周りの兵がどよめく。
当然だ。あれだけの攻撃を受けて、なぜ傷一つ付いていない。
いかに強靭な鎧であろうと、矢が一本も突き立たないということは、普通ありえないのだ。
「ハッ、チタン合金にそんな矢が刺さるかよ」
……こいつ、やっぱりか。
この時代にチタンなんて合金を精製する技術があるはずもない。
それなのに、あれだけの守備――全身を完全に包み隠すような甲冑で暴れまわっている。
「お前……現代人か」
俺は、再び槍を握りしめた吉川元春に声をかけた。
すると、奴は豪気な笑いをかました後に、大きくうなずいた。
「そうだ。変な鎧に連れられて、着いた所は戦国時代――ってか。
はは、生きてりゃおかしなこともあるってもんよ。
まあ幸いにして、俺は『人を殺す術』を持ってたわけだけどな。
しかも、周りは脆弱な女ばかり。楽しくて笑いが止まらねえよ」
そうか、俺はこの時代に来た人間が、自分だけだと信じていた。
だが、あの鎧が人をこの世界に飛ばす何かなのだとしたら、その考えは根本からひっくり返る。
俺があの紫色の戦国鎧を手に入れる前に、誰かがその犠牲になっていたとしたらどうだ。
この世界に来た人間が、俺だけではないという可能性は十分に存在する。
しかし、一つ腑に落ちない点がある。
「吉川元春。お前も元の世界の人間なんだろ?」
「そうだ。下らねえ倫理に縛られて、退屈な世界だったよ」
「元の世界に人間にしては、ずいぶんと槍を使い慣れてるんだな」
「ははッ、そう思うか? そうだよな、普通そう思うわな。
だが、元の世界にいた時に、聞いたことがねえか?
『槍術師範が突如行方不明』ってニュースをよ」
「……ッ。そうか、お前」
その話は、聞いたことがある。
俺が中学生時代か、もっと前かに、著名な武芸者が消失したという報道があった。
あまりの唐突な失踪に、少しの間マスコミが騒いでいたような気がする。
まさか、それがこいつなのか。
本当は失踪などではなく、妙な以上に巻き込まれて、異世界に飛ばされてしまった。
そういうことだろうか。なんて言うふざけた偶然だ。
「まあ、この世界じゃ俺の才能も腐らねえし、良い具合に隠れ蓑をかぶれてるし、文句はねえよ。ただ、相棒の方は現実に未練があるみたいだがな」
こらえ切れない笑いを浮かべ、その槍を凪いでいく。
すると、周囲の槍兵があっけなく蹴散らされ、ことごとく兵を損失していった。
周囲にいた兵士が火縄銃を吉川元春に向けたが、チタン合金にダメージを与えられるはずがない。
――隠れ蓑。
こいつは今そう言った。
つまり、奴がこの世界における『吉川元春』になりきり、こうして毛利家の実権を握っているということを指すのだろう。
「良いだろ、この鎧。俺が趣味で愛用してた物だ。
こっちの世界に飛ばされるとき、引っ張りこむことができてよかったぜ。
まあ、相棒はもっと良い物を持ってたけどな」
ちょっと待て。こいつの言ったことを考えると、嫌な結果ばかりが出てくる。
確かに俺は多量の発明品を持ち込んで、便利な生活をしている。
だが、こいつらだってその恩恵を受けているのだ。
例えば、その馬鹿げたチタン合金の鎧。
するとここで、一つの懸念が突如胸をかすめた。
「ちょっと待て、お前が偽物だということは。まさか小早川隆景も……」
「ご明察、あいつの本性は、例の戦国鎧を転売しようとしてた闇商人だ。
怖いもんだよ。あいつは一体、どんな物を持ち込んでるんだろうなぁ?」
意地悪げに、馬鹿にするように男は笑う。
やはり、その男もこの世界に迷い込んだ現代人。
『毛利両川』の皮をかぶった偽物だ。
そして、奴らは現代の科学力を持ったブツを、この世界に持ち込んでいる。
「……風薫が、危ない」
俺はポツリと、知らず内につぶやいていた。
たとえ風薫が千の槍と万の刀をさばく武の達人だとしても、現代の科学に太刀打ち出来るはずがない。
初見で何かを仕掛けられてしまえば、そこで勝負が決まってしまう恐れもある。
するとここで、俺と男の会話に耳を傾けていた紫が、唐突に大声を上げた。
「大筒用意完了ッ! 目標は吉川元春だ! 一斉砲撃始め!」
その言葉とともに、ゴロゴロと台車の付いた大筒が俺の横に並んだ。
それは、『国崩し』と言われる、凄まじい破壊力を持った大筒だった。
噂には聞いたことがあるが、まさかそんな兵器を持ってきているとは思わなかった。
吉川元春も同じ心境のようで、動揺が鎧越しに伝わってきた。
「うはっ! この鎧を着てても大筒だけは勘弁だ。
いいぜ、十分に兵は削りとった。今日の所はここまでにしといてやるよ」
その言葉とともに、宇喜多の騎兵を切り飛ばして、男は馬を奪った。
そのまま跨って自分の兵の元へと走って行き、撤退の指示を出す。
「これ以上粘っても旨みはねえ。挟撃されたら無駄な損失だ!
