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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第一章 少女たちとの出会い
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第三話「弓兵少女」

 


 茂みから出てきた女は、俺より少し年上に見える、19、20くらいの少女だった。

 結論から言えば、正直言って可愛い。かなり可愛い。


 脱色した茶髪に、子犬のような無邪気オーラ。

 野性味に溢れているものの、活発な容貌は異性を引き付けるには十分な魅力を秘めている。

 長い茶髪を首の後ろで括っており、それが月光に照らされて神秘的な美しさを醸し出していた。


 胡乱な目を光らせて、少女は俺に近付いてくる。

 最初は狼の変死体に視線が行っているのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 少女の魅力的な瞳が発している視線は、俺に向かって注がれていた。


「な、なんだ?」


 俺が真意を尋ねると、少女は俺の眼をジーっと見てくる。

 そして、なぜか微笑みを浮かべて一つ手を打った。

 得心がいったような顔で、朗らかな声を出す。


「ああ。お前、男か」


 何ともおかしな質問に、俺の疑問メーターがMAXまで振り切れそうになる。

 いや、ここまで近づかないと分からないって、どんだけド近眼なんだよ。

 とは言っても、比較的離れたところから狼その他を視認していた以上、眼は別に悪くないだろう。

 だったら、なぜ俺を男と確認する必要があるのか。


「見て分かるだろ。俺が目もくらむような絶世の美女に見えるか?」


 両手を広げて、俺は全身を見せる。

 これは俗に言う『平和的ポージング』である。

 無抵抗であることを示し、少女を愛でる真摯っぷりを表現するのに最適な格好なんだとかいう話を聞いた夢を見た。

 まあつまり、信憑性のない知識だ。

 

 すると、少女の眼がますます怪訝になり、奇異の存在を見つけたような表情になる。

 少女はひと通り俺の顔を睨め回すと、今着ている学生服を指を指してきた。


「それにその服飾、異国からの移住民か?」


「先祖代々日本国民なんだが……」


 要領を得ない質問。

 内心が分からない以上、こちらから情報を与えるのは得策ではないだろう。

 

 ……それにしても。

 少女が着てるあれ……和服、っていうか、武士の着物だよな。

 上級武士が狩りに出かける時の。


 少女がしている格好は、俺が教科書でしか見たことがない、平安時代以降の狩猟時の衣装だった。

 そして何より目に付くのが、少女が背中に提げている弓と矢束である。

 弓道部が使っているものとは形が違うが、材質から言ってプラスティックには見えない。

 恐らく、狩りに使うための狩猟具なのだろう。

 先程からの重苦しい沈黙を破るため、少女に話しかけてみる。


「ちょっと訊きたいんだけどさ、ここは岡山県だよな」


 すると、少女はキョトンとして首を傾げた。

 まるで、ついさっきまで言語の通じていた人間が、急に異国語を話し出したのを見たような。 


「おか……やまけん? 知らないな。ここは山城国やましろのくに、征夷大将軍の直轄地だ」


「征夷大将軍?」


 少女の口から、またしても歴史の教科書に登場する語彙ごいが出てきた。

 征夷大将軍――坂上田村麻呂から始まる、武士の最上級役職だ。


 果ては徳川家までもが就く事になった、息の長い将軍職である。

 当然、そんな単語が現代で横行することは少ないはず。

 出没するとなれば、せいぜい学業に励む者達の会話の中か、俺や甘屋のような戦国マニアの雑談くらいのものだろう。

 普通なら、こんな探り探りの会話に出てくるはずもない。


「ちょ、ちょっと待てよ。今は平成だよな?」


「へいせい? ……まさか、意味の分からないことを言って、私を惑わせようとしているのか?」


「い、いや、そうじゃないけど……」


 ちょっと待て、話が見えないぞ。

 頭の上に疑問符が雪崩の如く押し寄せてきてるんだけど。

 とはいえ、そこは仕事柄――一つ咳払いをして平静を取り戻す。

 うむ、やはりこのあたりは慣れたものだ。

 俺は冷静な目を以って少女を睨み返す。


 すると、少女は伸びをした後、嫋やかで華奢な指を俺に突き付けた。

 指が指し示す焦点は、俺が通う私立学校の制服である。

 

「質問は終わり? んじゃいいや、とりあえず――それ脱いで」


「……は?」


 何? 今なんて言った?

 ぬいで、ヌイデ……。

 ああ、『脱いで』ね。

 なるほどなるほど、今この少女は、俺に服を脱ぐよう命令してきたというわけだ。


 ……いや、意味がわからないよ。全然なるほどじゃない。

 ちょっと待てよ?

