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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第二章 対決、中国地方の覇者・毛利
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第二十八話「激震」

 


 それぞれの大名には、特色というものがある。

 例えば、訓練の行き届いた猛将と騎馬で他国を蹂躙する武田家。

 あるいは、卓越した統率と智謀を堅城に篭って遺憾なく発揮する北条家。

 軍事におけるお国柄という奴だ。


 宇喜多家が敵対している毛利家は、まさに特色が濃い。

 毛利両川と称される、小早川と吉川によっての他国侵略。

 そして、本城に鎮座していざという時に出陣する毛利本家。

 まさに、中国地方を統べる強力な大名だ。男が死滅していなければ、かなり天下統一に近い大名だったんじゃないだろうか。

 もちろん、毛利家が男児の死滅で弱体化していたとしても、こっちの勢力も条件は同じなんだけど。

 直家のいない宇喜多家というのはもはや、米のないカレーのようなものだ。

 戦力差は史実と大して変わらないと思ったほうがいいだろう。

 

「……前途多難な気がするな」


 材質の良い床を踏みしめながら、溜息をこぼす。

 この武家屋敷に住んでいる武将全員に挨拶をしてきたので、早くも疲労気味だ。

 この調子だと、一日二回くらいは風呂に入ってもいいんじゃないかな。


 ともかく、今考えるべきは宇喜多家の戦力だ。

 基本は、風鈴とかの武将を用いた合戦。

 宇喜多日和のカリスマによって統率を行う行軍。

 そして、ここ石山城を主軸に据えた内政展開。


 まあ、別に悪くはないのだが、正直言って中堅レベルだ。

 毛利と比較すると、兵力も国力も大きく劣っている。

 実在した毛利両川の武将は、例によって疫病で没したと聞いているが、その血縁に組み込まれた才能を考えるとあまり喜ばしくない。

 彼らの娘が飛び抜けた能力を持っていても、何らおかしくはないのだから。


 そこで、こちらも人材の優秀さで戦局を五分にしたいわけなのだが……

 紫の部屋に到着したので、ゆっくり声をかけてみる。

 障子越しに会話というのは、なかなか趣深いものだ。俺に趣が分かるのかと問われれば、そんなことはないのだけれど。茶道や華道とかは苦手だ。


「紫、入るぞ」

「…………」

「紫?」


 何だ? 返事がない。

 一足先に戻っているはずなので、部屋でくつろいでいると予想したのだが。

 まさか、俺の用事を忘れて散歩にでも出かけたんじゃないだろうな。

 そんな態度をとるんだったら、頼みなんて訊く気はさらさら無いぞ。


 スゥー、とゆっくり障子を開いていく。

 無駄に整った部屋。硯と紙、そして筆が机の上に置かれている。

 隣に敷かれた布団は膨らんで山ができていた。

 起こさないように近づき、その掛け布団をめくってみる。

 すると、そこでは寝間着に着替えた紫が、気持ちよさそうに睡眠を摂っていた。


「…………」


 叩きたい、その寝顔。

 もの凄く叩き起こしたい。

 その衝動で腕が震えるが、何とか息を吐いてこらえる。

 ……てか、何で人を呼んでおいて寝てるんだよ。

 無礼の域を遥かに超越してるぞ。俺を何だと思ってるんだ。


 暴力はいかんと思い、揺すって起こすことを試みようとする。

 変な勘違いをされても困るので、肩の背中に近い側を、弱い力で揺する。

 しかし、相当深い眠りに入っているのか、間の抜けた呼吸音しか聞こえてこない。

 幼さの残るその顔貌は、どこまでも耽美的で美しい。

 思わず髪を撫でてしまいそうになるが、体面を考えて我慢。

 いや、何度考えてみてもこいつが俺より年上ってのはおかしいよな。


「おーい、紫。人を呼びつけておいて寝るな」


 仕方がないので、声も追加してみる。

 すると、紫は顔をしかめて逃れようとする。

 だが、それを許さずに大きく肩を揺さぶった。


「……う、ぅーん」

「いい加減起きろよ……」


 幾度と無く揺さぶってみても、なかなか覚醒しようとしない。まさに難攻不落。

 と、そこである物を見つける。

 大事そうに紐で縛られた、重厚な巻物。

 先程まではなかったはずなので、どうやら紫の懐から出てきてしまったようだ。


