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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第一章 少女たちとの出会い
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第四話「詐欺師の戦い方」

 


 枯れた井戸が、この小屋長い間使われていないことを物語っている。

 風がそよぐ度に軋むボロ小屋は、風が吹けば四散しそうな造りだった。


「ここだよ」


 俺はさり気なく入り口を手で示し、一宮水仙を小屋の中に招き入れる。

 罠を疑ったのか、水仙は少し眉根をひそめた。

 中に凶器がないか確認し、警戒心を秘めた目で俺を睨んでくる。


「……何か、人が住む所ではなさそうだな」


 む、さすがに疑うか。

 そりゃそうか、こんな所、一日だって住みたくないよな。

 とはいえ、疑われては困ってしまう。

 俺は百年の家主のような万感の思いを顔に出し、柱をなでなでした。


「だからこそだ。こうでもしないと、身を隠せそうにないからな」


 罠がないかを捜索する水仙。

 彼女は安全を確認すると、天井を指差し指示を出してきた。


「その相棒とやらを連れて来てくれ」


 気が早いな。ちょっとはゆっくりしていけばいいのに。

 彼女の出した要求を断るため、俺は急に足を抱え始めた。

 脚をさすり、眉間に皺を寄せ苦笑する。


「悪い。さっき狼を仕留める時に挫いちゃったみたいでさ。

 あんたが登って引きずり出してくれ」


「……ついさっき、私をここまで先導してたじゃないか」


「そのせいで余計悪化したんだよ。すまないが、頼めるか?」


 俺が何とかごまかすと、水仙は警戒しながらも役を頼まれてくれた。

 彼女は肩を竦め、一つ警告を発する。


「まあいい。だが、私が登っている最中に少しでも変なそぶりを見せたら、喉をかき斬るからな」


 鋭い眼光を飛ばして威圧してくる。

 小動物なら震え上がること間違いなしの視線だ。

 

