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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第一章 少女たちとの出会い
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第一話「戦国鎧の始動」


 


 人を破滅に追い込んでも、まだ足りない。

 心は満たされず、懐も満たされない。はるか先を見据えても、心は空虚なままだった。

 壊れてしまった過去を精算するように、俺は今日も人をだましていく。

 さあ、始めよう。

 いつの日から始まったかも分からない、虚言に満ちた物語を――




   ◆◆◆  





 今日の稼ぎはいつもの倍だった。

 とは言っても、前々から工作や手回しをしていただけに、手放しで喜べる額ではない。


「……必要経費で飛ぶなあ。甘屋あまやに開発費回せるんだろうか」


 苦々しくつぶやいて、電卓を放り投げる。

 開発費の枯渇は、何としても避けたいところだ。

 あいつの便利アイテムが提供されなければ、詐欺師としての仕事に支障が出てしまう。

 だが、まあいい。俺は今日、収入では語れないものを獲得したのだ。


 学校帰りに仕事をして、俺は家に帰ってきている。

 今日の疲れを癒しつつ、部屋の隅に目をやった。

 そこには、いくつかの骨董品が置かれている。


 本日の仕事内容が(強制)集金だったため、足りない分を骨董品その他で補填してもらったのである。 これらを持って行くといった時のおっさんの顔は、ものすごく潤んでたな。

