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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第一章 少女たちとの出会い
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第二十話「果心の呪縛と俺達の光明」

 


 話し終わると、アヤメは決まりが悪そうにうつむいた。

 その表情は、寂寞と無念で溢れている。


「――以来、私はずっと一人だったにゃ」


 唇を噛みながら、アヤメは苦々しく呟く。

 果心居士の葛藤と、少女の運命が密接に絡まった結果。

 それが、今の彼女の境遇なのだろう。


「そうか、それは……」


 大変だったな。

 そう言いそうになったが、言葉ひとつで片付けられても腹立たしいだけだろう。

 そこは個人の問題であり、俺が言及するところじゃない。

 俺が言いよどむのを見て、アヤメは身の上話を続けた。


「親父が消えて、一〇年が経って、山賊が山に侵入してくるようににゃった。

 もちろん、私はそいつらを追い払ったにゃ」


「追い払う……? 殺したんじゃなくてか」


「違うにゃ、人を殺しても楽しくにゃい。

 だけど、あの結界を知ってからは、この山に来る人間を殺してきたにゃ。

 とはいっても、ほとんどが人殺しや山賊ばかりだったんだけどにゃ」


 人を殺しても、楽しくない。

 やはり、あの飄々とした態度は、虚栄だったみたいだな。

 俺が一つ納得していると、風薫が口を開いた。


「……なるほど」


「ん、何がなるほどなんだ?」


「いえ、彼女がなぜ人間を殺そうとするのか、やっと分かりました」


「……どういう意味だ?」


 持って回ったような言い方なので、俺は思わず聞き返す。

 すると、風薫は幻術について知っていることを述べ始めた。


「すべての幻術がそうではないんですけども。

 代償が必要なほどに強力な幻術は、解く時も条件が厳しいんです。

 その幻術を解こうと思えば、幻術をかけた時に払った代償をもう一度払う必要があるんです」


 ……ふむ。

 幻術ってのは、ずいぶんシビアみたいだな。

 術者をも惑わせる禁術、それが幻術なのかもしれない。

 だとすると、気になることが出てくるのだが。


「なあアヤメ、お前の親父が結界を張った時、何を代償として支払ったんだ?」


「…………」


「答えにくいか? なら――」


「……にゃ」


 アヤメはボソリと、何かをつぶやく。

 だが、泣きそうなほどにまで押し殺した声だったため、聞き取れなかった。


「え、何だって?」


「――人肉、百人分にゃ」


「……なっ!?」


 少女の言葉から出た言葉。『人肉』

 人肉――それはつまり、人間の肉だ。誰でも分かる。

 だけど、そんな物を代償にしていたのか?