「何もしないって。それに、あんたに勝てるような武器なんて持ってないだろ?」


 俺はヒラヒラと手を振って、無抵抗を主張する。

 スタンガンは使えないけど、もとよりこの少女を相手に発明品なんて必要ない。

 口で勝てる、もとい詐欺れば勝てる。


「……いいけど、天井裏にどうやって登るんだ?」


「そこに古ぼけた椅子みたいなのがあるだろ。

 それを足場にしたら天井に手が届くはず」


 俺の言葉を受け、水仙は椅子とも言い難い古家具に足をかける。

 上体を起こすと、精一杯背伸びして天井裏の木片に捕まった。


「ん……ああ、届いた。この板を外せば良いのか?」


 格段にバランスが悪い椅子らしく、水仙は声を震わせながら確認してくる。

 見事に引っかかったな。俺はバレないように、彼女の足に細工を施す。

 そして、作業を完了すると同時に返答した。


「ああ、多分良いんじゃないかな」


「……何だその曖昧な返答は」


 水仙が呆れ半分、怒り半分で不平を告げる。

 怒らせるとロクな事にならない――そう言いたいのだろう。

 だけど、ここで折れる俺ではない。もう細工は十分、あとは言葉だ。


「いや、だって相棒なんていないし。

 そもそも俺、こんなシロアリ屋敷に住んでなんかないしさ」


 俺は、ここに来て情報を完全否定した。

 要するに、嘘でしたーってことだ。

 すると、水仙の気色がまず真っ青に変わり、屈辱と恥に染まった赤色に変貌した。

 いや、どの顔もなかなか可愛かったな。


「まさか…………私を謀ったのか?」


「ご名答。いやー、もう見事に引っ掛かってくれたからさ。

 笑いを堪えるのに必死だったよ。

 どうだ? 騙された気分は。自分の思い通りに行かない気分は」


 挑発的な口調で、俺は水仙の失態の傷をえぐった。

 すると、彼女の顔が羞恥と憤怒に染まる。

 怒りに身を任せ、腰元に差された短刀に手を掛けようとしている。


「……はぁ。もう良い、興が冷めた。身包み剥ぎ取ってやる」


 俺に復讐しようと、椅子を飛び降りようとした瞬間――少女は大きくバランスを崩した。

 それはもう、完膚なきまでに。

 いきなりの異常事態に、水仙は目を丸くする。

 しかしそこは熟練の武人、何とか体勢を立て直した。

 すごいな、俺だったらそのまますっ転んでるけど。

 自分の足に走った違和感を確認しようと、水仙は足元を覗きこんだ。


「なっ……!?」


 定まらない平衡感覚の原因を見て、少女は驚愕した。

 そう、水仙の両足は、縄によって縛られている。

 古びてささくれ立った縄が、足首を拘束していた。

 さっき椅子に登って四苦八苦してる時に結ばせてもらったのだ。

 彼女が具足を履いていたのが幸いして、途中でバレなかったのである。ナイス具足。

 少女は慌てて縄を解こうと試みるが、その隙を俺は見逃さない。


「そぉい」


 只でさえ頼りない足場を、回し蹴りで崩す。

 年季の入ったスニーカーが、これまた年季の入った古家具に止めを刺す瞬間だった。

 少女の細脚は宙空に浮遊し、万物の理である重力に従って、床へ吸い込まれるように落下していく。

 脚の自由を奪われている水仙は、盛大に尻餅をついた。


「ぐぁっ……!? ……くぅっ」


 しばしの沈黙――天井に手が届く程の高い位置から転落したからか、多少のダメージがあったようだ。

 というより、もの凄く痛そうである。

 涙を眼に溜め、下半身に走った衝撃に耐えようとしていた。

 二度と俺以外の人間に騙されないよう、慈悲心から説教をプレゼントしてみる。


「俺の挙動を注意するのは結構だけどさ。

 足元が疎かになってたら簡単に詐欺師に騙されるぞ――今みたいにな」


「な、なにを……」


 少女は必死になって立ち上がろうとするが、捕まる物が周囲にないせいで相当苦労している。

 そこそこ質量のある胸が縦に揺れるだけで、特段何の救済策にもなっていない。

 何とか立ち上がることが出来れば、俺程度なら簡単に押さえ込める――そう思っているのだろう。

 その証拠に、水仙は手に握られた短刀に一層の力を込めている。


 ――キィン

 

