表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第二章 対決、中国地方の覇者・毛利
25/68

第二十五話「黒田という軍師」

 


「……これは、酷いな」


「斥候と自警団が戦ったのでしょう。

 この分だと、毛利の先鋒は撤退したようですが……」


 俺たちは城下町に降りようと、丘を下って宇喜多家が所有する村に足を踏み入れていた。

 城下町は大きな川の三角州に栄えていて、一回大きく迂回しないと辿り着けない位置にある。

 そのため、この村を通り抜けて城下町へ行こうと思っていたのだが、ここは惨状だった。

 積み上がる死人の山。

 辺りに飛び散った鮮血が、殉死した兵士の無念を語っているようだ。

 道の中央に積み上がった屍を道の横にどけ、アヤメは呟く。


「……怪我人は運びだされた後みたいだにゃ」


「そうみたいだな。

 ということは、ここに倒れてる人間はやっぱり、全員死んでるってことか」


 その数、両陣営を合わせておよそ200。

 斥候部隊にしては、随分と派手に戦ったようである。

 道が開通したところで、風薫が俺の手をとって歩行を促した。


「とりあえず、ここを通らないと城下には行けません。先を急ぎましょう」


 うなだれた死体を跨ぐようにして、彼女たちは足を進める。

 若干の動揺はあるみたいだが、二人とも落ち着き払っていた。

 だが、俺の心は未だ釈然としない。

 ここまでの命の喪失は、心に来るものがあった。まあ、下らない勝手な感傷なんだろうけども。

 この圧倒的な死の世界に、俺はいつになったら慣れるのか。

 そして、慣れなければならないのか。

 頭痛と吐き気を催しながら、彼女たちについていく。


 すると、どこからか激しい剣戟の音が聞こえてきた。

 刀が打ち合うような、金属の擦れる音。

 ここが訓練場でもない限り、そんな殺風景な音はしない。

 現地点は、言うまでもなく戦場。

 となれば、この音が何を意味するかは視認するまでもなく明らかだった、


「ご主人様、あれを」


 風薫が指さした方向、即ち20メートルほど離れた位置に、一人の少女の姿があった。

 年齢は風薫と同じくらいか、絹のように艶やかな黒髪をなびかせ、脇差を振るっている。

 決して恵まれているとはいえない体格を激しく動かし、周囲から繰り出される剣舞をしのいでいた。

 しかしその表情には、はっきりとした疲労の色が現れている。


「……どうやら、苦戦していますね」


「ああ。見たところ、あの少女は武人じゃないみたいだな」


 使用している武器が脇差という時点で、もはや戦闘を主軸に置いていない。

 周囲には三人の若武者がおり、彼女の首を取ろうと、剣槍を振り回していた。

 その格好を見る限り、周囲の女は毛利家の練兵であるらしい。


「……アヤメ、あの少女を助けられるか?」


「にゃ、また甘ったるいことを言ってるのかにゃ」


「そうかもしれない。だけど、あの娘は必死に戦って助かろうとしてる。

 ただの俺のワガママだが、聞いてくれるか」


「……言ったろ。お前には恩があるにゃ。

 多少の無理くらい、簡単に聞いてやるにゃ」


 そう言うと、アヤメはおもむろにその辺りにあった石を拾い上げた。

 それを渾身の力で放り投げ、兵士の周辺に投擲する。


 ――カツーン。


 かくして、石は誰にも当たらず、そのままその動きを止めた。

 すると、その音に驚いてか、兵士たちが一瞬そっちに目を奪われた。

 つまりは、意識が散漫になった。

 その様子を見て、アヤメが意地悪げに微笑む。

 彼女は口の端を吊り上げながら、己の身に宿った能力を使用した。


「――シバレ」


 地の底から響いてくるような、鳥肌の立つ声。

 それが周囲へと伝播した刹那、少女を取り巻いていた女たちの動きが止まった。


「……な、何だこれは!」


「身体が、動かないっ!?」


 自分の体に起きた異変に対応できず、若武者たちは恐慌状態に陥る。

 なるほど、幻術の仕組みというか、発動させるための条件の一端が分かった気がする。

 幻術は言ってしまえば、心を惑わす外法の術。

 だが、仙人のような存在である果心居士くらいしか使えない、高難易度の術である。


 アヤメは今、石を投げることによって女たちの意識に濁りを与えた。

 言うなれば、戦闘状態で張り詰めていた精神に、隙間が生じたのだ。

 その中途半端な意識に、粗悪な信号を潜り込ませる。

 それによって、相手の身体に異常を起こさせるのだ。

 風薫に急激な発熱を起こさせたりと、使い方によっては死にも至るだろう。


 なるほど、タチが悪いっていうか、凶悪な術だな。

 つくづく、こいつを敵に回したくない。

 指一本動かせなくなった若武者達を一瞥し、アヤメは残酷な笑みを浮かべる。

 そして、その細やかで美しい指を、すぅっと女たちの首元に突き付け、狙いを定めた。

 