 かくして俺の手元には色々なお宝物品がそろっているわけだが……。

 そんな中でも一番目を引くのが、高級オーラ漂う三本の矢である。


「これが、毛利の三本の矢ね。さすがに風格があるというか……いや、これはたまらん」


 いやはや、まさかこんなものを発掘できるとは。

 戦国時代が大好きな俺としては、売るのがもったいない程である。


「だけど……これがいらないんだよな」


 俺は視線を横にずらす。 そこには紫色に丹塗りされた、趣味の悪い甲冑かっちゅうが鎮座していた。

 これも補填品として一緒にもらってきたのだが、どうにも戦国っぽくない。

 というより、見ていて心が踊らないのだ。

 見た目は戦国鎧そのものなのだが、どこか雰囲気が違う。


 この悪趣味フルスロットルの鎧を、いかにして売り払うか。それが問題だ。

 俺はビールとスルメをつまみながら、売却先のことを考えていた。

 ――だがその時、視界に変なものが映る。

 それと同時に、背中がゾワリと震えた。


「……ん?」


 紫色の、螺旋らせん

 警戒色を放つ色が、渦となってそこに存在していた。 

 発生源は、部屋の角に置いてある骨董品。

 そこにある戦国鎧から、妙な空間が発生している。


「……おかしいな。ビール一本で酔うはずがないんだが」


 酒豪というわけではないが、少なくともビール一本で酔うはずがない。

 しかし、泥酔しているとしか思えない光景が、目の前に広がっていた。

 不気味な渦が、徐々に近づいて来ている。

 どう見ても、何度見ても、アレは錯覚ではない。


 そこで俺は確信する。

 やっぱりそうだ。これは、現実なのだ。

 異形の存在が、意志を持って俺に近づいて来ているのだ。

 まるで、俺を飲み込もうとでもしているかのように。


「……何だよ、あれ」


 嫌な汗が流れると同時に、アレが危険なものであると本能が理解した。

 とっさに後ろへ後ずさる。だが、すぐに壁にぶつかった。

 それも当然、ここは6畳の部屋。

 所詮は身元を隠すために借りたボロアパートの一室。

 すぐに逃げ場がなくなる。


「……何なんだよ」


 口から出る言葉も弱々しい。

 眼前に迫る渦が瞬く間に広がる。

 そして、俺の身体を覆い尽くそうと加速してきた。


「……っく!」


 反射的に腕を突っ張り、渦を押しのけようとする。

 紫色の螺旋に向かって、右手で掌底を繰り出した。

 得体の知れない渦に拳がめり込む。


 だが、そこで勢いは止まる。

 それどころか、怖気の走る感触とともに、右腕は渦に飲み込まれてしまった。

 底知れぬ恐怖感が、脳を麻痺させてくる。

 渦に侵食されている腕を見て、俺は叫びを上げた。


「う……うわああああああ!?」


 泥沼に足を突っ込んだかのような、強烈な不快感。

 細胞の一つ一つを舐め取られているかのような、官能的な感覚が左手を支配した。

 とっさに腕を引きずり出そうとする。


「……っぐ、ぬ。あ、あれ……抜けない!?」


 だが、一ミリたりともこちらへ戻ってこない。

 まるで石膏の中に手を入れて、そのまま固まってしまったかのようだ。

 俺の苦労をあざ笑うかのように、螺旋は徐々に近寄ってくる。


 気づいてみれば、俺の肩口は完全に渦に侵食されていた。

 どうやらこいつは、俺を完全に飲み込みたいらしい。

 ジワリ、ジワリ。細胞を溶解させているような音を立て、俺を圧迫してくる。

 

 

 なにか、なにかないのか……!

 焦りながら現状況の打開策を求め、辺りを見渡した。

 そしてあるアイテムを発見する。

 それは現代人ならば大抵の人が持っている、最高の文明の利器。


 ……あったよ、救世主けいたいでんわ


 いつもは脅迫と請求に使用する仕事用の携帯電話が、畳の上に置かれていた。

 警察対策でプライベート用とは分けているため、電話帳の充実度は期待できない。

 しかし、今の状況では藁すらも国民的ヒーローに見える。


「ほぅあっ!」


 頓狂な声を発して、俺は携帯電話を右手でかっさらう。

 置いてあった距離から判断するに、後少し引きずり込まれていれば危うかった。

 俺は急いで携帯電話を開き、そして、そして、そして――


 …………あれ。


「どこに電話すればいいんだ」


 液晶画面を見つめたまま硬直してしまう。

 この緊急事態を誰に訴えるか――そこの所が抜けていた。

 この夢物語のような状況を、誰に伝えればいいのか。

 ……まさか警察に? それならば、一体どうやって説明すればいい。


 鎧から出てきた渦に喰われかけてるんです、助けてください?

 これでは確実に不審者と思われてガチャリだ。

 ハァ? と言われた後に音信不通が目に見えている。


 となると、気は乗らないがやはりあいつか。

 すなわち、戦国マニアの変人発明家娘・甘屋茜あまやあかね

 発明家としては一流なのに頭が空という、中々にはっちゃけたお嬢さんだ。

 俺は祈るような思いで電話帳をむさぼり見た。


「……電話帳。ア行の……秋山あきやま朝日あさひ脚延あしのべ穴山あなやま、……伊坂いさか





 ……………………。





 あ、甘屋あまやがないぃぃぃぃぃぃ!


 ああ、そうだ。

 あいつの番号はプライベート用の方に登録してたんだ。

 ということは何? 番号を手打ちしろと?

 そんな無茶な。11桁の番号を覚える暇があるんなら、預金通帳の10桁を覚えるぞ俺は。

 ……くそっ、番号が思い出せない。


 

 これ以上の猶予はない。

 もういい、頭が覚えてなくても体が覚えているだろう。

 そうに違いない。ていうか違ったら困る。

 何度か仕事用で掛けた事もあるし、いけるはずだ。

 勝手に即断して、数字列を入力し始める。

 するといつもの習慣か、自然に手が動いた。


 みるみる内に、見覚えのある電話番号が出来上がっていく。

 違和感を訴える肩口が、俺の焦燥を焚きつける。

 だが俺は負けない。発信ボタンを連打した。

 するとすぐさま、狭い部屋の中にコール音が反響する。


 3コール、4コール。

 鳴り響く回数に比例して、俺の身体も何処かへ吸い込まれていく。

 震えと悪寒が止まらない。

 今鏡見たらきっと凄いことになってるよ。

 驚きの青白さだと胸を張って言えることだろう。


 だが、なかなか電話口に出てこない。

 死刑を待つ虜囚の如き気構えで待つものの――

 甘屋が電話に出る気配は微塵もない。

 ……ああ、これはもう駄目かも。

 確か7コール目で切れてしま――




 ――ガチャッ




 耳をつんざくような音が響き渡る。

 一秒ほどの静寂の後、暢気で明るい声が聞こえてきた。


「はーい、もしもーし――発明少女・甘屋茜でーす。

私の可愛さに振り込みたいなら空口座にどうぞー」


 来たぁー、出たぁー、馬鹿が出たぁー!

