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類は友を呼ぶか

 ひやりとした滑らかな鱗が私の腕を撫でる。無重力を感じさせるその動きで、ダイスケの頭が私の首もとに近づいた。

 現在、私はダイスケと戯れ中である。前回は彼氏が来たから、この休日はダイスケとヒバリくんの為に使おうと思う。碧色の鱗をそっと撫でれば、首元を一周したダイスケがちろりと舌を出す。か、可愛すぎる。

 押入れに寄りかかり、私は自分の部屋を見回してみた。十一畳の一間は南向きで、小さなベランダが付いている。先週彼氏が来た時に押入れに押し込んでいたものは、全て出されて、それなりに生活観を出していた。うん、これでこそ私の部屋である。

 私は窓の側に置いておいた冷凍マウスをピンセットで摘み上げると、ケースの中に入れる。もちろん、充分解凍済みだ。そして、私の腕に巻きついていたダイスケをそっと離して、ケースに入れてあげる。あとは、じっとダイスケがマウスを食べるのを見守るだけだ。しかし、ヘビ好きでもこの給餌がネックだと私も思う。初めの頃は私も結構抵抗があったのだ。なにしろ、ヘビの餌は総じて生き物としての形が残っているものばかりだ。小さな虫でキャーキャー大騒ぎなら、絶対無理だと思う。もう慣れたし、なんとも思わないけどね。おかげで高校の時は、解剖の授業でも騒ぐ同級生たちの中、一人さっさと始めてしまったこともあったけど。実験は丁度四限目で、その後のお昼は皆食べる気がしない、とお弁当に手をつける子は少なかった。もちろん私の食欲は減退なぞしなかった。友達からは、鋼の精神と言われたけど、単に慣れである。

 すると、ミニテーブルの上に置いてあった携帯がチカチカと光りだした。私は家ではいつもサイレントモードに設定している。大丈夫だとは思うが、あまり二匹には刺激を与えたくないので、念のためだ。手にとって見ると、友人からの電話だった。

「もしもし? どうし――」

「聞いてよー!! 加藤神社行ってきたのさ!! いやー、もう満足満足」

 耳に当てるまでもなく、興奮した声が携帯を通して聞こえてくる。うん、これもいつもの事だ。高校時代からの付き合いであるこの友人は、時折こうして電話をかけてくる。大抵、それは連休が取れた後の話で、どこどこでこれこれを見てきたという報告だ。

「加藤神社? どこよ、それ」

「熊本、熊本。はぁー、また行きたいなぁ」

 熊本まで行ってきたのか。普段はあまり外出しないのに、本当、趣味が関わるとバイタリティ溢れるのだから凄い。まあ、私も人のことは言えないのだけれど。

「誰が縁なの? えっと、真田なんちゃら?」

「違う!! 加藤清正! 真田幸村は過去の男だ」

 誰だそれは。というか、過去の男って言い方はどうかと思う。その真田くんが可哀想ではないか。

 私の友人は所謂「歴女」というやつである。私はあまり日本史には興味なかったから、武将の名前とかすっかり忘れてしまったが、彼女は何十人という人物をこと細かく記憶している。ちなみに、私がもっぱら力を入れて勉強したのは生物だ。二年からは理数系クラスへ進んだから、私の日本史の知識は中学時代で終わっている。

「あんたでも、豊臣秀吉は知ってるでしょ? その子飼いの一人が、清正なの」

 馬鹿にするな。秀吉くらいは知っているわ。まあ、その子飼いとやらまでは、流石に知らないけれども。そして、友人は電話の向こうでマシンガンのように清正の薀蓄を語っている。私はそれを話半分で聞きながら、視線はダイスケに向けていた。ダイスケは与えたマウスに鼻を寄せて、臭いを嗅いでいる。よしよし、そのままパクリと喰らいつけ。しかし、ダイスケはぷいと横を向く。あれ、食べないのか。まあいい。蛇の給餌は待つことが大事だ。忍耐の女でなくてはならない。この友人の電話に付き合ってあげるように。

「ねぇ、聞いてる? それでね、向こうであった子は小西行長が好きって言うのよ。だから、あたしもさぁ――」

 聞いてるよ、と返せばまた話し出す。本当は、半分も頭に入っていないのだけれど、それでいいのだ。“聞いて”いれば友人は満足するのだ。別に彼女は、私の感想や意見を求めているわけではない。ただ、相槌を打って、友人の興奮した感情を受け止めてあげる。全部を頭に入れようとすると、こっちがパンクしちゃうし、向こうも一方的に話している自覚はあるからね。

