第十五話「竹中風薫の奮戦」
硬直していた空気が破壊され、山賊が散開した。
どうやら、こちらを包囲しながらいたぶる作戦らしい。
何というか、徒党を組んでるというか、山賊らしい戦法だ
山賊の構成は、首領格らしき風格を持つ女1人と部下5人の、計6人。
首領っぽい女はその場で動かず、部下に戦闘を任せるつもりらしい。
「お、おい。大丈夫なのか?」
俺は後ずさりながら風薫に確認する。
退路を断たれている以上、強行突破しか手がない。
でも、この人数差は確実に不利だ。しかもこの山は恐らく山賊たちの本拠地。
つまりは地の利も敵にあるということ。……これは辛いな。
「大丈夫ですって。私の後ろから離れないでくださいね」
「ああ……分かった」
本人が言っている以上、信じるしかない。
俺があの山賊に立ち向かった所で、多分3数える間になます切りにされてしまいそうだ。瞬殺確定が目に見えている。
それに、あそこまで余裕のある態度をとるからには、剣碗に自信があるのだろう。
ここは風薫の力を頼りにするしかない。
俺が風薫の後ろに隠れると同時に、部下の山賊が斬りかかってきた。
その山賊の武器は、鉈にも似た直剣。
重量はさほどでもなさそうだが、やはり剣は剣。
致死傷を一撃で与えてもおかしくない斬れ味を持っている。
その直剣を突き出すようにして、風薫の首元を貫こうとする。
だが、その動きを読んでいたのか、風薫は身を躱して側面に潜り込んだ。
すると、ここで問題が起こる。
俺は先程まで、風薫の後ろにいた。
そして今、風薫は敵の行動を回避してこの場を飛び退いたのだ。
するとどうなるか。
「お……おい?」
風薫の首元の位置、つまりは俺にとっての胸辺りに直剣が迫ることになる。
血が染み込んだ凶刃が、俺の胸に突き立とうとする。
恐怖のせいか身体が動かず、回避行動が取れない。
「う……うぉおおおおおおおお!?」
何とか絞り出した絶叫。
しかし、何とも情けない声だ。
もはや避けることは叶わない今、そんな声が出ても仕方ないとは思うのだが。
ああ、俺の最期って、胸から刃が生えることによるショック死だったんだ。
唐突な死の予感に、謎の悟りを開いて目を瞑ろうとしたその時――
――ガツッ
鈍い音がして、直剣の動きが止まった。
「……ぎ、ぐぅ」
俺の胸に先端が触れる直前、そこで停止した剣を取り落とし、山賊は地に伏せた。
その山賊の背後には、不敵に微笑む風薫の姿があった。
「ちょっと一太刀が入るのが遅かったですね。怖かったですか?」
「……心臓が16ビートを刻んでるよ。今ならデスメタルも演奏できそうだ」
死にそうなほど驚いたが、風薫の一撃によって俺は救われたようだ。
なるほど、その立ち位置を見て理解した。
風薫は今、敵の攻撃を回転しながら避けた後、その遠心力を利用して山賊の後頭部に一閃を決めたのだ。回避と攻撃の一体技、といったところだろうか。
「さっきの一瞬でかよ。それにしても――」
「危ないっ!」
俺がねぎらいの言葉でも掛けようとした瞬間、風薫の蹴りが俺の脇腹に直撃した。
「ふげはっ!?」
キックボクサーが裸足で逃げ出す回し蹴りが、俺の脇腹に食い込む。
その勢いに耐えかねて、俺は横合いに吹っ飛んだ。
一瞬空中に浮き、腐葉土の上に腰から落ちる。
「な、何するんだ!」
至極当然な文句を言ってやろうと思ったが、自分の姿を見て絶句する。
袈裟の胸元が完全に裂け、素肌が見えてしまっていた。
俺が蹴り飛ばされる前にいた所を一瞥する。
そこは長槍が通過し、細い樹木を刺し貫いていた。
顔色一つ変えずに槍を構える山賊――どうやら俺を狙って刺突を繰り出していたようだ。
