表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第一章 少女たちとの出会い
19/68

第十九話「ある少女が一人になるまで」

 


 山賊の出る山中に、ある男がいた。

 男の名前は果心居士、幻術を使役する幻術士だったそうな。


 彼は自分の欲望のままに人を陥れ、人間を苦しませてきた。

 その冷徹な悪逆行為は、彼が飽きるまで続いたそうである。

 だがある日彼は、己が経験したことのないものがあることに気付いた。

 すると、何でも思うがままにしてきた彼は、その行動をすぐに実践する気になったらしい。


 すなわち、自分の遺伝子を後世に残す繁殖行為。

 しかし、それを実行する途中で、彼は選択肢を間違えた。

 彼の冷徹な心が、こうささやいたのだ。


 ――ただの子供じゃつまらない。もっと、人に真似できないやり方にしよう。


 その誘惑に負け、彼は生まれ持った幻術で、幻ならざる『半獣』を創った。

 猫と交わることによってだ。

 精神と意識の操作によって、身体面にも異常を発生させることが出来る幻術。

 彼はその使い方を誤ったのだ。


 一年後、猫を母体としてある少女が生まれた。

 だがしかし、果心の遺伝子が強すぎたようだ。

 少女が普通の人間と違うところは、若干の見た目と身体能力だけだった。

 彼はその少女にアヤメと名付け、自分の跡継ぎとしてかわいがった。

 それはもう、普通の親子よりもべったりだったそうな。


 だが、彼はそこで一抹の疑問を覚えた。

 自分の悪ふざけによって生まれた少女は、何も悪意を覚えず、無邪気に『お父さん』と呼んでくる。

 どうしてこの娘は、自分を恨まないのだろうか。

 稀に入り込んでくる山賊を見て、自分が普通の人間でないことには気づいているはず。

 なのに、娘は何も訊いてこない。

 今までに腐った性根の人間を混乱に陥れてきた彼は、その少女が向けてくる親愛に苦悩したそうな。


 その時、人を幻術で再起不能にして嘲笑を繰り返してきた幻術士は、初めて後悔した。

 自分の行動を、恥じたのだ。

 他人に悪意を叩きつけてきた分、反対に家族には愛情を向けられたはず。

 それを自分は『ただの子供じゃつまらない。もっと、人に真似できないやり方にしよう』と、下らない悪意によって拒絶したのだ。


 彼は七日七晩、アヤメに出生について、自分の犯した業について、思い悩んでいた。

 思い悩まない日は、なかったそうだ。

 だがそんなある日、具体的に言えばアヤメに物心がつき始めた時、彼は体に異常を覚えた。

 まず、身体に力が入らない。ついで、己の生殖機能が完全に不能になった。

 世俗に疎かった彼は、巷を賑わす『奇病』について知らなかったらしい。


 ――日に日に衰えていく彼の身体。

 山に入り込んでくる山賊を追い払うのも苦しくなってくる。そこで彼は思った。


 ――俺が死んだら、こいつはどうなるんだ。


 山賊に遭遇すれば殺され、場合によっては奴隷として売られる。

 順調かつ健気に育っていく娘の姿を見て、彼はこの娘だけは守ろうと決めた。

 自分の身勝手で生まれてきた子供だ、自分が責任を取る、彼はそう決意したのだろう。


 ある日彼は、隣山の山賊集団を壊滅させ、ある儀式を行った。禁術にも近い、幻術の重ねがけだ。

 彼はある代償を支払い、この山に2つの結界を張った。

 供物を得た幻術は、不可能にも近い奇跡を発生させたのだ。


 即ち、結界の創造。

 その完成度は、陰陽術の域にまで侵食していて、もはや幻術といえるか怪しいレベルだったそうだ。

 その結界によって何を縛ったか。


 1つは、『十年間の間山への人・猛獣の立ち入り不可能』。

 これは、当時まだ幼かったアヤメを守るためのものだろう。


 2つは、『半獣の山外脱出不可能』。

 これは物心がついたばかりで、好奇心で山を飛び出しかねないアヤメを縛るための、鎖だったのかもしれない。