 ひょっとして『脱いで』というのは何かの隠喩で、高尚な詩的表現で俺を感動させようとしたのかもしれない。

 なるほどなるほど、詩人とはまた酔狂な御仁で。

 俺が勝手に納得していると、少女は若干声を荒げて再要求してきた。


「聞こえなかった? 脱げって言ったの」


「…………」


 ごめん、聞き間違いじゃなかった。

 純然たる脱衣要求だよこれ。

 二度も言ってきたんだからまず間違いない。


 だけど、それは出来ない。

 どこの乙女だテメェと言われるかもしれないが、俺は肌を知らない女に見せるようなことはしない。

 俺は確信を持って、断定系を以ってして、少女の要求を拒んだ。


「却下だ。野球拳をするにはあと年齢が少し足りないな」


 すると、少女は次第に鬱陶しそうな顔になり、次に残念そうに背中に手を伸ばした。

 背中――すなわちそこに存在する弓矢だ。


「はあ、しょうがない。手荒な真似は控えたかったんだけどな」


 矢を一本選別し、何かのまじないか息吹を吹き込み始める。

 先程の胡乱な眼はどこへやら。

 瞳孔の開いた真剣な眼で、俺を睨みつけてくる。


 鋭利な切っ先に、俺の脳髄に設置された危険信号が高速で点滅する。

 やばい、下手なことをしたら、冗談じゃなく殺されそうだ。

 この噛み合わない話に、この少女の格好。

 ということは、本物ってことか……。

 これは、ひょっとしたら俺は――俗に言うアレに陥っているのかもしれない。


 背筋が凍りながらも、俺は動揺を心中で押し止めた。

 目の前にある弓矢が怖くてたまらない。

 俺は上辺だけ笑いながら、少女に話しかける。


「それを、どうするつもりだ?」


「足と腕を撃ち抜く。外すと思うなよ? 一宮弓術は天下無双だ」


 少女の挙動には、一切の誇張も冗談も見られない。

 矢をつがえはしないものの、下手な挙動を見せれば火を吹くことは明らかだ。


「天を滑る鷹であろうと、地に伏せる虎であろうと、私の弓は全てを射抜く」


「それはまた、随分な自信だな」


 すると、少女は皮肉気に微笑む。

 目も眩むような明るい笑顔である。

 うわぁ……可愛い。

 でもやろうとしてることは怖い。

 何このギャップ、泣きたいんだけど。


「私は天下の征夷大将軍・足利家の本隊に抜擢された精鋭だ。自信なくして務まらない」


「征夷……大将軍、またか。それに……足利?」


 足利――そして征夷大将軍。

 やはり、俺が違う世界に来てしまったということは確実であるようだ。

 なるほど、俗にいう異世界トリップ。

 ……マジかよ。そんなもん、甘屋が貸してくれたライトノベルでしか見たことがないぞ。

 話題に疎いから付いて行けねえよ。


 もう一つ、分かることがあった。

 征夷大将軍に足利家が就いているということは、ここは室町時代か戦国時代か、どっちかの世界だ。まず間違いない。

 俺が頑張って脳内で情報を整理していると、少女がついに最終決断を迫ってきた。


「四肢を使い物にならなくされるのと、私に身を委ねるのと、どっちが良い?」


 だから怖いっての。

 すぐに暴力に頼ろうとするな。

 って、ついさっき狼を焼き殺した俺が言うことじゃないんだろうけどさ。

 ……ん、待てよ?

 ちょっと疑問が湧いた。

 さっきからの要求の仕方からも言えることだが、この少女、どう考えてもただの追い剥ぎじゃないよな。


 この少女の言い分だと、彼女は足利家に仕官している。

 それほどの勢力に仕えて、狩猟をする余裕があるのであれば、別に追い剥ぎなんてしなくていいはず。

 安定して給与の入る仕事に就いておきながら、リスクの割に報酬が少ない荒事をするなんてまずない。

 となれば、懸念が一つ生まれてくる。


「一つ気になったんだが――俺が素直に所持品を渡せば、お前は見逃してくれるのか?」


「……何言ってるの?

 脱げって言ってるのは別に、その着物が欲しいわけじゃないよ。

 ただ、これからすることには必要ないし、邪魔なだけだから」


「…………」


 うむ、嫌なことが判明した。

 多分その流れなんだろうなとは思ってたけど、ここでついに言及されちゃったよ。

 要するにこの少女は、俺の貞操を欲しがっているらしい。

 なるほど、だから服を渡しただけでは目的を達成できないということか。

 また一つ納得。


 ふむ、だがしかし、一つ少女の思考には問題があるな。

 相手が脱衣するのすらゴネているというのに、そんな要求を了承するわけ無いだろうに。

 脅せばなんとかなると思ってるってことか?

