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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第二章 対決、中国地方の覇者・毛利
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第二十七話「風呂場で修羅場」

 


「……ふぅ」


 今俺は、古びた廊下を歩いている。

 理由は簡単、風呂に向かっているのだ。

 長旅の疲れを癒すには、もはや風呂しか無い。

 途中で泊まっていた宿場の風呂が軒並み修理中だったため、この世界に来てからというもの全く風呂に入っていないのだ。


 髪はベタつくし、服は蒸れる。

 現代人からしてみれば致命的な嫌悪感だ。

 そのうち異臭が漂ってくるに違いない。

 

 評定が終わった後、俺と風薫とアヤメは、武家屋敷に案内された。

 3人まとめて一箇所に詰め込まれるんじゃないだろうな、と危惧していたのだが、なんと全員分に個室があった。これは嬉しい。

 とはいうものの、それぞれの個室を見てみれば、これがまた三種三様とも質素なもので、特に言うことはなかった。

 布団が薄っぺらいなー、とかそのぐらい。


 評定では毛利家の侵攻に対する策や徴兵の間隔など、義務教育はおろかそっち系の方に進まないと学ばないであろう話ばかりが続いていた。

 劣勢の中で、いかに兵力や国力を浪費せずに対抗するか、それが議題の中心だったように思う。

 まあ、そんな具体案の出にくい議題だったためか、意見はまとまらず解散となってしまったのだけれども。


  部屋に戻って一休みし終えた俺は、すぐさま風鈴に風呂の確認をとった。

 すると、彼女は具足の手入れをしながら丁寧に道のりを教えてくれた。

 なんなら地図を描こうかとまで言われたが、それは遠慮しておいた。

 使い込まれた刀を砥石で手入れし始めたところで、俺は退散したのであった。


 そんなわけで、風呂が備え付けられたスペースに向かう。

 途中でアヤメの部屋を通りがかったが、どうやら彼女は既に寝ているようだった。

 まだ夜の6時を過ぎた辺りだというのに、ずいぶんと早いご就寝だな。


 親切にも着替えを支給されたので(袈裟じゃなくて、男物の肩衣と袴だった)、それを持って湯屋へ。

 すると入り口には、なにか張り紙がしてあった。

 読みにくい字だが、何とか読める。


『風呂焚きの者、出払い中』


 なるほど。

 風呂を沸かすことに心血を注ぎ、苦行に喘ぎ奇声を上げながらも人生を捧げんとする風呂焚きのプロフェッショナルが、ただ今不在と。そういうことだな。


 ……ってことは、俺が自分で沸かさないとだめってことか?