 人がこれだけ起こしても目を覚まさないとはな。どれ、少し罰を与えてやろうか。

 どうせこんな物、深夜のテンションで書いたポエムのようなものだろう。

 他人に読まれて恥ずかしいものだから、懐に入れているのかもしれない。

 若干の期待を込めて、手際よく紐を解いていく。そして、いざ御開帳。



「…………うっ」



 思わず呻いてしまう。巻物を持つ手から力が抜ける。

 その巻物には病的なまでに字が敷き詰められていた。

 もはや言葉も出てこない。呪詛の手紙なんじゃねえのこれ、と疑いかねないレベルだ。


 巻物の右端から半ばに至るまで、丁寧な字が踊りまくっていた。

 ただし、文字自体は至極読みやすいので、内容も何とか把握できそうだ。

 情報量が多すぎて脳がヤラれそうになるけど。

 最初の文字列のあたりに、ツラツラと書かれているので目を通してみる。



『戦場の心得七拾弐――煙立つ所に人あり。老練な伏兵なれども、その痕跡を隠すは難し』



 どうやら、兵法の妙技や心得が書かれているようだ。

 しかも、この書物は『兵法の心得』・『戦場の心得』・『用兵の心得』・『布陣の心得』の第五編から成っているようである。

 一項ごとに自分の考えとその弱点、さらにそれを克服する方法など、血で書いたような苦労を思わせる文章が書き連なっていた。


「……なるほど。自信に裏付けされた実力ってわけね」


 一人で思わず納得してしまう。

 しかし、その心得の羅列も巻物の三分の一程度まで。

 あとは日記や雑事の書留など、メモ帳代わりに使っているようだった。

 そして、大海のように迸る文章の終わりの辺りに、『伏見春虎』の文字を見つける。

 俺の同一人物の可能性も疑ったが、どうやらこれは俺の記述みたいだ。

 墨が乾いてまだ間が空いていないようだし。

 墨が滲まないように注意しながら、その項を読んでみる。



『――本日、毛利の奇襲によって、城下の農村が襲撃された。

 どうも小早川の差金であるらしかった。

 あの陰湿な布陣と略奪行為、まず間違い無いだろう。

 結果、私が討伐隊の策を立て、斥候部隊を含む毛利の兵を撃退させた。

 その時、父上からもらった脇差を交戦中に落としてしまっていたことに気付いた。

 あれは父上から託された大切な物。必死に襲撃後の農村を探していると、斥候部隊の生き残りに目をつけられてしまった――』



 む、今日のことをもう日記につけてるのか。

 ……しかし、なるほどな。ちょっと納得。

 あんな残党が残っている可能性のある危険地帯に、何で軍師系のコイツがいたのかと思っていたのだけれど。

 落し物を探していたのか。

 でも、抗戦してた時に使ってた脇差がそれっぽかったし、発見はしたんだろう。

 脳内で不明だった所に解釈を付け、更に読み進める。



『――抵抗を試みようと、路傍に落ちていた脇差を拾った。

 すると何の因果か、それが私の探していた物だった。

 目的は達したので、後は逃げるだけ。

 しかし、何人かに包囲されてしまい、苦しい戦いを強いられた。

 正直、死んでしまうのかと思った。

 こんな所で終わってしまうのかと思って泣きそうになった。

 しかし、突如眼の前の兵士が異形の物体へと化し、地面に倒れ込んだ――』



 ああ、ここで俺たちが来たのか。アヤメが幻術で地獄絵図を生み出したんだったか。

 その時ゲロってたから鮮明には覚えていないけど。

 てか、やっぱり苦戦してたんじゃないか。

 あれだけの大口を叩いておいて、本音の出る日記には泣きそうになったなんて書いてるし。

 まあ、弱みを見せたくないんだろうな。

 俺も共感できる。人に腹を見せることは、搾取してくれって言ってるのと同じ事だから。

 


『――私が腰を抜かしていると、妙な男が近寄ってきた。

 私の心中を読んでいたのか、気遣う素振りを見せてきた。

 もちろん力の限り拒絶した。でも、助けに入ってもらった礼も言えなかった。

 恩を貸しっぱなしにするのは嫌だ。

 胸が焼け付く感じがして、何も策が閃かなくなる。

 風鈴がいきなり勧誘をし始めたけど、何とか恩を返せる好機が来ると思って特に反対しなかった――』



 いや、恩って……。俺何もしてないからな。

 用心棒の少女の背中に隠れて、暴れまわるアヤメの所業を見て嘔吐してただけだから。

 しかもその後、風薫にまで心配されてたんだから情けない。

 あの状況で、どうして俺に恩を感じるんだか。謎だな。

 

