第三十七話「生きていた英傑」
評定の間には、家臣団が勢揃いしていた。
しかしおかしなことに、皆一様にして眠たそうな顔をしている。
太陽が登るか昇らないかの時刻。
普段から評定はこのくらいの時間に開いているのかと思っていたのに。
全員の困惑している顔を見る限り、どうやら違うようだ。
俺は端っこの辺りに、どっかりと腰を下ろしている。
そして右隣に風薫、左隣に紫、そのさらに向こうに風鈴が座っている状態だ。
君主である日和は、まだ準備が整っていないのだろうか。
あんまり待たされると、睡魔が襲ってきそうなんだが。
「……眠い」
目をこするものの、朝に弱い俺としては焼け石に水。
首が船をこぐ寸前の俺を見て、紫が非難がましい視線を向けてきた。
「こら凡愚、評定の間で寝るな」
「分かってる」
「まったく、招かれている立場とはいえ、この場でそんな態度をすれば反感を買うぞ」
「お前だけには言われたくねえ」
七つの大罪における傲慢の化身みたいな性格をしやがって。
そんなお前に教わる処世術なんて一つとしてない。
「春虎殿、そろそろかと」
風鈴が身を乗り出してこっそり耳打ちをしてきた。
どうやら、日和が出てくるらしい。
というより、何で風鈴はタイミングが分かるんだ。エスパーか。
そんな疑問を持っていると、上座の脇からきらびやかな服装をした少女が出てきた。
「……ぁー、何やら眠いな。出来ればもう少し寝たかったんだが」
目を必死にこすり、ふらふらとした足取りでやってきたのは、我が勢力の君主様だった。
上座の段につまづいて、転びそうになっている。
「……俺と大差ねえじゃねえか」
「日和様は朝に弱いのです。昼間以降は凛とした態度なんですけどね」
風鈴は喉を鳴らして苦笑する。
いや、笑いどころじゃないような気がするんだけど。
一国の君主様が、気の抜けた女子高生よろしくアクビをかまして出てきたら、さすがに愛想をつかされると思うのだが。
「……やはり日和様は今日も、麗しいな」
「ああ、貴殿もそう思うか。普段張り詰めてらっしゃるだけに、あのような姿を見ると安心するな」
と思ったのだが、周囲の家臣の眼は暖かかった。
なんだ。武士って頭カッチカチの人ばかりなのかと思ったが、意外と寛容なんだな。
そう思って、俺も睡眠欲のままに、大きく伸びをして欠伸をしてみた。
すると、先ほど日和を麗しいと言った重臣さんが、ナイフのように鋭い視線で睨んできた。
「ここをどこと心得る?」
「……あ、はは。すいません」
愛想笑いとともに、周囲に頭を下げる。
なんだろう、この理不尽は。同じアクビでここまで差が出ていいのか。
「魅力の問題だ、バカめ」
「黙れ傲慢軍師」
隣の毒舌女いわく、カリスマの問題らしいな。
なるほど、詐欺師の俺に魅力を求められても困るというものだ。
俺たちの一部始終を寝ぼけ眼で観察しながら、日和は腰を下ろした。
「さて、朝早くからすまないな。緊急の要件が入ったので伝えようかと」
「……緊急の要件?」
その言葉に、風鈴が首を傾げる。
なんだ、風鈴はいつも日和と一緒にいるイメージがあったから、招集の理由くらい知ってると思ったのに。
「ああ、実は先日から、毛利がこの石山城に向かって進軍してきている」
「……なっ!?」
家臣団全員の顔がこわばる。
どうやら、寝耳に水の情報だったらしい。
本拠に向かってきている、圧倒的戦力を持つ敵勢力の存在。
続きの話を聞かずして、大広間が紛糾する。
「それは真でございますか!?」
「そんなバカな! 斥候から情報が入ってきてないぞ! 貴様職務を怠慢にしていたな!?」
「拙者は知らんッ! それこそ軍事担当の貴殿が知っておくべき話であろう!」
「毛利は精鋭にして大軍勢ぞ!? 急いで部隊を整えねば、為す術もなく飲まれてしまうッ!」
「――静かに」
熱くなりかけた熱風を、一瞬にして冷やす一言。
日和がつぶやいた一言を境に、全員の罵り合いがピタリと止まった。
「皆が知らなかったのも仕方がない。
伝令が入ったのはつい先程だからな。
それも、混乱を避けるために他言無用と釘を刺していた」
「……そ、それはまた何故?」
「そなた達に騒がれては、さらに寝る時間が減ってしまうからな」
「…………」
「冗談だよ。情報がほしいのなら、悪い報告であればいくらでも出来るぞ?