 なんということだ。

 この時代は確か、薪をくべながらフーフーするタイプの風呂だったはずだ。


「湯加減は如何か」

「左様、気持ち熱めに」

「承りて候」


  などという、共同作業によって享受できる施設のはず。

 それを自分で沸かすのであれば、相当の苦労が必要だ。


  ここで悩んでいても仕方ないので、裏口に回って薪を確認する。

 どうやら薪割り自体は済ませているようなので、苦労はそこまで無さそうだ。

 水も湯船に入ってたし。

 袈裟の内側を探ると、ライターとマッチに手が当たった。

 ライターは未だに油を補充できていないので、使用不可能。

 となれば、マッチで着火か。

 文明の利器に平伏しながら、薪をくべる所に火種を付けた。

 燃え上がっていく炎に、少しづつ薪を投入していく。


 根気強く作業に臨んでいると、湯屋から徐々に温かい大気が流れだしてきた。

 よし、これだけ沸かせば十分のはず。

 再び湯屋に戻り、服を脱ぐ。

 すると、やはりというか、身体は汚れだらけだった。

 ついでに、アヤメに斬り裂かれた傷が未だにヒリヒリする。

 染みることを覚悟しながらも、俺は風呂場に入って湯船の水をすくう。

 長年の苦労を慈しむかのように、丁寧に身体にかけた。


 ――パシャッ


 心地良い音が耳に届く。

 不浄な存在が根本から消え去っていくような、神秘的な感覚。

 脱力感が一気に増して行くのが分かる。


「……ぁー、今生きてるわぁ」


 団塊の世代に生きた人々のようなセリフを吐く。

 いや、それくらい気持ちいいのだ。

 ひと通り身体をこすって、トドメとばかりに頭から湯をかぶる。

 すると、疲れが嘘のように霧散していった。


 そして、最大級の楽しみ。湯船にゲットインである。

 何も抵抗できないまま、流されるままにこの世界に飛んできたが、落ち着ける所はしっかりと存在するのだと実感した。

 湯船に肩まで浸かり、積年のわだかまりを発散する。

 素晴らしい、ここに桃源郷はあったのか。

 天に召される気持ちとはまさにこのことだ。


 そんなことを考えていると、湯屋の外から足音響いてきた。

 やっと風呂焚きをする者が帰ってきたのか。

 仕事を奪ってしまって申し訳ないが、もう十分に堪能させてもらっている。

 入ってますかー、とでも訊かれたら、脱力しきった声で応答しようと思っていたのだが、ここで予想外の事態が発生した。


 近づいてくる足音は、脱衣所でしばらく止まり、再び接近してきて、

 ――ガラッ

 一切なにも言われることなく、湯屋の戸が開かれたのだった。

 声くらいかけてくれればいいのに。

 そう思いながら入り口を見た瞬間、俺の思考は凍結した。


 イメージ的には、常夏のハワイから南極。

 散々湯だった脳が、急速冷凍されていく。

 そう、今しがた風呂場に入ってきて、一糸まとわぬ姿で目の前に立っている存在。



 黒田紫が、目の前に立っていた。



「…………」


「なんだ、口を鯉のように開けおって。そんなに私の身体が気になるか?」


 恥じらうことなく、挑発的に身体を開いて全容を見せてくる。

 すらりとした、華奢な身体。

 しかし、出る所は出ているというか、着痩せするタイプというか。

 胸の膨らみや腰回りの肉つきは、思ったよりも女性的だった。

 それら全てが、視線の中に収まる。

 刹那、俺は吹き出して湯船に沈んでしまった。


「ぶほぁっ!?」


 全身が湯の中に浸かった状態で、現状を整理する。

 現状整理は大切だよ、うん。落ち着いていこう。

 今俺は、風呂に入っている。しかも頭まで。

 しかし俺が使用中だというのに、何故か紫が入ってきやがった。

 その上当然のごとく何も着ていない。


 さて、まともに女性の身体を見た事のない俺には、刺激が強すぎた。

 ジェットコースタが苦手とか言ってる奴に、マカオタワーからバンジージャンプをさせるに等しいインパクトだ。

 あわや失神するところだった。


 なんとか視線をはがそうとするが、眼球が言うことを聞かない。

 水面の向こうに映る肢体に、眼が釘付けになってしまっている。

 同時に、俺の息が限界を迎えようとしていた。

 ろくに準備もしていないのに、長時間の潜水作業。

 当然のごとく、息が続かない。


 だが、ここで浮上すれば俺の何かが負けてしまう。

 そこまで大切ではないように思えるが、その気迫がこうして湯船の中に俺を押しとどめている。

 しかし、それは灰の中の空気が空になると同時に途絶えた。

 というよりも、意識が途絶えそうになった。


 ああ、風呂の中で溺死するのが俺の最期か……

 シャレにならないことを考えていると、いきなり頭を掴まれた。

