第三十五話「閑話・核心を知る者」
どこが好きなのって言われると困ってしまう。
じゃあ好きな所はないんだねと言われると慌てて首を横に振る。
どうにも煮え切らない感覚。二択で迫られる困惑してしまう。
だけど、これだけは言えるんだ。
あの人のそばにいるだけで、楽しくて幸せなんだってこと。
◆◆◆
スクーター、というものがあります。
形がシャープで、オートバイから派生した中々に素晴らしい乗り物。
それは同時に、私の愛車でもある。もちろん所々いじってあるけど。
この車種は、日本ではあんまり一般的じゃないみたいだけどね。
まあ、運転がちょっとシビアだとは感じるかな
道交法ギリギリの速度で、雨の中を突っ走る。
「……うー、風が冷たい」
肩を抱くようにして、寒さに耐える。
もう少し着込んでくればよかったな。
夏とはいえ、薄着で高速を出していると肌寒くなってくる。
しかし、先輩を待たせる訳にはいかない。
信号が黄色になるのを見て、さらにスピードを出す。
車間をすり抜けるようにドリフトを効かせ、交差点をほぼ直角に曲がる。
以前に先輩を乗せてこの技術を披露したら、泣きそうになりながら頭を引っ叩いてきた。
どうやらあの人は、ジェットコースター系が苦手みたいだ。
人通りの少ない道を突き進み、大通りへの脇道に入る。
信号はしっかり緑色。しっかり確認して、ホイールが軋まんばかりに加速する。
「ひゃっはー!」
なんか先輩から貸してもらった漫画に、こういう人達がいた気もする。
最初に読んだときは、何トチ狂ってるんだろうこのニワトリ頭達はって思ったけど、バイクに乗るとテンションが上がるということを、実際に乗ってみて初めて知った。
今度先輩を乗せて、背面宙返りでもキメて見せようかな。
怖がる顔も素敵なのです。
そんなことを考えながら交差点を通過すると、横合いから罵声が聞こえてきた。
同時に、タイヤが焦げるかのようなブレーキ音。
右方向を振り向くと、トラックが赤信号にもかかわらず突進してきていた。
「……のぁっ!?」
何というスタイリッシュな信号無視とスピード違反。
運転手の表情を見る限り、酔ってもないし暴走してもないんだろうけど。
だけど普通の人が見たら、この後トラックが私を轢いてしまうように思うだろう。
でも、そんな神様転生ルート入りランキング1位みたいな展開は、ご所望じゃないのです。
横から激突される前に、私はさらなる加速を極めた。
周りの世界が止まってしまうほどに速度を出したスクーターは、トラックを遥かに凌駕する速さで交差点を突っ切った。
トラックはそのままガードレールに激突してしまう。
プシュー、という悲しげな音を立てて、トラックはその生涯を終えた。
それと同時に、運転手が社内から転がり落ちてきた。どうやら無傷らしい。
とはいえ、トラックは再起不能のボディーダメージを受けたみたいだけど。
……まあ、私のせいじゃないよね。
それにしても、あの状況からの回避を可能にする性能。
さすがマイスクーター。
加速力は市販品の比じゃない。
甘屋カーとして、今度先輩に納品してあげようかな。
絶対怖がって乗らないと思うけど。
「さて、先輩の家まで後3km!」
先輩の家はかなり遠いけど、このスクーターが一つあれば一瞬なのだ。
先輩のもとに一刻も早くはせ参じようと思って改造したこの乗り物。
加速重視で、運転の安定性を捨てたスクーターは、音速に迫る!
