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隠されると暴きたくなるもの

 ようやく仕事から解放されて家に帰ってきた私は、くたくたになりながらもダイスケとヒバリくんのケースへ真っ先に向かった。うん、二匹とも朝と変わりなく元気である。二匹の様子を見るだけで、この体に溜まった疲れが一気に吹き飛ぶというものだ。

「ただいま~。帰ってきたよ~。あ、ちょっと汚れてるね」

 にやけた顔で二匹を観察していたら、ヒバリくんの餌入れが少し汚れていた。餌入れとして使っているタッパーには水を入れてあって、そこに生きたドジョウや小魚、オタマジャクシなどを放すのだ。だから、水が汚れているのはいけない。常に清潔にしていないと、ヒバリくんの体調に良くないのだ。

「今換えてあげるね」

 私はヒバリくんのケースからタッパーを取り出すと、着替えもそこそこに水道で掃除を始める。ふんふんと鼻歌を歌いながら、綺麗になったタッパーを再びケースに入れてあげれば、ヒバリくんは大きな目でそれをじっと見つめていた。愛いやつめ。

 それから私はダイスケに「今出してあげるから、ちょっと待ってて」と声をかけ、メイクを落とす。ばっちりメイクでは無いけれど、やっぱりファンデーションを落とすと顔がとっても楽だ。流石の私でも、そろそろお肌のつやとか張りは気になるので、しっかり化粧水と乳液で保湿だ。これでよし。

「さて、お待たせ」

 私はダイスケのケースを開けて鷲掴む。むんずと持ち上げて、もう片方の手のひらに乗せると、落ち着いたのかダイスケは巻きついたまま大人しくなった。蛇のハンドリングは飼う人によって賛否両論らしいが、私は賛成派だ。やっぱり飼っている以上スキンシップは取りたいしね。もちろん、ストレスになるような触り方はしないけれど、ダイスケは幼蛇から飼っているのでかなり人慣れしている。時期を考えて、よっぽど変な触り方をしなければ大丈夫だ。

 そのまま暫くダイスケと遊び、そろそろ私も夕飯にしようかな、なんて思っていた時だった。ピンポーンと玄関のチャイムが鳴らされる。こんな時間に一体誰だろうと、ダイスケを手のひらに乗せたまま玄関に移動する。そしてまた鳴るチャイムの音。宅配便かな、と扉の覗き穴から覗いてみれば、意外な人物がそこに立っていた。

「え? 嘘。なんで?」

 尋ねてきたのは彼氏だった。

 私は慌てて携帯を確認するが、着信履歴もなく、メールもきていない。どうして。何の連絡も無く、いきなり来ることなんて今まで無かったのに。とにかく、ダイスケたちをなんとかしなくては。私は手のひらのダイスケを急いでケースに入れる。衣装ケースを改造したそれを、よいしょと持ち上げていつもの押入れに仕舞い込むと、今度はヒバリくんのケースを持ち上げた。その間にも、私を急かすように何度もチャイムが繰り返し鳴らされる。電気が点いているのが外から見えるから、私が居る事は彼も分かっているのだろう。だから、すぐに出ない私をずっと玄関で待っているんだ。

「もー、ほんとにどうしたわけ……」

 小さく零れた私の声は微かに震えていた。しかし、手を休めることは出来ない。まだまだこの押入れに突っ込まなくてはならない物が沢山あるのだ。手当たりしだいに引っ掴んでぽいぽいと押入れに押し込み、これで最後と戸を閉める。そして、同時に鳴るチャイム。

「はい! はい、今出まーす!!」

 

 ガチャリ、と玄関の扉を開けると、仕事帰りなのかスーツを着た彼が立っていた。いつも会う時は必ず笑顔なのに、随分と待たせた所為なのか表情が怖い。見上げると、彼はどこか苦しそうな顔をしてみせた。

「ご、ごめんね。急に来るから吃驚したよ。あ、あがって?」

 私が家の中へ招くと、靴を脱いだ彼は無言のままぐるりと部屋を一望した。それも、ちらり、なんてものではない。何かを探すようにじっくりとである。私は何か仕舞い忘れた物が無いかと冷や冷やしながらその様子を見ていた。

「どうしたの? いつもはメールとか電話くれるのに。あ、なんか飲む?」

 険しい顔をした彼は、黙ったまま何も話してくれない。沈黙に耐えられなくなった私は、無駄に明るい声で彼に問いかけた。そういえば、まだ夕食を食べていなかった。彼もまだかもしれない。一応聞いてみるか。