『評定で突っかかってきた凡愚がいた。

 反論しようかと思ったけど、宇喜多の殿様もいるので強くは言えなかった。

 紛糾しかけた評定を収集したあの君主は、なかなか見所がある。

 私の力を貸してやるに値するかは微妙だが、まあ退屈はしないだろう』


 出たよ、この摩訶不思議な自信。

 きっとあいつの頭の中には自信が湧き出る源泉がいくつもあるのだろう。

 まあ、黒田の家系は伊達じゃないってことなんだろうけども。

 さんざん自分の褒賞の言葉を書き綴った後、俺達に関する描写が再び出てきた。


 しかし、何やら文章の雰囲気が違う。

 文字が若干、緊張で崩れていた。

 この時のことを思い出して書いた文章が、この有り様。

 先ほどの過信とも言える堂々とした文字が、女の子の丸い字並みに縮こまっていた。

 ……何があったんだ。

 眼を横にスライドさせながら、文章を食い入る様に見やる。

 


『――評定が終わり、部屋に戻ろうとした時、あの男と娘二人とすれ違った。

 その瞬間、背筋が凍りついた。

 咄嗟に振り返ると、そこには談笑して馬鹿騒ぎをする三人の姿があった。

 しかし、私は理解した。策士としての血が強制的に理解させた――』



 ……嫌な汗が出てくる。

 徐々に外堀が埋められていくような、切羽詰まった焦燥が煮え立ってきた。

 一手一手と、ゆっくり詰まされていく将棋のような、不安に満ちた予感。

 


『――私は急いで部屋に戻って、近畿地方の勢力図を洗い直し始めた。

 それぞれの大名の動き、人事、不和など、持てる情報を総動員して確かめようとしたのだ。

 そして、辿り着く。

 否定しようと思った結果、どうしようもない真実に到達してしまった。

 私の直感は、決して間違っていなかった。

 急いで私は、この件に関連のあるあの男――伏見春虎の元へ行った。


 しかし奴はおらず、代わりに妙な猫娘が喉を鳴らして寝ていた。

 何とか起こして訊いてみると、伏見春虎は湯屋へ行ったのだそうだ。

 アレがいつ暴発するか分からない以上、今すぐに事を起こす必要がある。

 どうせ男は欲望の権化。

 ちゃちな色仕掛けと君主が好色の目でお前を見ているとでも言えば、簡単に篭絡できるだろう――』



 額ににじむ汗が、眼に入って痛い。緊張で喉が渇いて意識が朦朧とする。

 男をなんと心得るかと怒り出したい気分よりも、圧倒的に不信感が優っていた。

 鈍重な不安の塊が、胸に支える。ただの口利き役の依頼ではなかったのか?

 震える手に何とか力を入れ、その続きに目を通した。

 


『――伏見春虎の協力の意思を聞いた所で、部屋に戻って筆を執った。

 今日あったことを整理しにかかるが、いかんせん眠い。

 尋常でない切迫感と緊張が、心のなかで張り詰めている。

 この状態では何も上策は浮かばない。

 不本意だが、少し休ませてもらおう。

 その間に、あの男も風呂から上がってくるかもしれない。

 しかし、これだけは忘れないように、記しておく。

 毛利を討伐するよりも先に優先すべき、最重要事項。

 内部を崩しかねない芽は摘まなければならない――』



 嘘だと言って欲しい。

 これが元の世界なら、そろそろ看板を持ったお調子者が入ってきて、全部ドッキリでしたと高らかに宣言してくれるはずだ。

 しかし、ここは非情と修羅の戦国時代。

 この大切な手記に書かれた言葉は、紫なりの真実のはず。

 だからこそ、怖かった。

 最後の一文を、認めることができなかった。

 

『――最後に記そう。伏見春虎に同行している竹中風薫たけなかふうか

 あの女は、一刻も早くこの世から消さねばならない』


 文章は、そこで終わっていた。

 まるで決意をそこに叩きつけたかのように、筆圧が軋みを上げていた。

 それは悲壮な決意を思わせる。

 自分を助けてくれた一行に危害を加えることを決定した、並々ならぬ屈強な最終決定。


 ――その時、足元の布団がもぞもぞと動いた。

 最後の一文に気を取られていた俺は、彼女が覚醒して俺と目を合わせるまで、何も反応できないでいた。

 まず、眠たげに目をこする彼女は、自分の懐にあるものがないことに気づいた。

 それを手にしている俺を見て、涼やかな表情を浮かべる。

 俺が全てを知った後だと察したのか、諦観したように相好を崩した。

 破滅的なまでに華麗な紫の微笑みは、何よりも残酷だった。

 




「――あれ。まさか、読んだ?」






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