 サルベージのように強制浮上をさせられる。

 湯気が立ち上る風呂場に再び舞い戻った俺は、眼前に紫の裸体を拝むことになった。


「ぶほぇあっ!?」


「あー、もう。引き上げてやったのにいきなり沈もうとするな。

 死にたいなら後で介錯でもしてやるから、ここで死ぬのだけはやめてくれ」


 いや、誰も死のうとなんかしてないからな。

 むしろお前が俺を殺しにかかってるわけだからね。

 その誰もが羨む柔肌と胸が俺を悩殺すると同時に、俺を湯船に追いやって溺殺させようとしてるわけだから。

 それを考えると立派な殺人未遂だよお前。

 なんとか胸その他からは目を逸らしながら、俺は叫んだ。


「俺が入ってるんだから出ていけ!」


「断る。風呂焚きの者がいないのだ。

 今入らないと沸かし直しになってしまう」


 胸を張って、毅然とした態度で湯浴みに耽る紫。

 沸かし直しが面倒ね。

 確かにその気持ちは分からんでもないが、その前に俺が死んだらどうしてくれる。

 お前の横着で人を殺す気か。


「分かった。俺が後で沸かしてやるから、今は出ていくんだ。さぁ行け」


「却下だ。こんな中途半端な状態で中断しては、湯冷めしてしまう。女性の肌をなんだと心得る」


「男を前にして一切恥ずかしがらないお前にそれを言う権利はない!」


「ある!」


「なにその自信!? どこから湧いて出てくるんだ」


 いや、もう本当勘弁して下さい。

 言ったよな、いや、言ってないか。

 俺は甘屋を除いたら女性との接点なんて殆ど皆無だったんだよ?

 甘屋ともそんな一緒に風呂に入るような関係じゃないし。

 そんな俺が始めて風呂を共にする女が、錆びたドリル級のねじ曲がった性格を持つ紫だなんて。

 それは思いもしなかった。てか、思いたくもなかった。


「これから毛利と共闘する仲なんだ。

 多少の気心くらい、通わせておいて損はないだろう」


「鼻から大量出血しそうな俺を見て、それで損がないと言えるか?」


「む、貴様。私に欲情しているのか。

 お前以外に男に成人して会ったことはないが、やはり男というのは強欲な生き物らしいな」


 あまり否定はしないが、防衛意識のないお前に言われると腹が立つな。

 恥じらいのある女の子から「この、変態っ!」とか言われるんならまだ良いよ、別に。あんまり良くないけどさ。

 だけど、俺が入っていることを知って堂々と湯浴みをしようとするお前に、それは言われたくないって。


「俺より年下のガキが何言ってんだ。

 もう少し成長してから出なおしてこい」


「……貴様、歳は?」


「今年で18だ。酒は飲めないがえっちぃ本は買える歳だこの野郎」


「……私はこう見えて20なわけだが」


「…………」


「…………」


「肩でも揉みましょうか紫さん」


「そうしてくれるとありがたいな、年下くん」


「……って! ふざけるなっ! お前が20歳? どんな合法ロリだこの虚言癖!」


 流石に嘘だと信じたい。

 女性の歳は分からないってよく言うけどさ。

 さすがにここまでのレベルの女がいるなんてなんて聞いてねえぞ。


 確かに身体のラインは風薫よりも豊かなようだが、タッパがどう考えてもおかしいだろ。

 風薫と変わらない小さい背で、童顔で、中学生高校生の女子が頑張って大人びた声を出してるようなこいつが、まさかの20歳だと? 

 なんだよそれ。それって成年じゃん。

 合法的に酒飲めるじゃん。選挙権あるじゃん。

 よく俺は20を突破した大学生に見られることがあるけども。

 その逆に位置する女がいたとはな。驚天動地だ。


「ふぅ、まあ私の歳はどうでもいい。とりあえず詰めろ。私が入れん」


「まさか湯船に入るつもりじゃないだろうな?」


「当然、湯を浴びて湯船に浸からないなんて、蛇の生殺しもいい所だ。ゆっくり浸からせてもらおう」


「……そうか、なら俺が出よう。もう十分温まったから。それじゃ、達者でな」


 股間を露出しないように気を配りながら、浴槽によじ登る。

 これ以上変なことが発生すれば、確実に俺の理性が耐えられなくなる。

 その前に、早く脱出しなくては。


 そう思って、すっ転ばないようにしながら、浴槽から身を乗り出す。

 するとその瞬間、紫が俺の胸のあたりをグイッと押してきた。

 完璧にバランスを崩した俺は、後ろから湯船に落下する。


 ――ザッパーン


 何とも情けない水音とともに、未だ熱を持った湯に身体が転げ落ちてしまった。

 そんな俺の醜態を見て、紫は面倒くさそうに説教をしてきた。


「まったく、なんのために私がここに来たと思っている」


「……なんだ? 何か理由があったのか?