しかし、ちょっとここで考えてみて欲しい。
トラックの激突を加速一つで切り抜けるこのクレイジースクーター。
そんな超加速をした後に、思うようにコントロールできるだろうか。
その解答は、目の前に迫っていた。
「ひぁっ……電柱!?」
そう、交差点を突っ切ったはいいけど、歩道側に乗り上がりそうになっていた。
そこで思いっきり逆方向に力を加えたので、操縦が困難になってしまう。
迫ってくる電柱。
普段は何気なくそこに突っ立っている物体が、今に限っては何よりも恐ろしい凶器に見えた。
慌ててブレーキをかける。
しかし、どう考えても間に合うはずがない。
このスピードで激突でもした日には、結果として即死がつきまとうことだろう。
「……あぁ」
まるで走馬灯のようなものが、脳内に蘇る。
それは、私の人生のダイジェストバージョンだった。
――先輩の背中。
――先輩の虚勢。
――先輩のバッティングマシーン。
――先輩の笑顔。
――先輩の被害者。
――先輩の悲しい過去。
――先輩が私の発明を褒めてくれたこと。
――先輩が私に助けを求めてきたこと。
――先輩が――
あれ、私の人生って先輩ばっかりだね。
脳内メーカーをやったら多分先輩が100%になるんじゃないかな。
まあ、それもそうか。
先輩に助けられるまでは、自殺してもおかしくないほど鬱屈な日常を送っていたのだから。
しかし、先輩に出会ってからは違った。
私は、新しい人生を歩めたんだ。
あの人はお父さんの言う通り、人を騙すし、陥れたりする。
でもそれは防衛反応の一つで、根はものすごく優しい(はず)。
だから、私以外の女の子にも優しくしちゃうんじゃないかなって、心配になる。
先輩、もし私が死んだら、悲しんでくれるのかな。
縁起でもないことを脳内で再生してみる。
どうなのかな、私には人の心が読めないから分からないや。
そんな状態のまま、車体が電柱に触れそうになる。
これが最期の思考になるのか、そう思った瞬間――眼の前で異変が起きた。
横合いからハンペンみたいな物体が飛んできて、瞬時に拡散した。
一言で言うならエアバッグ。
しかし、投擲して使えるものがあるなんて、聞いたことがない。
と言うことは、誰かの発明品ということになる。
私以外に発明が出来る人は、一人しかいない。
そんな事を考えながら、スクーターは分厚いエアバッグに激突した。
しかし、綿よりも柔らかく、竹よりも靭やかなその材質は、運転手を一切傷つけずに衝撃を殺す。
そして、完全に停止したスクーターから転げ落ちるようにして、私は地面に着地した。
「……どこの暴走娘が事故りそうになってるのかと思いきや。まさかお前かよ」
やれやれ、と肩をすくめて私に近づいてくる人がいた。
私に発明を教えてくれた人。
誰よりも先輩に似ていて、先輩が嫌悪している人物。
同時に、この人も先輩のことをあまり快く思っていない。
同族嫌悪、というやつなのだろう。
だけど、私からしてみれば二人とも大切な人だ。
だから、ものすごく久しぶりにあったその人に、朗らかな笑顔であいさつをした。
「ありがとう、おじさん」
「礼はいらん。とりあえず茶をおごれ」
辛辣な言葉を投げかけてくるのは、私のおじさん。
お父さんのお兄さんに当たる人で、名前を甘屋草一という。
徹夜続きだったのか、頭がボサボサの上に目の下にクマができている。
そんなおじさんは、私にお礼を求めて服を引っ張ってきた。
「で、でも……」
「ん、何か用事があるのか?」
「先輩が今困ってるみたいで」
「はぁん。あの坊主がねえ、考えられんけども。どうして困ってるんだ?」
「……何かよく分からないんだけど。
変な戦国鎧から渦が発生したとか何とか……」
多分酔ってたか寝ぼけてたから、そんなことを言ってたと思うんだけど。
しかし、それを説明した瞬間、おじさんの眼の色が変わった。
というより、険しくなった。
「……戦国鎧? それに、渦?」
「うん、だから一刻も早く行ってあげないと――」
再びスクーターに跨ろうとした私の腕を、おじさんは掴んだ。
そのまま首をゆっくり横に振る。
「……やめとけ。今行っても無駄だから」
「な、何でそんなことが分かるの?」
「発明家の勘だな。的中率は良純の天気予報級だ
まあ、発明家の先人として、お前に金を出させるのは心苦しい。
代金は後で愚弟に請求しておこうか。
俺が茶をおごってやる。とりあえず黙ってついてこい」
この瞬間、お父さんの小遣いが減ることに決まった。合掌です。
同時に、先輩にも似た背中を翻して、おじさんは指でファミレスを指さす。
そういえばこの人は、甘い物が大好きだったんだっけ。
甘党な甘屋。なんか文字がややこしいな。さすがおじさん。
それより、何で先輩を放置しろなんて言うんだろう。
「本当に行っちゃダメなの?」
「しつこいなあ。俺達が行ってもどうにもならん。あの坊主の頑張り次第だ」
含みのある言い方をしながら、おじさんは歩いて行く。
どうやらこの人は、先輩の危機の原因を知っているようだ。
この場で教えてくれればいいのに。何か隠している様子だ。
無視してこのまま行こうかと考えたけど、情報を聞き出すためについていくことにした。
先輩、もう少しだけ待っててくださいね。
この不良発明家おじさんの話を、ちょっとだけ聞いてから行きます。