例えば、対毛利に充てた斥候が昨夜の内に壊滅した事とか」
その発言に、またしても評定の間が凍りついた。
先ほどのように、大声を出したりはしない。
圧倒的な現実に飲まれて、呆気にとられているのだろう。
「そして今しがた、石山城の最後の防衛戦といえる『円城砦』が攻撃にさらされているとの情報が入った。軍を率いている総大将は吉川らしい」
「お、お待ちくだされ!
そこまで分かっているのなら、なぜ救援を出されないのですか!」
あまりに後手後手な対応ばかりが目に付く話に、重臣の一人が食って掛かった。
それもそうだ。砦が軍によって襲われているのなら、最寄りの城から救援を出すのが普通。
しかし、今ここに至って、何の対策もしていないのだ。
不満が出ても、なんらおかしくはない。
「その話は、今からしようと思っていた。
私の予想では、そろそろ伝令が来るはずだが――」
「評定中失礼いたす! 守衛より伝令!
小早川率いる水軍が、北方面から上陸し、この城に迫っております!」
「……なぁッ!?」
その言葉に、重臣が声を喉に詰まらせた。
そして、同時に隣にいた風薫がまっ先に独り言を吐いた。
「……お粗末ですね」
「ん、どした風薫?」
「いえ、何でもないです」
そう言って、風薫は俺から目をそらした。
今の言葉は、誰に言ったんだろうか。
まあ、普通に考えて宇喜多家の防衛戦がユルユルなことに苦言を呈したんだろう。
息を切らせる伝令に、日和は優しく声をかける。
「ご苦労。兵力の情報はないか?」
「も、毛利の兵力は5000! この石山城の兵力とほぼ同じです」
「ほう、思った以上の大軍だな。
これで手を打たなければ、『円城砦』も墜ちて挟み撃ちにされてしまうか」
涼やかな顔をする日和。
こうして見ている限り、そこに焦りは感じられない。
「よし、そなた達。よく聞いてくれ。
これから迅速に策を立てるので、各々武装をして有事に備えて待機していて欲しい。いいな?」
「……は、はッ!」
大きな掛け声とともに、家臣団は解散した。
まさに蜘蛛の子を散らした状態。
俺も自室に戻ろうかと身体を翻した瞬間、背中に声が降り掛かってきた。
「竹中・黒田・春虎。そなたらはここに残ってくれ。
風鈴。お前は戻って甲冑を着込んでおけ」
「了解しました」
風鈴は、評定の間を駆け抜けるかのように出ていった。
残ったのは俺と風薫、そして紫と日和だけになった。
「策を立てるんなら、俺はいらないんじゃないか?」
「いや、むしろそなたが一番必要な局面だ」
「俺が必要?」
はて。こんな槍も握れない俺に何の価値があるんだろうか。
自分で言ってて悲しくなるけど。
「その前に、一つ毛利の異常性について説明しておこうか。
竹中殿と紫殿は知っていると思うがな。
――時に春虎よ、毛利両川と言われて心当たりがあるか?」
それについては、十分に知っている。
俺がマンションの自室に置いているコレクションにも、深く関連する骨董品があるから。
――毛利両川。
毛利家で凄まじい権力と実力を持っていた、二つの家だ。
俺の知っている戦国では、『小早川隆景』、『吉川元春』が有名だった。
共に猛虎とも言える軍略を見せ、毛利家を中国地方の覇者に押し上げた存在。
しかし、この戦国では疫病によって男が殆ど死んでいる。
天下の足利家でさえ、保有する男性は数人と聞いた。