「あ、ねぇ。私ご飯まだなんだけど、もう夕飯食べた? 簡単なものだったら作れるけど」

「…………ああ。じゃあ、俺の分も頂戴。……急に来てごめん。ただ、会いたいなって思って」

「え、あ……そう」

 私は恥ずかしくなってくるりと後ろを向くと、そのまま玄関のすぐ横にある台所へ向かった。会いたいから来ちゃったとか。嬉しすぎる。しかし、後ろを向いた私には、彼がどんな顔をして居間に入っていったのか分からなかった。

 冷蔵庫と睨めっこをしながら、何が作れるかを考える。自分ひとりならまだしも、人に食べさせるものを作るのだから適当すぎるのは駄目だろう。野菜炒めとあとは、なんて考えていると居間でテレビを点けた彼が話しかけてきた。

「……出てくるまで大分時間がかかってたけど、忙しかったの?」

「え? ええ、と」

 あなたが来るまではまったりしてたんだけどね。なんて答えたものか。少し返答に口篭り振り向くと、彼と目が合った。

「片付けでもしてた?」

 くすり、と彼が笑う。「うん、そう。片付け、片付けだよ、朝散らかしたままだったから……さ?」と私は彼の言葉に乗っかった。ははは、なんて乾いた笑いが口から零れる。間違ってはいないはずだ。私は紛れも無く片付けをしていた。

 それから、私はまた夕飯作りに戻る。どうも今日の彼は変だ。いつもならスムーズな会話も、なんだかぎこちなくなってしまう。彼が来てから、ずっと漂う奇妙な緊張感に私は戸惑っていた。

 確か豚肉を冷凍室に入れていたはず、と冷凍室を開けると、私は思わず「ぎゃあ」と可愛くない悲鳴をあげてしまった。「何?」と振り向く彼に「なんでもないよ」と返して、改めて豚肉を取り出す。ダイスケ用の冷凍マウスをそのままにしたままだった。冷蔵庫には彼を近づけないようにしないと。


 俺が最近思うこと。俺の彼女は、何か自分に言えない隠し事をしているらしいということ。

 付き合って四年目。世間では三年目がどうとかいろいろあるらしいが、学生時代から付き合っている彼女とは、社会人になった今も変わらず恋人という関係が続いている。冷めるどころか、俺にはやっぱり彼女が一番だという気持ちはどんどん強くなってきて、この前、今までずっと考えていた、同棲をしないかという話を切り出してみた。その時の彼女の反応は、驚いてはいたが満更でもなかったと思う。さばさばしていて飾り気の無い、いつも自然体な彼女。感情的な所もあるけれど、賢くて、人に流されない自分で決断する強さを持っている、俺が尊敬している(ひと)。だから、きっと彼女なりに考えて、すぐに良い返事をもらえると思っていたんだ。それなのに、返事を貰えないばかりか、彼女は不安げな顔で俺を見てくることが多くなった。そんな顔で何かを言い出そうとしないで欲しい。嫌なことを想像してしまうだろ。

 今日あえて突然やってきた部屋は、いつも通り女性の部屋にしてはこざっぱりとしていた。出てくるのにかなり時間がかかった事が、俺の嫌な想像を膨らませていく。付き合い始めてからずっと、「部屋に来るときは必ず前もって連絡してね」と言われてそれを守ってきた。女には男には分からない準備とか、見せたくないものとかあるんだろうと思っていたから。でも、それを最近同性の友人に話したら、「怪しくないか?」と言われた。仕舞いには異性の上司からも、「なんかおかしいわね。ねぇ、もしかして彼女――」なんて。

 何度目かのチャイムを鳴らして、ようやく出てきた彼女が妙に慌てていたこととか。一体何を片付けていたのとか。一度疑惑の目で見てしまうと、全てのことが俺の不安を駆り立てていくばかりで、膝の上に置いた拳が固く閉じたまま開きそうにないんだ。

 かたん。

 小さな物音がして俺は俯いていた顔を上げる。正直テレビなんて取り敢えず点けただけで、ちっとも頭に入ってはいない。そんなテレビの音とは別の物音が確かにした。たぶん、俺のすぐ横から。いつもしっかり閉まっている、押入れの中から。

 ちらりと後ろを振り向けば、彼女はキッチンで一生懸命料理を作っていた。物音には気付いていないみたいだ。トン、トトンと危なげな包丁の音が聞こえてくる。今しかない。

 彼女の家の押入れを勝手に開けるなんて、プライバシーの侵害と怒られそうな気もするが、今の俺はそんなこと気にしない。ここを開けたら、今までの俺たちではいられないかもしれないけど、それでも、俺は本当のことが知りたいんだ。


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