「……危なかった、のか?」
「もう少しで鮮血滴る死体ができあがってましたよ」
「なるほど。蹴ってくれてありがとう」
蹴られて礼を言うのもなんだが、後少しで俺の人生は終了していたんだ。
それを阻止したのは風薫の功績に他ならない。
「さて……槍ですか。少し厄介ですね」
風薫はそう言って、木刀を正眼の位置に構えた。
なるほど、その構えを見て、大体の流派がつかめてきた。
「おや、どうしました山賊さん。怖くて動けませんか?」
「…………」
風薫の声に、山賊の眼が俺から逸れる。
買うのも嫌になるほどのあからさまな挑発だが、効果は抜群のようだ。
槍を樹木から引き抜き、槍使いの山賊は風薫に相対した。
リーチの長さを武器に、勢いをつけて刺突をするはず――槍術の利点から考えてそう予測したのだが、山賊は動かない。
「御自分の命がそこまで大切なら、山賊なんて割に合いませんよ?」
「…………」
二度目の挑発。相変わらず特売セール真っ盛りのようなセリフだが、効果はてきめん。
槍使いの山賊は再び動き出した。
風薫の細い体躯に長槍を突き立てようと、凄まじい勢いで突撃してくる。
同時に――というより、山賊の狙いはこれだったのだろうと分かる事態が勃発した。
風薫の背後、すなわち茂みの中から、潜んでいた山賊が襲いかかったのだ。
狙い澄ましたかのような奇襲だった。
背後から風薫に迫る山賊の手には、先程倒された山賊と同じ直剣が握られている。
つまりは前後からの同時攻撃、山賊の展開した陣形が、風薫に牙を向いた。
だがしかし、風薫はそれすらも読んでいたようだ。
彼女は後ろから山賊が飛びかかっているのを確認して、思い切り横っ飛びをしてその場を離脱した。
武術の達人ですらも苦手な、同時攻撃への対応。
風薫は今、その攻撃を受けることなく、避けることによって瓦解させた。
先程俺が目の当たりにした光景の焼き直しが、そこで繰り広げられる。
咄嗟に飛び退いた風薫の動きに対応できず、槍使いの山賊はそのまま渾身の刺突を繰り出してしまう。
同時に、背後から忍び寄っていた山賊も、直剣をしなるようにて振りかぶる。
このあとの惨劇が予想できそうなので、俺はすぐさま視線を切った。
「……ぐぁっ!?」
「ぎぅ……!?」
動物的な唸り声を発して、山賊達は倒れこむ。
前後からの同時攻撃――それは確かに強力だが、同士討ちのリスクを孕んでいる。
その穴を見事に突いた風薫は、手を汚さずして2人を撃破した。
完全に成功すると思っていた作戦が破られたからか、首領と部下2人に緊張が走る。
「さて、これであと半分ですね」
再び前に出るようにして、風薫は俺の身体を山賊たちから遮る。
なるほどな、どうやら俺は勘違いをしていたようだ。
風薫は、そんじょそこらの用心棒の比ではない実力を秘めている。
それを見抜けなかった俺は不明もいいところだ。
しかし、彼女を同行者として着いてこさせたことは、間違いなく正しい判断だったようだ。
「退いてくれないようですし……痛い目を見てもらいましょうか」
そう言って、木刀を山賊たちに方に突き付けた。
すると山賊も覚悟を決めたのか、腰を落として風薫に襲いかかろうとする。
そんな得も言えぬ緊迫状態で思っていたことはただ一つ。
……竹中一家ってすごいな。
いやはや、術数権謀にとどまらず、剣を扱える人材までいたとは。
俺は手に汗を掻きながら、風薫の剣技に見とれていた。
「時間の無駄ですね。そろそろ終わりにしましょう」
少女らしからぬ妖艶に満ちた笑顔は、どこまでも輝いていた。