 とりあえず話題を少し逸らそうと、俺は質問を変えてみる。


「名前は、何て言うんだ?」


一宮水仙いちのみやすいせん

 一応武士団の幹部をやっている身だ。一宮弓術の師範でもある」


「そんな高い身分なら、他に幾らでも男なんているだろ。

 一々こんな行きずりの男を選ぶ必要はないはずだが?」


 すると、少女――水仙の顔が呆れを通り越して憐憫に変わる。

 何だ、俺の頭が弱いとでも言いたげだな。間違ってないと思うけど。

 

「はーあ、どこの村の出身か知らないけど、お前――故郷に他に男がいたか?」


「えっと――」


 いや、この世界での話を振られても困るんだけどな。俺にどう答えろと。

 とりあえず、お茶を濁しておこう。


「ごめん、覚えてねえや」


「はぁ……。田舎者って言っても限度があるだろ……。

 あのな、この日の本において、自分の気に入る男に会おうとするのは、至難の業なんだよ」


「は? それって、どういう……」


「いや、あのさ。

 実際私も、足利様が奴隷として捕らえた美男子を数人見たことがあるだけで、

 歯牙に掛かっていない状態の、顔の良い男を見るのは初めてなんだ」


「…………」


 自分の趣向に合う男が、ほとんどいないだと?

 となると、男が絶対的に不足してるってことか。

 生きていて、好印象を持つ男を見たことが数えることしかない――そういう意味なのか。


 なるほど、一応納得。

 そんな状態だからこそ、俺を襲おうとするわけだ。

 それはつまり、この少女が俺に対して、性的欲求を抱いているということか。 

 うーむ、名誉は名誉なんだけど、全体的に常識が違うから喜べないな。

 

「いやー、狼鍋でもしようかと思ってたらこの幸運だ。

 養ってやるから私の家に来いよ、ここで一回やった後で」


 なんか変なことをおっしゃっているが、俺にその気はない。お断りします。

 とりあえず、これで最低限の情報は揃ったわけだ。

 ここは異世界、しかも戦国時代の可能性あり。

 これ以上聞こうと思えば、こっちが優位に立たないと難しいかなー。

 俺がこの立場を逆転させるには、条件を揃えなければいけないのだが…………ん?


 ふと右手を見ると、廃墟と化した木こり小屋があった。

 見るからに古く、柱を蹴飛ばせば崩壊しそうである。

 そして入口には縄が掛けられていた。


 良い物があるじゃないか。

 あれを使えば、簡単に上手くことが運びそうだ。

 となると、あとはこの少女をおびき寄せなければならない。

 時間をかけても利はなさそうだし、さっさと誘導しようか。

 

「いやー、あの日の本一の弓兵・一宮水仙の元にいられるなんて、至上の栄誉だなー。嬉しすぎて涙が出そうだー」


 俺がいきなり棒読みでしゃべりだすと、水仙は奇異の目で俺を見てきた。


「な、何だ急に」


 急におどおどし始めた。

 こいつ、強がってるけどお化けとか怖がりそうなタイプだな。

 お化け屋敷入ったら真っ先に悲鳴をあげる感じの。


「いや、実はな。俺はこの森の中で、もう一人の相棒と隠れて住んでいたんだ」


 俺がいけしゃあしゃあと説明すると、少女の眼が喜色に輝いた。

 全く疑っていない辺りがいじらしいな。

 まあ、疑うような状況ではないからな。

 こんな圧倒的不利な状況で、嘘をつく人間なんてそういないだろう。

 嘘がバレたら生命の危機に瀕するというのに、いけしゃあしゃあと虚言は吐けないだろう。

 普段から嘘をついているような人間でない限り、こんな手は打てまい。

 その当然を信じきる精神に付け込み崩すのが、詐欺師だというのにな。


「……それは本当なのか?」


 水仙が眼をキラキラさせて確認してきたので、俺は強くうなずいてみた。

 あ、顔が一層明るくなった。分かりやすいなおい。


「俺が水仙の下に行くのは賛成だ。反抗もしないさ。

 だけど、相棒も連れて行っても構わないかな。

 顔の良さは俺が保障しよう。奴はゴーレムと人面魚を足して2で割ったような絶世の美男子だ」


 流れるようにして、柳の下に二匹目のドジョウが存在する事を説明する。

 それにしても、俺にそんな相棒なんていたら光の早さで左遷するな。もしくはクビだ。

 カッコイイ相棒なんて、午後の刑事ドラマでしか見たことがない。


「それで? 男はどこにいるんだ」


 あ、食いついた。こいつ絶対詐欺で大損するようなタイプだよ。間違いない。

 泣きながら借金作ることになりそうだ。


「あそこの小屋だよ。天井裏に登って人目を忍ぶ生活をしていてな。

 奴は今天井裏で仮眠を取っているはずだ」


 柱の老朽具合を見るに、内部ではシロアリの帝国が形成されていそうだ。

 正直、あんな所に住むくらいなら、野宿でいいな


「それじゃあ一応信じるが、嘘だったらどうなるか分かってるだろうな」


「もちろん」


 見事なまでに針を飲み込んだ獲物が、後ろから付いて来ている。

 この瞬間、水仙の有利な立場が崩れたんだけど、彼女はそのことに気付いていないのだろうか。

 まあ、気付いてたらすでに酷いことをされてるか。

 俺は水仙を先導しながら、これから彼女が騙されることを想像して、口の端がつり上がっていた。


 

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