第十一話「お前が外道か」
竹中風薫、それが少女の名前であるようだった。
つまりは、天下の軍略家・竹中半兵衛の娘ということか。
今更だが、少女の言う『父上』というのが、竹中半兵衛のことであることは推察出来ていた。
だが、俺の知っている史実に照らし合わせると、どうしても齟齬が生じるため納得できなかった。
竹中半兵衛は妻と仲も良く、親族とも関係が良好だったが、ただ一つ不幸なことがあった。
そう、彼は子供に恵まれなかった。
生涯でもうけた子供は、わずかに一人である。
なので、娘と言われてもにわかには信じ難かった。
でもまあ、今の少女の紹介で理解出来た。
この少女――即ち風薫は竹中半兵衛の養子であるらしい。
なるほど、それなら一応合点がいく。
養子ならば何人いたところで不思議ではない。
「風薫、だっけか。ちょっと疑問なんだが、竹中重治は何で死んだんだ?」
「……疫病です。元々身体の強い方ではなかったのですけど。
こたびの疫病で体調を崩され、逝去されました」
当たり前のように続々と届く有名武将の訃報。
やはり、流行っていた疫病はとんでもなく質が悪かったらしい。
戦国を歪めるほどの疫病だ、生半可なものではなかったのだろう。
俺が風薫に、慰めの言葉の一つでも掛けようかと思った瞬間、横からまた邪魔が入った。
「あんた、買うんなら早く買ってくれないかね。
話すだけであんまり長居するようなら帰ってもらうよ。
ウチはそういう店じゃないんだ」
粘ついた声が不愉快だ。
このトロールはどうも人に対して刺々しいな。
何か腹立つ事でもあったのか。
「……決まらないんなら、こっちで見繕うことも出来るよ。
希望する奴隷の特徴を言いな」
「そうだな……」
正直、最初は腕の立つ用心棒を探していたのだが、今となってはどうでもいいように思える。
それに、奴隷を買おうと思うのならば、何人か買うことも可能だ。
だが、この少女だけはここに縛り付けて置きたくない。用心棒云々の前に、解放してやりたい。
俺の勝手な願望――というよりむしろ、この少女が他の誰かに良いようにされる未来を思うと、気分が悪くなる。
自分を中心的に考え過ぎかもしれないが、そこは仕方がない。
そこまで思考を追い込むほど、少女の魅力に当てられてしまったようだ。
いやぁ、可愛すぎるってこの娘。
「そこの、銀髪の少女をもらおうか。
竹中風薫といったか。こいつはいくらだ?」
「ああ、こいつかい? 3000貫だよ」
「…………」
はて、今このゴブリン突撃部隊に参陣していそうな店長は何と言った?
こっちの予想を遥かに上回る現実を突きつけてきたような気がするのだが。
「悪い、もう一回言ってくれ。
3000貫とかいう、法外な値段に聞こえてしまってな」
「そう言ってるんだよ。ポッキリ3000貫さ」
「……なんか、高くないか?」
「そりゃそうさ。こいつには今、2000貫の懸賞金が掛かってるんだからさ」
「懸賞金?」
どうにも聞き慣れない言葉が出てきた。
西部劇とかでしか聞いたことがないワードだ。
「俺には2ドルの懸賞金が掛かってるんだぜオラ、ビビれや」とか、そういう世界でしか出てきそうにない。
「もう一つ言っとくと、2000貫の懸賞金をかけてるのは足利家さ。
その他にこの小娘は、今川家に浅井家、果ては朝倉家までにも狙われてるんだよ。
竹中家唯一の生き残りとあっては、欲しがるのも無理はないんだろうけどさ。
容姿も良いから、それ以上の値で売れると踏んで、ここに匿ってるんだよ」
……おおぅ、俺が買おうとしている少女は思った以上に人気者だったらしい。
聞き覚えのある大名家から、寄ってたかってお尋ね者にされているのか。
しかしこのトロール店長、匿ってやってる行動理由が俗物的過ぎるな。
そこまでして金が欲しいのか? 俺も欲しいけど。
さて、情報が揃った所で、今の俺の所持金を考えよう。
一宮水仙から頂いた金塊を換金し、今俺の懐では庶民が泣いて欲しがる44貫が唸りを上げている。
ふむ、俺の所持金は44貫。
この少女の価格は3000貫。
なるほど、錬金術でも使わない限り、絶対的に金が足りないな。
今考えついた予定では
竹中風薫を買う
↓
用心棒を買う
↓
いざ出雲へ出発
だったのだが、どうにもその計画は水泡と化してしまったようだ。
実現不可能って辛いね。
「で、どうするんだい? 買うのか、買わないのか」
……うーむ、選択を迫られても、買えないものはどうやったって買えないのだが。
値切っても絶対拒否するだろうしなー。
しばらく懊悩にふけっていると、店の奥から大声が響いてきた。
「店長ー! 3ヶ月以上売れてない奴隷が4人いるんですけど、まだ手元に置いときますかー?」
何ともしわがれた声だ。
愚劣と卑しさに満ちている。どうやらこの店に勤める店員のものらしい。
売れていない在庫、すなわち奴隷の処遇について、店長に確認を取っている。
果たして、トロール店長の声はどこまでも冷徹だった。
「うちに能なしを養う余裕はないよ。
今私ゃ接客中だから、今日はあんたが殺しときな」
「……殺すのか?」
「当然。売れないクズ共をいつまでも置いとく義理なんてないさ」
そう言って、店長は店内へ脇差を放り込む。
鞘もない、抜き身の刀身が目に焼き付く。
風薫はもう見慣れているのか、特に驚いたような表情もしない。
店長が日常的に使用していると思われるその小刀は、骨を切断する時に見られる独特の刃こぼれを曝していた。
刃が根本から曲がってしまっている刀身は、血が染み込んでいてどこまでも赤い。
……なるほど、この店長は真性の外道らしい。
俺が今まで騙してきた人間が聖人に見えるほどだ。
人を金儲けの商品としてしか見ず、役に立たなければ命をも消し飛ばす。
店の奥から響いてくる絶叫に戦慄しながらも、俺はこの店長に灸を据えることを決めた。
十八番の偽計を駆使したいところだが、先ほどまでの会話で、この女が容易に騙されるような人間ではないことが分かった。
となると、手段は一つしかないな。
歴史の先人が示してきた、究極的にして最終の一手。
奸計を弄する詐欺師とて、最後に頼るのはやはりこれなのだ。
あまり誉められた手法ではないが、この女を野放しにすることの方が、非難されるべき愚行だろう。
――話が通じないのなら、戦争しかない。
それすなわち実力行使。
俺は店長に気付かれないように、ポケットを探り始めた。