だから、恐らくその二人も例外ではないだろう。
「今毛利家の頂点に立っているのは、毛利蓮臥という少女。
元服を迎えて間もない小娘だ。血筋で言うと、毛利元就の娘に当たるらしい」
毛利元就の娘に、そんな名前の奴はいなかったはず。
となると、やはり歴史がところどころ異なっているな。
知識のアドバンテージが通用するか心配になってしまう。
「しかし、それは世間一般で言うところの『お飾り』。
実質的に実験を握っているのは、他の人物だ」
元服を迎えて間もない少女。
女性に元服っていうのも変な話だが、おそらく15歳ってところか。
確かに、そんな少女が治めるには大きすぎる勢力だ。
――つまり、裏で糸を引いている人物がいる。
「誰なんだ?」
「まあ急くな。数年前、この国に男性を殺す死の病が流行った。知っているな?」
「……とっくに」
「くく。実はな、毛利家は水軍を握っていただけあって、他国と少なからず繋がりがあった」
毛利水軍。それは確かに、全国でも有数の一大水軍だ。
あの織田家でさえも苦しめた、国内最大級の海賊たち。
「ルソン、という国がある。知っているか?」
「ああ、ちょっとくらいは」
今のカンボジアだったか。
比較的日本と交流がある国の一つだったはず。
しかし、それが毛利家とどう関係があるんだ?
「少し昔、毛利元就が存命中の時の話だ。
毛利元就は有能な武将二人をルソンへと送った。国王へのあいさつのためにな」
「…………」
「その最中に大流行した死病。毛利元就は疫病に倒れ、毛利家の家督は娘が継ぐことになった」
一つ一つ、何かがつながってくる。
それはきっと、俺にとって喜ばしくない情報なのだろう。
「数年が経ち、毛利家は安定を取り戻す。
その時私は、父上がまとめ損ねた豪族を討伐していたな」
宇喜多家における最大の有能武将。
宇喜多直家、彼もまた、疫病に倒れた。
例外なく、この戦国から男は退場していった。
「そんな毛利家に、ある二人が突如帰国してくる。
そして、女性が毛利の家督を継いでいると知った二人は結託し、毛利蓮臥の実権を奪い去った」
この戦国は、男性がいなくて苦しんでいる。
男性がいない勢力は、権威的にも、実力的にも、象徴的にも、その価値を薄くしてしまう。
だがそんな中に、ありえないほどの才能を持った男性が、もし生きていればどうなる。
俺なんかより圧倒的な能力を持った、英傑が生存していれば。
「そんなわけで、今の毛利家は二人の武将によって率いられている。
そこで教えてやろう。今『円城砦』を襲っている部隊と、南下してきている部隊。
それぞれを率いている武将の名前を」
そこまで言って、日和は俺の眼を見据えてくる。
先日に紫がしてきたように、俺の覚悟を見定めている。
だが、ここまで来れば、何が何でも最後までやり遂げてやる。
強い意志を持って、俺はうなずきを返す。
すると、満足したように、日和は結論づけた。
「おそらくこの戦国で。最高の能力を秘めた二人。
――『小早川隆景』・『吉川元春』、生き残った二人の天才武将が、この宇喜多家を滅ぼそうとしている」
戦闘慣れしていない女性たちの中に、生粋の男の猛将。
その二人に率いられた部隊が、この城に迫ってきている。
その不条理な事実に、俺は汗ばんだ手の震えを止められなかった。




