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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第二章 対決、中国地方の覇者・毛利
32/68

第三十二話「竹中風薫の暴走」

 



 ――天守閣

 

「殿、一大事にございます!」


「何だ騒がしい」


 座り込んだ妙齢の女性――斉藤道三さいとうどうさんの親類にして斉藤家当主・斉藤天馬さいとうてんまはあきれたような声を出した。

 小姓と碁に興じていた所に、家臣がいきなり怒鳴りこんできたのである。

 そして、息も絶え絶えに、家臣は大声を上げた。


「奇襲にございます! 今この城は、軍勢によって攻撃を受けております!」


「馬鹿なことを言うな。旗印なぞどこにも見えないというのに。

 兵がいきなり湧いて出たとでも言うのか」


「……真にございますッ。あれをご覧ください!」


 家臣が指さした先には、燃え上がる城下町の姿があった。

 つい先程まで温和な街であったのに、ここまで民衆の叫びが聞こえてくる。

 その上、耳を澄ますと、聞こえてくる音があった。

 兵が行軍したり鼓舞をするときに用いる、太鼓の音。

 それが徐々に、この天守まで近づいてくる。


 絶望にも聞こえるその音。

 確実に斉藤家の太鼓ではない。

 つまりは、何者かが悪意を持って行軍してきているということ。

 姿の見えない軍勢が、この城に接近してきている。


「一体何が起こっているのだ!」


「情報が分断されており、何もつかめませぬ。

 殿、しからばここは天守に兵を集め、最後まで抗戦するべきかと……」


「ふざけるなッ! お前は私に死ねというのか!?」


「しかし……民を救わぬことには――」


「放っておけ! 民が死んでも私には傷ひとつ付かぬ!」


 そう言って、風雅は碁を蹴散らしてふすまを開けた。

 そこに一切のためらいはない。

 君主が民を見捨てて一人で逃げようとしている。

 そのあまりに無様で滑稽な姿に、配下は何も言えなかった。

 今はただ、燃え盛る城下に背を向けて、君主についていくだけだった。



     ◇◇◇



 天守を飛び出た天馬は、小姓に馬を出すように指示を出した。

 その時、ある違和感に気づく。

 なぜ、ここまでの緊急事態なのに、配下が誰も集まってこない。

 朝も早いとはいえ、ここまで誰も来ないというのはおかしい。

 現に、自分のもとに来たのは、危機を知らせた武官一人。あまりに不自然だ。

 しかし、その理由がわからぬまま、天馬は地を踏んで小姓を急かしていた。


「早くしろッ! 追いつかれてしまう」


 馬小屋に怒鳴りちらし、小姓が出てくるのを待つ。

 だが、頼みの小姓がなかなか出てこようとしない。

 しかも、返事すらもしないのだ。背中に嫌な汗が伝う。

 するとその時、馬小屋から声が聞こえてきた。


「……な、貴様! 何を、ぐわぁああああああああ!」


 聞き慣れた小姓の声。

 しかし、それは人が死の時に発する絶望の声だった。

 馬小屋の戸口から、赤い液体が滴り落ちてくる。

 そして、小姓の血液を大量に浴びた少女が、馬小屋から歩いて出てきた。

 血に濡れた少女は、まさに死神のよう。

 殺害衝動に満ちた手は、今にも刀を抜きそうなほどに怒りで震えていた。


「おや、思ったよりも出てくるのが早かったですね。ご自分の命が、そこまで大切ですか」


 日本刀を携えた――竹中風薫。

 年端もいかぬ少女が、己の小姓を斬り殺した。

 こんなのっぴきならない緊急の事態のさなかでだ。

 その事態に、天馬は憤慨した。


「この存亡の危機に、よくもふざけた真似をしてくれたな!」


「存亡の危機? 城下町で祭りをしている程にのんきな国なのに。

 どうしてそんなに慌てているんでしょうね」


「ま、祭だと!?」


「ええ、民衆が突発的に開いたものですけど。

 この早朝ですので、斉藤家の人もまだ寝ていて、止めるに止められないでしょうけどね」


 口元に手をやり、風薫は笑いをこぼす。

 少女の挙動は、落ち着いたものであった。

 しかしその反面、天馬は自分の失態に気づいていた。

 よく思い出してみれば、先程の阿鼻叫喚にも似た叫びは、絶叫ではなく祭りに喜ぶ声。


 誰も天守閣に来ないのも当然。

 この国は別に、どこの軍隊にも攻めこまれていないのだから。

 つまりは、この少女にはめられた。

 少女が張り巡らした術に、完全に引っかかってしまったのだ。


「――な、ならば、先程の太鼓は!?」


「ああ、野武士の方にやってもらいました。

 軍勢が来たという偽伝を流したのも、彼らです」


 その時、天守閣の茂みから何人かの女が姿を現した。

 汚い格好だが、その両手には見事なバチを握っていた。

 この少女は、自分を外におびき出すために、このような策をめぐらしたのだ。

 そして、こうもノコノコと出てきてしまった。


「な、何のためにこんな事をッ!?」


「逆に聞きたいですね。なぜ私を処刑しようとしたのかを」


「……ッぐ」


 その言葉を受けて、息が詰まってしまう。

 同時に天馬は、この少女への多大なる恐怖を感じた。