門にできるだけ損害を与えて、陣まで下がるぞ!」
すると、今まで熾烈な攻撃をしていた兵が一目散に身を翻し、毛利の領地へと走っていく。
その去り際、工作兵が門前に何かを施して、火種を投げた。
すると、凄まじい閃光とともに、何かが炸裂した。
腹に響くような轟音が発生し、今までその砦を守っていた正門が、跡形もなく吹き飛んだ。
パラパラと乾いた破片が舞い上がり、俺たちのところまで飛んできた。
「ッチ、爆薬を持っていたのか。だがまあ良い、撃退には成功したな」
紫は不満そうに表情を歪める。
だが結果として砦を守りきることができた。そこは誇っていいだろう。
しかし、こちらの歩兵は吉川元春のせいで潰走していて、砦の兵も士気は高くない。
口惜しいが、追撃は諦めるしかないだろう。
「国崩しなんて持ってたんだな」
正式名称はフランキー砲だったか。
現代で使われている砲撃兵器と比べたら見劣りするが、その破壊力は常軌を逸している。
少なくとも、俺はチタン鋼の鎧を着てても死ぬ自信がある。てか死ぬな、間違いない。
「ん? そんな物を買う金がどこにある。これは作り物だ」
「マジでか」
まさかのハッタリかよ。
そりゃまあ、こんな大筒を一門買う金があったら、大量の火縄銃がそろえられるんだもんな。
だけど、ハリボテでも虚勢としてかなりの効果を発揮する事ができる。
さすがは黒田さん、腹黒い上に汚いぜ。
「……失礼なことを考えていないか?」
「いやいや、そんなことはないさ」
ジト目を向けてくる紫を放置して、戦場の状況を確認する。
砦はこれ以上無くズタボロだが、中にいる兵士の命の多くは救われたようだ。
石山城方面への進撃は阻止できたし、一応はこっちの勝利かな。
そんなことを考えていると、背後から大声が飛んできた。
「で、伝令ッ! ……ケハッ、コホッ。こ、こば……小早川が――」
とんでもない深手を負った兵士が、そこにいた。
激戦地から赴いてきたのか、全身から血を垂れ流していた。
潰れた喉が痛むのを我慢しながら叫ぼうとする伝令を見て、紫がそばにいって耳打ちした。
「落ち着け。私が伝えるから、とりあえず私に話せ」
そう言って、紫は耳を兵士の口元に持っていった。
ボソボソと憔悴した声が山岳に響く。
俺の位置からでは何を言っているか聞き取れない。
しかし、徐々に険しくなっていく紫の表情を見る限り、いい情報は期待できそうになかった。
彼女はしばらくの間耳を傾けていたが、伝令がすべてを伝え終えて崩れ落ちるのを見て、紫はそばにいる医者に伝令を預けた。
彼女は俺の方に向かってきて、ゆっくりと話し始める。
「さて、今しがた二つの知らせが届いたんだが。
良い情報と悪い情報、どっちから聞きたい?」
「じゃあ、良い情報から」
すると、紫は「うむ」とうなずき、衝撃的な内容を口にした。
「石山城に、毛利家の君主・毛利蓮臥が亡命してきた」
「なっ……降伏ってことか?」
「違う、忘れたのか? 毛利蓮臥はただのお飾りだ。
しかし、最近は形式上ですらも必要なくなってきた。
それに感づいた君主様が逃げ出したんだろうよ」
なるほど、いらなくなった傀儡は、いずれ処分される。
あの毛利両川が家中を完全に掌握した瞬間、彼女を排除しても文句が出ないようになるからな。
だからこそ、毛利蓮臥は今のうちに敵国である宇喜多家に、亡命してきたんだろう。
うまくいけば、毛利内部が混乱して、毛利両川が行動不能に陥る可能性もある。
そんな理由もあって、宇喜多の方もわざわざ敵国の君主をかくまっているのだろう。
つまりこの状況は、宇喜多にとってチャンスと言える。
現在毛利家を牛耳っている両川さえ排除してしまえば、毛利家は瓦解する。
蓮臥からとってみても、このまま死ぬよりは亡命して、血筋の保持をするほうがまだマシだろうからな。
「つまり、追い風ということか。
この勢いに乗れば、毛利家を簡単に落とせるな」
「まあ、そういうことになる。
しかし、何にすれ予想外というものが発生するものだ」
俺が手を叩いて喜ぼうとすると、紫が苦々しい笑みを浮かべた。
それはまるで、この朗報を打ち消してしまうほどの悲報が、届いてしまったかのような、そんな表情だ。
そういえば、悪い情報を聞いていなかった。
嫌な予感しかしなかったが、俺はおそるおそる紫に尋ねた。
「おい、もう片方の悪い情報ってのは何なんだ?」
「これを見れば分かる。
今しがたこっちの戦闘の被害状況も書き足したから、一緒に見るといい」
そう言って、紫は俺にある紙を手渡した。
血でベトベトになっていて不快だが、苦労して運んでくれた伝令の物だと思うと汚くはない。
しかしそこには、紙の凄惨な状況と比例するように、俺たち――特に俺にとって最悪の報告が記されていた。
――戦況
宇喜多家・本軍(石山城)……5500人 備考:なし
宇喜多家・円城砦……1689人 うち負傷817人 備考:撃退したものの被害多数。砦は修復不可なまでに破壊。
宇喜多家・円城砦救援軍……2560人 うち負傷656人 備考:少なからず痛手。
毛利家・吉川軍……3781人 うち負傷1617人 備考:挟撃によって甚大な被害。しかし吉川元春は無傷。
ここまでは、まだ良い。俺たちが今戦った戦場と、石山城の戦況だからだ。
しかし、風薫が向かった方の戦果を見た瞬間、眼の前が真っ暗になった。
宇喜多家・竹中風薫軍……0人 うち帰還者1189人 備考:総大将の捕縛により潰走。竹中風薫は毛利家に連行。
毛利家・小早川軍……2989人 うち負傷871人 備考:兵力の問題で石山城陥落は無理と判断し、竹中風薫を捕縛して撤退。