「――クビハ、ネジレルモノネジレテ、テロ」


 その冷徹な声と共に、若武者達の首が胴体から離れた。

 血がスプリンクラー状態となって、首元から吹き荒れる。

 都合3つの球体が、地面に転がる結果となった。


 いきなりの異常事態に、攻撃されていた少女は腰を抜かしていた。

 俺は吐いていた。

 昨日だっただろうか。宿屋で頂いた和食を消化し切る間もなく、外界に戻す。

 酸味と液体が、喉を通って口内を蹂躙した。


「ご主人様、大丈夫ですか?」


 風薫が俺の背中を摩ってくれる。ひとしきり吐き終えたところで、俺は顔を前に向けた。

 俺の衝撃を知ったのか、アヤメが死体を撤去していた。

 うん、その心遣いには全力で敬意を示したいんだが、もう少し何かやり方があったろ。

 あの少女を助けてくれと言っただけなのに、嘔吐確実のスプラッタを見ることになろうとは。

 戯言を脳内で展開しつつ、俺はゆっくりと膝を立てた。


「……風薫、ありがとう。もう大丈夫だ」


 まったく、(多分)年下の少女に心配されてしまうとは。

 俺の心臓にも少しは毛が生えて欲しいものだ。

 俺は、未だ唖然として地面にへたり込んでいる少女に話しかける。


「怪我はないか?」


 すると、少女はハッと我に返り、俺達の顔を眺めてきた。

 風薫を見て表情が緩み、アヤメを見て表情が強張り、俺を見て鼻を鳴らした。

 あれ、俺だけ完全に舐められてないか?

 どうやらその予感は的中したようで、少女は威厳を保つようにして立ち上がった。


「ふん、貴様に心配される私ではない。

 余計なことをして、私の完全にして至高な脳髄に混乱が生じたらどうする」


「いや、どう考えても殺されかけてたろ。

 その脇差でどうやって相手にするつもりだったんだよ」


「浅はかだな、貴様は。

 私はあの凡愚共の動きを全て計算して立ち回っていた。

 あと4秒もすれば、全員切り伏せていたところだったのに。

 ままならないものだな。奴らもいきなり目の前で果ておって」


 なんか、ものすごく偉そうな少女だな。

 風薫と大して変わらない背丈でそんなに尊大になられても、可愛いだけなんだが。

 俺が表情を緩ませながら首肯していると、少女がキッと睨みつけてきた。

 かなり矜持が高い性格のようだ。


「で、お前の名前は?」


「頭が高い。私の名を聞こうと思うのなら、地を舐めて懇願しろ」


「助けてやったんだからそれくらい了承しろよ。懐が狭い奴だと思われるぞ」


「はっ、天才とはかくも理解されない孤高の存在だ。

 貴様に評価などされたくない。

 だが、そこまで言うのならば答えてやろう。

 その汚れた耳で偉大なる私の名前を傾聴するがいい」


「そうか。俺の名前は伏見春虎だ」


 仰々しく言葉を連射している合間を縫って、俺は名前を名乗った。

 すると、先に名乗られたのが不快なのか、少女は歯をギリッと噛み鳴らした。

 いや、そんなに不愉快ならさっさと名乗ればいいのに。面倒臭い奴だ。


「私の名は黒田紫くろだゆかり

 対毛利家の軍師として宇喜多家に雇われている」


 胸を張って、自分の存在を誇張しようとしている。

 だけど、ない胸を張られても威厳なんて毛ほども感じないんだけどな。

 黒田紫――歴史の知識から探って見るに、黒田という苗字は大当たりの可能性がある。


「そうかそうか。ところで、官兵衛かんべえ長政ながまさは健在か?」


「……む、父上と兄上を知っているのか。

 しかし悲しいことに、彼らは憎き疫病によって命を落とした。

 だが私は違う。真なる才知を持つ英傑を、神は助けたんだろうな」


「……いや、女だから助かっただけだと思うんだけどな」


 ふむ、それにしても、黒田か。

 しかも、官兵衛かんべえの血縁者ときた。

 本当にゆかりという娘がいたかは定かではないが、黒田の血が入っている以上、能力には期待できそうだな。


――黒田家。赤松あかまつ家の武将、小寺おでら氏に仕えて出世した一族。

 後に織田信長、豊臣秀吉、果ては徳川家康と、天下人に重用されてきた有能家系だ。

 特に、黒田官兵衛の軍略と野望は常軌を逸していた。

 それの血を色濃く受け継いでいるのだとしたら、この尊大な態度も分からないではないが……。


「何でお前、宇喜田家に招かれてるんだよ。赤松家はどうした」


 赤松家は、黒田家一派が仕えていた大名だ。

 歴史があり、守護大名としては上位の位置づけだったと思うが。


「あ、ご主人様。赤松家は昨年、足利家に討伐されました」


「……なに?」


 足利家が中国地方の入口付近まで勢力を広げているのか。

 征夷大将軍が率いている以上、勢いはかなりの物なんだろうけど、あまりにも勢力の図版が大きすぎる。

 もしかしたら、近畿一帯を制圧しているのか?