 最初は、風薫のあまりにも卓越した才能に嫉妬したのが始まり。


 少女が竹中家を継いで以降、『斉藤家に神童あり』という噂が駆け巡った。

 しかし、最初は自分の陣営に有能な武将がいることを喜んでいた。

 そして、斉藤家はその勢いのままに他国を侵略していく。


 総大将を天馬が担い、目がさめるような活躍をする。

 だが、人々は、『斉藤家に明君』ありとは言わなかった。

 ただひたすらに口を揃えて、『斉藤家に神童あり』。

 自分がひたすらに努力して結果を出しても、さらなる能力で功績を上げる風薫。

 その姿に、憎しみを覚えていくのはそう遅いことではなかった。


「……貴様は、邪魔なんだ。この斉藤家は、私のものなんだ。

 なのに愚民どもは馬鹿みたいに口をそろえて、『竹中風薫は天下の奇才』などとのたまうッ!」


「それはあなたが無能だからです」


 きっぱりと、風薫は言った。己の君主に対して。

 己を殺そうとした人間に対して。無能だからそうなるのだと、完全に切り捨てたのだ。

 下らないことで時間が潰れたと、風薫は辟易したようにため息を付いた。


「話はそれだけですか?」


「こんのっ……貴様ぁッ!」


 怒りのあまり、天馬は懐刀を抜いた。

 君主が直接戦闘をしようとしているのを見て、家臣も刀を抜く。

 まんまとおびき出されてしまった。

 自分の年齢の半分にも満たない少女に。

 そのふざけた事実に、天馬は頭に血が上ってしまっていた。


 ここで引き返して天守に逃げ込んでいれば、まだ望みがあったかもしれないのに。

 いや、それすらもあり得ないのだろう。

 背中を向けたところで、この殺意の塊から逃げきれるはずもないのだから。

 危険な火薬袋に火を付けてしまったのは、他ならぬ斉藤天馬。

 妄執の復讐鬼と化した少女を鎮火しようと、天馬は意気込んでいた。

 

「うぉぉああああああ!」


 家臣が正眼の構えから、風薫に向かって斬りかかる。

 所詮は自分よりも圧倒的に体格の劣る少女。

 小細工をさせなければ、押さえ込めるはず。


 しかし、それは少女に対しての場合だ。

 竹中風薫は、常識の通じる相手ではない。

 形容するならば、少女の皮をかぶった羅刹。あるいは鬼神。

 常識で測れない圧倒的存在に、通用するはずがないのだ。


 家臣の猛進は、下から跳ね上がるようにして伸びてきた斬撃によって、容易に打ち止められた。

 右腰から首にかけてを、少女の日本刀で切り裂かれる。

 あまりにも流麗な切っ先。痛みを感じることもなく、家臣は絶命した。


 それに目もくれず、風薫は君主の姿を見据えた。

 己を殺そうとした人間。

 風薫の瞳に宿った光は、殺意一色に染まっていた。

 その眼を見て、天馬は完全に無謀だったことを悟る。

 この少女を、処分しようとしたのが間違いだった。

 その結果が、これだ。


「……ま、待て! 分かった、私が悪かった!」


「何が悪かったんですか?」


「もう不遇に扱ったりしない! 

 褒賞を与えて、居城もくれてやろう! だから、だから――」


「――死ね」


 往生際の悪い君主に対して、風薫が言い放った言葉は、わずか二文字だった。

 ――『死ね』。

 それは、殺意を鎮める唯一の方法。『殺害』につながる呪詛の言葉。

 風薫の日本刀が視界に入った瞬間、斉藤天馬の意識は途切れた。


 汚れた日本刀を拭い、納刀する。

 その時、連絡をしていた本命が、はるか向こうの山から姿を現した。

 すべてを飲み込むような圧倒的な軍勢。

 もちろんそれは、斉藤家の兵ではない。

 むしろ、斉藤家に破滅をもたらす存在だった。


「――やれやれ、恩を売れていれば良いのですが」

 

 返り血を滴らせながら朝日に映える少女の姿は、どこまでも妖しかった。

 同時に、少女が己の中に眠る衝動に気付き初めたのも、この時である。




 ――この事件は、通称『美濃謀反みのむほん』。

 重臣らが一切死ぬことなく、君主が抹殺された前代未聞のクーデター。

 この後、斉藤家の混乱の隙に乗じて、足利家が斉藤家を滅ぼすことになる。

 そのきっかけを作ったのが一人の少女だということは、ここから更に数年後、近畿地方一帯に轟くようになる。


 なぜなら、この国で発生した事件が、他の国でも起きるようになるのだから。

 ――5年間。

 その間に、『斉藤家』・『畠山』・『六角』・『北畠』・『朝倉』・『浅井』の勢力が滅亡する。

 末世を思わせる激動の中心にいたのは、やはり一人の少女だった――


 足利家にとっては幸運をもたらす天使。

 しかし他の近畿の大名にとっては、悪魔以外の何物でもなかっただろう。

 自分を認めて欲しいという少女の願望と、爆弾を抱えたくないという勢力の本音。

 その両者の食い違いは、決定的だった。


 5年間もの間、近畿地方の勢力図をかき回した暴走。

 しかし、竹中風薫の暴走は、ある勢力に仕えようとした時、終わりを迎える。

 少女の火を最後に強制鎮火した勢力。

 それは、竹中風薫を利用して近畿一帯を制圧することになる、天下の将軍家――足利だった。

 



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