 個人で行うにはあまりにも大規模な結界によって、彼の身体は更に衰弱していく。

 そして、死期を悟った彼はある日、アヤメを呼びつけた。

 少女を自分の目の前に座らせて、彼は覇気のない目で語り始める。


『……アヤメ』


『ん、どうしたにゃ』


『……ごめんな』


 いきなり、頭を下げて謝罪した。

 突拍子な行動に、アヤメの目が丸くなる。


『どうして、あやまるにゃ?』


『本当に……ごめん』


 彼は地面に額を擦り付け、必死に謝る。

 自分がしたことは、あまりにも重い罪だった。

 アヤメに対する罪悪感が、涙となって彼の頬を濡らしていく。


『泣かないでよ、柄じゃにゃいにゃ』


『……はは、そうだな。

 なあアヤメ、俺、一つわがまま言うけど、聞いてくれるかな』


『……? もちろんにゃ』


 アヤメがうなずくと、彼は遠い目をしてボソリと言った。


『俺さ、長い旅に出るんだ』


『……旅?』


『そう。すごい長い旅だ、もう帰ってこれないかもしれない。

 俺が帰るまで、お前はこの山から出られない。我慢できるか?』


 あまりにも急な旅立ちの話に、アヤメも困惑する。

 彼の目を見つめ、それが冗談でないことを知ると、うつむいてか細い声を出した。


『……寂しいにゃ』


『ごめんな。でも、もう一つわがままを聞いて欲しいんだ。

 10年間、お前は危ないことにはならない。

 だけど、その後は自分で自分の身を守らなきゃいけないんだ。

 ――お前にそれが、できるか?』


『……分からにゃいにゃ。

 親父が、にゃにを言ってるのか、分からにゃいにゃ』


 認めたくない心が、意識と造反する。アヤメは嫌だと言わんばかりに首を振った。

 だがその姿を見ても、彼の口調は依然変わらなかった。


『なあアヤメ。

 今だから言えるけど、俺は本当にどうしようもないやつだったんだ。

 善人を排斥して、悪人に迎合してきた、とんでもない卑怯者だ。

 だけど、一つ思ったんだ。今までしたことを反省して、

 家族にくらい優しくしてあげるっていう選択肢も、あったんだなって。

 だけど俺は馬鹿だから、下らない悪趣味で、お前を……』


 彼の号泣は、壮絶なものだったのだろう。

 その必死の姿を見て、アヤメも気分が落ち込んでいく。


『……気にしにゃいでにゃ。

 親父が言ってることはよく分からにゃいけど、これだけは言えるにゃ。

 親父が泣くと、私も悲しくにゃる。だから、泣かにゃいでくれにゃ』


『……そうか、お前はいい子だな。

 ――じゃあ、アヤメ、達者でな』


 そう言って、彼は立ち上がった。

 すると、アヤメはすがりつくようにして彼の裾を握る。

 震える瞳は、今にも涙を流してしまいそうだった。


『どこに、行くんにゃ……?』


『遠いところだよ。いや、地の獄かもしれないけどさ』


 軽口を叩いて、果心居士はアヤメに背を向けた。

 その時、彼は最後まで悲哀に満ちていた。


『……アヤメ、本当に、ごめん』


 その悲痛な声は、アヤメの心の奥底まで届いたことだろう。

 そして彼は、二度と戻らない山を出るために、走って逃げた。

 その背中を、アヤメはずっと見ていたそうだ。

 ポツリと、風に乗って消える声も、悲壮に満ちていた。


『……私は、一人。世界で……一人にゃ』


 誰もいない山中。

 闇が支配する中で、少女の味方をしてくれる者は、もう誰もいない。

 人にもなりきれず、獣にもなりきれない少女。

 果心アヤメは、いつまでもつぶやいていた。


『寂しい……にゃ』


 その声が発せられた時、果心居士はこの山にも、この世界にもいなかった。


『一人に……しにゃいで、にゃ――』


 そこに残ったのは、半獣の少女一人だけだったのだから。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