 それを供物にして幻術に使用していたのだとしたら、果心居士は百人を殺したことになる。


「やっぱりですね。この山に張られた結界を解くには、

 相当な代償が必要がいると踏んでいましたが、人肉百人分ですか。

 でも、それを解かない限りこの山から出られず、解こうと思えば人間を大量虐殺する必要がある。

 どっちにしても、過酷を強いる結界ですね」


「……酷いな」


 果心居士――これはおそらく、娘を守りたかったがゆえの行動なんだろう。

 だが、あまりに残酷だ。

 好奇心の塊である人間と、自由を好む猫の特徴を備え付けておいて、一生この森に縛るなんて。

 生殺しと言うにも温い、残虐な仕打ちだ。


 俺はふとアヤメの方を振り向く。

 すると、自分のこれまでを語り終わったアヤメは、涙を流していた。

 大粒の涙が、頬を伝ってこぼれ落ちている。


「私は、人間じゃないかもしれにゃい。

 猫でもないかもしれにゃい。

 だけど、それでも、私は人間の世界で生きたかったのにゃ。

 でも、結界のせいでこの森からは……」


「――なあ風薫」


 アヤメが嘆くのを、これ以上聞いていられない。

 こんな話を聞かされて、放って置けるか。

 見捨てられたことがあるだけに、俺は人を見捨てることなんて出来ない。

 少なくとも、俺が何かをしてやれる範疇に、そいつがいるのなら。


「なんでしょう、ご主人様」


「幻術を解くのって、『原則』代償を支払わないといけないんだろ」


「……確かにそうですが」


「『原則』があるんなら、『例外』もあるってことだろ。

 この森の結界が幻術で出来ている以上、幻術を解除すれば結界も解けるはず。

 方法に心あたりがあるんなら、教えてくれ」


 風薫は、さっき幻術の解き方について触れた時、『原則』と言った。

 それに従うのなら、この結界を解くのに人肉が必要だ。

 だが、『例外』が――それ以外に手があるのなら、話は違ってくる。


「……それは」


「俺にも言えないのか?」


「いえ。ですが、この少女をこの森から出す気ですか?」


 俺の瞳を見据えて、風薫は真剣に訊いてくる。

 こんな大量殺人を犯してきた半獣を、解き放つ気かと訊いているのだろう。

 だが、俺の意思は変わらない。


「俺に同行させて目を光らせてればいいだろ。

 こいつをこのままにして出発なんてこと、俺にはできない。それに――」


 俺は一旦言いかけてやめようとした。

 でも、アヤメの顔を一瞥して、やっぱり続けることにした。


「可愛い女の子を連れて旅ができるんなら、俺は嬉しいよ」


 俺は恥ずかしさをこらえて本音を言う。

 すると、風薫が悔しそうに微笑んだ。


「……なんか。予想と違いましたね」


「ん、何が?」


「いえ、ご主人様はもう少し冷徹な方だと思っていました。

 でも、私の認識が甘かったみたいです」


「冷徹、ね。それになりきれないから、俺は困ってるんだよ」


 諦めることができるのなら、どれだけ楽かことか。

 見捨てることができるのなら、どれだけ重荷が少ないか。

 だけど、俺はそのいずれもする気にはなれないのだ。

 中途半端な自分が、嫌になる。


「……分かりました。

 ご主人様がそこまで言うのなら、お話しします」


「頼む。アヤメもよく聞いといてくれ」


「……にゃん」


 俺達は風薫に期待の眼差しを向ける。

 言葉を待っていると、彼女は一つ咳払いしてから言った。


「代償を払わなくても幻術を解く方法は、確かにあります。

 ですが、それは難易度が非常に高く、鬼門とも言えます」


「つまり?」


「幻術は心を惑わす術です。

 心の強さ、つまり精神力で打ち勝てば、幻術は力を失って消滅します。

 かいつまんで言うと、例外とは『正攻法で幻術を破る』ことです」


 正攻法で、幻術を破る。

 心に訴えかける妙術である以上、強靭な精神の波動を受ければ、幻術は消え失せる。

 つまり、先ほど風薫がアヤメの幻術を破った方法か。

 確かに、そうすれば幻術も木っ端微塵になることだろう。


「それは、難しいにゃ」


「アヤメ?」


 風薫が方策を話した途端、アヤメが難色を示した。

 唇を噛みしめて、その方法の難易度を語る。


「私だって、幻術くらい使えるにゃ。

 だからこそ、解除方法くらいも知ってる。

 心を強く保ってその方法を何度も試してみた。

 だけど、この結界はびくともしにゃかったにゃ」


 この結界は、この森、そして山全体にかかっている。

 なるほど――広範囲に及んでいるだけあって、そう簡単に壊せないということか。

 だけど、それは今までのお前の話だ。


「大丈夫だ。ここにはお前の味方が2人もいるんだから。

 一人ではどうにもならない難事も、3人集まれば何とかの何とかって言うだろ」


「それを言うなら文殊の知恵です」


 あ、この時代からそのことわざあったのね。

 というか今のは、ボケじゃなくて単なるど忘れだったのだけれど。


「まあ、あれだ。なにが言いたいかっていうとな、アヤメ」


「にゃ?」


 俺はここで、安っぽい言葉にならないように気を払いながら、真摯に言った。


「お前はもう、一人じゃないんだ」


「…………」


「頼りたかったら、頼ればいいんだ。

 出来ないことがあったら、すぐに泣きつけ。旅は道連れ。

 俺がこの世界にいる限り、お前のことを助けてやるから」


 最後に俺は、「な?」と同意を求めて微笑んだ。

 今の言葉は、俺の本心だけあって、さすがに毒は混じっていなかったはずだ。

 俺がおそるおそるアヤメの顔を確認すると、彼女は泣き腫らした顔で、笑っていた。


「……がとにゃ」


「聞こえないって」


 俺は困ったようにしてアヤメを慰める。

 すると、顔をゴシゴシと洗い、アヤメはもう一度大きな声で言った。


「ありがとにゃ」


「いいよ、可愛いから許す。……だけど、とりあえずは結界だ。

 あれをまずどうにかするぞ。風薫、手順説明を頼む」


「はい。では、こちらに来て下さい」


 解き方に心当たりがある風薫は、森の中を歩いて行った。

 風薫が向かっているのは、大きな木だ。

 ――とてつもなく大きい。

 明らかに、人によって何らかの手が加えられている。

 あれが、幻術を解くキーポイントなのか。


 俺は策士でも幻術士でもないので、良く分からない。

 だけど、風薫を信じて、俺とアヤメはついて行くことにした。


 

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