 織田家が数十年がかりで成し遂げたことを、1569年の時点で完遂しているとでも?

 なるほどな。水仙が天下一の大名だと自信を持つのも無理はない。


「まあ、あの暗君が私の献策を聞いていれば、足利家など返り討ちだったろうにな。

 まったく、凡人に神槍は使いこなせぬとは、良く言ったものだ」


「……どこから出てくるんだよその自信は」


 その余裕に満ち溢れた態度に呆れていると、背後から声がした。

 ガッチャンガッチャンと、鉄が地面に擦れる音がする、


「紫殿ー! いずこへー!」


 どうやら、宇喜多家の武将が迎えに来たようだった。

 重装備に身を包んだ女性が、大声を上げて紫を探している。

 すると、紫は目の前に立つ俺の頭を押さえつけ、その武将に手を降った。

 どうやら、俺が死角になって見えなかったらしい。


「ここだ、私はここにいる」


「……まったく、せめて最低護衛の一人をつけて外出なさって下さい。

 あなたに何かあれば、ただでさえ薄い陣容が更に脆弱になってしまうのですから」


「ふん、私がこんな僻地で命を落とすか。

 ……そういえば、この余計な連中が敵兵を片付けていたな。

 私を心配する暇があるのなら、こいつらに褒美でもやったらどうだ」


 さっきまで罵倒してたのに、いきなり褒美を与えろ発言か。

 ツンデレ属性でも秘めているのかと邪推したが、どう考えてもそれはない。

 ひたすらにツン殺しをしてきそうなほど毒舌だもんな、この小娘。

 すると、女性は兜を脱いでこっちに驚きの眼差しを向けてきた。

 いや、こっちというか、風薫に対してなんだけど。

 その視線に気づいて、風薫は女武将を見上げる。


「……もしや、竹中風薫たけなかふうか殿か?」


「ええ、懸賞金が掛かっている亡国の将ですが、それが何か」


 その淡々とした告白に、女性は眼を丸くした。

 そういえば、風薫は竹中半兵衛の養子ってことで有名なんだっけか。

 その才を恐れて、懸賞金が掛けられるほどに。


「おお、天下に名高い策士が、こんな田舎へ。

 感涙で胸がいっぱいになりそうでございます。

 よろしければ、我が宇喜多家へ参ってお力添えをして下さいませんか?」


 女武将は風薫の手をひしと握り、輝かしい目で口を開いた。

 ……なんか、もの凄い速さで勧誘されてるな。

 毛利家と戦争中で人材が必要なのは分かっているが、どうやら相当切羽詰まっているらしい。

 旅人をその場で勧誘するって、どれだけ登用が苦しいんだか。想像するに恐ろしいな。


「嬉しい声掛けですが、ご主人様の許可が必要ですね」


「……ご主人様?」


「こちらの伏見春虎殿です。

 私とこちらのアヤメ殿は今、この方に仕えています。

 私を使いたければ、どうぞご主人様に交渉なさってください」


 ……俺に振るのか。

 するとその声を受けて、この女武将は俺に方に視線を向けてきた。

 睨め回すようにして、俺のスペックを見定めている。


「珍しいですね。男性ですか」


「ああ、そうだ」


「よろしければ、あなた方3人、宇喜田家に力を貸していただけませんか?」


「……って、俺も含まれるのかよ」


「はい。男性を保有する大名というのは、それだけで箔が付きます。是非あなたも」


 なるほど。俺を能力で誘ってるんじゃなくて、男性という付加価値で招こうとしてるのか。

 まあ、当然のことなんだろうけど、複雑な気分だな。


「ああ、ちょうどどこかの勢力に頼ろうと思ってたところだ。こっちから頼むよ」


「ありがたいです。

 黒田殿を救って頂いたようなので、そちらの礼も兼ねて、是非登城して下さい」


「分かった、よろしく頼むよ」


「待った待った! いつ私が助けられたのだ。

 あれくらいの雑兵、私一人で片付けられたというのに」


 なおも食い下が紫を無視して、女武将は俺たちを先導するように前に出た。

 その素っ気ない振る舞いを見て、紫は頬を膨らませている。

 つくづくプライドが高いな、こいつは。

 身体がちっこいから威圧なんてできてないけど。


「……風薫、これでよかったのか?」


「はい。とりあえず、毛利家に頼るよりは格段にマシです」


「眠いから、早く寝たいんだがにゃー。まだ歩かにゃいといけないのか」


「城下までは後少しです。お手数ですが、ご足労をお願いします」


 不満を言い続けるアヤメと紫を置いて、俺達は女武将の後に付いて行く。

 しばらくして、彼女たちも追いついてきたが、まだ文句を言い続けていた。

 ――宇喜多家か。君主が理解ある人物だといいんだがな。

 宇喜多家当主の懐が深いことを信じて、俺は城に足を運んでいた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