 どう考えても俺への嫌がらせとしか思えないんだが」


「違う。私は頼みごとをしに来たのだ。

 知っての通り、評定では私の意見など誰も聞きはしない。

 宇喜多日和は耳を傾けようとはしているが、家臣に邪魔をされてろくに話が進まない」


「そりゃあ……あの態度じゃな」


 先程の評定の間での出来事を思い出す。

 味方に対して挑発的な皮肉を繰り出す軍師の言うことだからな。

 信用が得られるはずもない。

 それでも地で行くこいつの信念は、一貫してて凄いとは思うけど。


「そこでだ。どうやらあの君主はお前にご執心のようでな」


「……はぁ? なんて?」


「なんだ、見て分からなかったのか?

 熱っぽい視線を終始お前に向けていただろう」


「……そう言えば」


 そんな気もする。

 妖しい視線を何度か送ってきたような気もするが。

 でも、それは単なる興味から発生したものじゃないのか。

 男が激減したこの世界だし。

 そんな事を考えていると、紫が本題を切り出しだ。


「そこでだ、宇喜多日和と二人きりになった時になのだが。

 是非とも今から伝える策を提案してもらいたいのだ」


 ……ああ、なるほど。伝言役を頼もうとしてたのか。

 軍師にまで任命されておきながら、君主と腹を割って離せないって、相当警戒されてるんだな。

 そういえば、黒田官兵衛も豊臣秀吉に警戒されてたんだっけか。

 血筋的に、恐怖感を与えやすい何かを持っているのかもしれない。


「お前のような凡愚に頼るのも癪だが、保身のためには仕方がない。

 そうだ、どうせなら、お前が側に置いている竹中の娘にでも相談してみるといい。

 私の考えがいかに素晴らしいか、理解することだろう」


「相変わらずの自信だな。てか、頼み方からしておかしい」


「もちろん、礼くらいはさせてもらおう。好きな事を一つだけ聞いてやろう」


 ほほぉ、男に対して、しかもこの状況で、そんな事を口走るとはな。

 男の真の恐さを知らないのかもしれない。

 滑稽だ、その選択を是非とも利用させてもらおう。


「よし、それなら礼の前借りだ。今から俺の言うことを聞け」


「いいだろう。所詮は凡愚の劣情的な考え。

 予想もつくが、まあ少しくらい我慢してやろう」


 その言葉を担保代わりとして、俺は紫の身体を注視する。

 多少慣れてきたのか、慌てることはなくなってきた。

 やはり歳には似合わない幼さを残した顔に、細くて無防備な首。

 しかし、少女らしからぬ膨らみを持った胸が歳の測定を阻害する役割を持っている。

 柔らかそうな腹部から細い腰、そして略――


 引き締まった太ももはどこまでも白く、艶やかで、見る者の劣情を掻き立てる。

 全体的に非の打ち所がない素晴らしい肢体だ。

 それを見て、このような状況にいたって、俺がする命令はただ一つ。

 俺は緊張と覚悟を、唾とともに飲み込む。

 そして、最初から決まりきっていたともいえる命令を、紫に指を突きつけて言い放った。

 

 




「お前の頼みは聞いてやるから、今すぐ出て行け! 部屋で待ってろ!」




 なんとか欲望を理性でねじ伏せ、紫に指示を出す。

 すると、俺の命令が予想外だったのか、紫は多少驚いた顔をする。

 だが、すぐに俺の方を意味ありげに見てきた。

 俺の価値を選定されてるような妙な気分になるが、何とか我慢する。

 そして数秒後、紫は素直に外へ出ていった。タチの悪い捨て台詞とともに。


「……ふん、甲斐性なしめ」


「黙れ合法ロリ」


 ピシャリ、という音とともに、壮大な迷惑少女は消え去った。

 それを認識した瞬間、どっと疲れが出てきた。

 風呂に入ったはずなのに、入る前以上の疲れを負ってしまっている。

 ……策の伝言役。面倒臭いことにならなければいいが。


 いきなり飛び込んできた依頼について考えながら、俺は再度ゆっくりと湯船に身を沈めたのだった。



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