 ガッツポーズをしてブレイクダンスに洒落込みたい気分だ。

 しかし時間がないので今は割愛させてもらう。

 もう左側頭部が飲み込まれているのだ。余裕なんてどこにもない。

 現状を理解すると、急速に冷や汗が吹き出してきた。

 俺はこれ以上侵食が進む前に、早口でまくし立てる。


「おい、甘屋。お……おおお落ちつついててて聞いてくれれれ――」


「……? 先輩が落ち着いた方がいいのではないでしょうか」


 冷静な声が通話口から響いてくる。

 何だって、落ち着く? んなことが出来るか。

 この状況で落ち着ける奴がいるんなら、それは自殺志願者か命知らずだ。

 それに、俺はどちらかと言えば金よりも命を大切にしている。

 こんな人生初にして最大級のピンチを前にして、冷静でいられるか。


「い、今さ、やばいんだ! 手元に置いてる骨董品が、ついに反逆を起こしやがった!

 紫色の戦国鎧が渦を発生させてきやがったぞ! 人生最大級の危機だ!」


「……せんぱーい、今はまだ夕方ですよ。寝ぼけるのなら朝にしてください」


「嘘なんか言ってねーよ。いいから、早く助けに来てくれ!」


 必死に懇願すると、甘屋はしばらく沈黙する。

 そして、いきなり謎の思考回路を発揮して、見当違いなことを言い始めた。


「およ、待てよ。寝ぼけているのなら逆に好都合。

 今なら先輩の部屋から、あの伝説の『今川義元いまがわよしもとまり』を持ちだしても大丈夫なのでは?」


 キャーキャー言いながら明るい声を出す甘屋。

 どうやら狙いは、俺が溜め込んでいる骨董品のようだ。

 てか、なにお前。堂々の空き巣宣言? 

 おいおい。いくら俺が社会的に褒められた人間じゃないからって、それはないだろう。

 第一犯罪だ。お前の過保護な親父が泣くぞ。


 ……って、そんな下らないことを話してる暇はないんだった。

 現に、すでに螺旋は俺の身体をとんでもない所まで侵食しているのだ。

 無機質な渦の叫びが、背筋を震え上がらせる。

 俺は不安に駆られて大声を発した。


「だー、もう! 毬でも金でもくれてやるから。

 早く助けてくれ。もう渦が口の中に……うえっ」


「分っかりましたー! 行きます!

 スクーターすっ飛ばして行くので、頭洗って待っててくださいねっ!」


 頭の悪いことを口走り、甘屋は電話を切る。

 ――すると、辺りが急速に静寂に包まれた。

 カチ、カチ。

 普段は気にも留めない時計の音が、今に限ってはとても痛々しく感じた。

 夕方に鳴くカラスの声さえもが、ありありと聞こえる程である。


 するとなぜだか知らないが、不思議と今の状況が整理できた。

 おそらく、人間は諦めた時に急に冷静になってしまうという、あれなのだろう。

 つまりは人生諦めモード状態だ。

 さて、ここでシンキングタイム。


 今俺は渦に飲まれている。

 しかも、もはや首から上しか出ておらず、世界を認識する方法は右眼と右耳だけ。

 現時点で、急速な勢いで甘屋が向かっている(はず)だが、間に合う確率は皆無だろう。


 ――ここから導き出される答えはただ一つ。


「……もうだめだ」

 

 急に目の前が真っ暗になった。

 深い疲労感のせいで、眼を開けることすらも叶わない。


「……あんの、役立たずめが」

 

 渦が俺を飲み込み、反響する声すらも吸い込んでいく。

 視界が紫に染まった時、俺はこの世界から消失したのであった――




 

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