 しかし、その短刀を俺は蹴り飛ばした。

 先程の蹴りとは違い、一直線に穿つような蹴撃である。

 鈍い音がして、刃が宙空を舞う。

 乱舞しながら回転する刀は壁に突き立ち、水仙の手から完全に離れてしまった。


 短刀の行き先を見て、水仙は絶望的な表情となる。

 当然この距離では、流派の獲物である弓は効果を発揮しない。

 そして、唯一の有効武器である短刀は、壁と一体になってしまっている。

 勝った。汚い手の応酬にも程があるが、何とか勝った。

 暴れられても困るので、とりあえず彼女を拘束することにする。


「出来れば腕も縛りたいんだけど……縄が足りないな。ベルトで良いか」


 ズボンからベルトを引き抜いて、ほぐしながら引き伸ばす。

 水仙の背後に周り、その両手を束縛した。


「くっ、何をするつもりだ」


「何もしないよ、馬鹿らしい。

 詐欺師はただ奪うだけだ。……そうだな、まずはあの小刀を没収」


 壁に突き立つ短刀を引き抜き、懐に仕舞う。

 抜き身のままであったが、まあ大丈夫だ。そこまで危なくはない。


「や、やめてくれ……、それは一宮家の家宝なんだ」


「却下。えっと次に、寒いから上一枚もらうぞ」


 水仙の嘆願を無視して、俺は少女が羽織る布服を剥ぎ取った。

 彼女は多少重ね着をしていたらしく、肌の露出はさして変わらない。

 しかし、水仙は屈辱の極みといった様子で俺を睨んでくる。


「くっ……。この様な恥辱を受けるとは」


「いや……恥辱って。そんな大層なことはしてないだろ」


 仕事柄なのか、俺は煽りに対する耐性は人一倍強い。

 まあ逆に、世間の目を気にしすぎていては、詐欺師なんて務まらない。

 少女が身に着けていた麻袋を物色し、いくつかの紙を引っ張り出してみる。


「ん、これは何だ。……地図か?」


「…………」


 細かい筆のタッチで、地形図が描かれている。

 この物品について説明を求めようと思ったのだが、水仙は目を背けて口を開こうとしなかった。


「おーい、これどこの地図なんだよ」


「…………」


 ……黙られても困るんだが。

 仕方がない、こういう状態になった時の処置法は心得ている。

 俺は小屋の玄関に生えていた猫じゃらしを一本頂戴し、水仙のもとに。


「おお、良い所に猫じゃらしが。ほれほれ」


 水仙の首元から頬にかけてを、猫じゃらしで撫で回す。

 すると先程までの威厳に溢れる声はどこへやら、少女はタガが外れたように笑い崩れた。


「やめろっ、う……ふぁ、きゃはははっ、あ、ふぇぁ……や、やめ……きゃぁはははは!」


 おお、予想以上に効果があるな。くすぐったがり屋なのかもしれない。

 もう少し続けたい衝動に駆られたが、そこは我慢する。


「それで? これ、どこの地図なんだよ」


 すると、水仙は息も絶え絶え、細い腹をよじりながら答え始めた。

 傍から見れば漫才をやっているようにしか見えないだろうが、忘れてはいけない。

 俺は今、生死の境目を戦っているのだ。


 俺は決してふざけてなどいない。

 そう、情報を手に入れるために、こんな拷問まがいのことをやっているのだ。

 この状況を楽しむ奴なんて、悪逆非道の畜生に他ならない。


「そ、それは、こ、この、山の……」


「聞こえん」


「きゃぁぅははははははっ、やっやめろ! 分かったから、ちゃんと話すから!」


 うむ、ごめん撤回。

 これ超楽しい。込み上げてくる高揚感が止まらないのだ。

 くすぐり所を変えたら声も変わっていって、非常に興味深い。


「よし、言ってみろ」


「……それは、この山の地図だよ。迷わないように持っている物だ」


 荒い息ばかり吐いていてむせ返ったのか、水仙は涙を浮かべながら話そうとする。

 ようやく聞き出した情報は、なかなか興味深いものだった。

 道どころか右も左も分からない現状のため、この地図はとても貴重である。


「ふーん。じゃあこれを俺がもらったら、お前帰れなくなるな」


 軽い脅しを掛けてみると、水仙の細い喉が跳ねた。

 さすがに冗談だと思ったのか、潤んだ瞳で俺の思惑を探ろうとする。

 しかし残念だが、今の俺の瞳からは何の感情も読み取れないだろう。


 スキルとまで言えば大仰すぎるが、詐欺師は顔を合わせての駆け引きを日常的に行う。

 その結果として、この技能を習得してい者は多い。

 ――瞳に宿る思考を、完全に閉ざす事ができる。


 まあ極論、『目は口ほどにものを言う』の格言を崩すスキルだ。

 別に誇るものではないが、これは仕事の都合上必須なものである。

 だが悲しいことに、俺はこれを意識して使ってはいない。

 常にONになりっぱなし。

 つまり、素で発動してしまっているのだ。

 こんな物、無い方が良かったと何度思ったことか。

 

 俺の感情が凍結した瞳を見て怖気付いたのか、水仙は腹を探る事をやめた。

 最終的に出来た事といえば、弱々しく肯定するくらいである。


「う、うぅ……そうだよ。それがなきゃ……困る」


 ……胸が少し痛い。結構本気で泣きそうになってる。

 襲ってきたのは向こうが最初のため、相手の都合なんて知るかと思ったのだが、それでは目覚めが悪すぎる。

 切り捨てることも出来ない中途半端さが嫌になる。

 仕方がない。ちょっと手間はかかるが、こっちの手を使おう。


「……あー、どっかカメラがあったっけ」


 上下合わせて8個ものポケットがあるため、難儀しながら目当ての物を探す。

 お探し物のカメラは、ズボンの右ポケットに収納されていた。

 引っ張りだして、電源を確認する。うむ、かろうじて使えそうだ。


 ちなみに、これは甘屋の発明品ではない。

 フォルダに連帯保証人の証拠写真が収納されていることを除けば、至って普通のカメラである。


「よしよし。これで三枚くらい撮っとくか」


 俺がフラッシュの調子を確認している様子を見て、少女は首を傾げた。

 今までに見た事のない鉄箱をいじっている俺の姿が気になったようだ。


「な、何をしているんだ?」


「いや、とりあえず地図はこっちに記録する。

 元々の地図は奪おうとか思ってないよ。野垂れ死なれたら敵わないからな。

 俺には人の死を背負う度胸も自信もない」


「……はあ」


 言っている事の意味が分からないのか、水仙は曖昧な返答をする。

 だが、俺に向けられている視線は、警戒心が無くなってきていた。

 ……いや、順応されても困るんだけどさ。


「ん、よく見たら……地図これ2枚あるじゃん。こっちの大きい方――何だこれ」


「ああ、それはこの日の本の地図だ」


「えっと、こっちが中国で、朝鮮半島で……あれ」


 確かに見てみれば単なる日本地図である。

 しかし、他の国との位置関係を比較すると、不思議な点があった。

 疑問符が源泉のように湧いてきて、俺の状態を混乱へ叩き込む。


「これ、逆になってる……?」


 あまりにも現実と食い違った地図を見て、呆然となってしまった。



 

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