「ああースッキリ。ごめんね、詰まらない話だったでしょ?」

「ううん。私もダイスケたちのことになると止まらないからね。これくらい、お安い御用ってやつさ」

 そして、漸く会話らしい会話が始まって笑い返せば、それもそうね、と向こうも笑う。彼女は私が蛇好きであることを知っている、数少ない知人の一人である。つまり、家族以外で、ペットについて話せるのは彼女くらいなのだ。だから、こんなやり取りは本当にお互い様。

「今家にいんの? ダイスケくん元気?」

「元気だよー。今丁度マウスあげたとこ。あ、ちょっと待って。食べた」

 じっと見ている先でダイスケがマウスを一呑みにした。ゆっくりと、マウスがダイスケの体を降下していくのが見て取れる。これで後一週間は持つはずだ。私は満足して、「おいしかったー?」とケース越しに聞けば、電話の向こう側から溜息が聞こえた。そういえば、繋がっていたの忘れていた。

「食べたってネズミ? うわー、ハム飼ってる人間に言う台詞か。ってか、相変わらずだね。彼氏ほっぽってダイスケくん?」

「ほっぽってないし。この間だって、同棲しようって言われたばっかだから!」

 むっとして言い返せば、瞬間しまった、と思った。余計なことを言ったと思っても後の祭りで、友人が電話の向こうでどんな顔をしているか、簡単に想像できる。きっと猫のように目を細めて、にたりと笑っているに違いない。

「あらー、初耳ですことよ。黙ってるなんて感じ悪いわねぇ。……全部吐きなさい」

 先ほどまでの小鳥のような声はどこへやら。どすの利いた声が電話越しにもたらされる。口が滑った自分が悪いと諦めて、私は事の詳細を友人に話したのである。


「なるほどねぇ。ちゃあんとあんたの事考えてんじゃない。今時いないわよ? 同棲するのに家族に挨拶したい、なんて言う男」

 洗いざらい全て吐かされて、げっそりしている私に友人はそう言った。彼に対する感心が充分に感じられる言葉に、私も頷く。贔屓目抜きにいい男なのだ、本当に。

「いいじゃない。彼ならご両親も反対しないだろうし、そのまま同棲してゴールインしちゃいなよ」

「でも……」

 私だってそうしたい。しかし、渋る答えにこの友人はまた感づいたようだ。

「あんた、まさか……。まだペットのこと話してないわね!!」

 ああ、やっぱり。七年以上付き合いのあるこの友人は騙せなかった。前々から早く話せと言われ続けていただけに、耳が痛い。「馬鹿馬鹿馬鹿」と友人が憤慨している。愛の鞭だと思って、私はそれを甘んじて受け止めた。

「なんで、もう! いい加減話しちゃいなさいよ。ああそう、くらいにしか思ってないわよ」

「んなわけ無いじゃん! 高二の時、なんで別れたか知ってるでしょ!!」

 私がそう叫ぶと、友人は「あ」と口を噤んだ。

 私は今の彼の前に一人だけ男と付き合ったことがある。それが、高校二年の時だ。まだまだ私は子どもで、相手もそうだった。手をつないだりデートをしたり。仲も良かった。彼が家に来たい、と言うまでは。

 もちろん、その意味するところをなんとなく気付いていた私は、家族が皆出かけている日に彼を招いた。初めはお互い緊張しつつも照れくさく、それでもわくわくとした高揚感で一杯だった。そのまま私の部屋へ直行するはずだったがしかし、彼はたまたま開いていたドアの隙間から居間を覗き見てしまった。「わあ!!」と大声をあげた彼はそのまま硬直し、驚きに染まった表情で私を見る。

「ああ、ペットだよ。見る?」

 みんな大人しくケースに入っているから大丈夫だろう、とドアを開けて居間に入る。実は、その時家の蛇の数は最盛期で、自分の家が傍から見れば蛇御殿だということを私はすっかり忘れていた。しかも、偶然とは重なるものだ。茶色の三人掛けのソファーの上に赤い体に黒の輪っか模様。一匹のブラジルレインボーボアがいたのだ。この子のケースを見れば、蓋が外れていた。大方弟だろう。危ない所だったと持ち上げれば、後ろでひゅっと息を飲む音がした。どうしたのかと後ろを見れば、居間の入り口で彼がぱくぱくと口を開いたり閉じたりしていた。確かにこの子は一メートル越えでちょっと大きいが、大人しくて飼いやすい種類だ。怖がることも無いと、「触ってみる?」と聞いたら、勢い良く首を横に振られた。そしてそのまま、「俺、用事思い出した。帰る」と飛び出すように家を出て行ってしまったのである。私は抱き上げたボアを撫でながら残念な気持ちで一杯だった。ツルツルとしたこの子の鱗は、光を反射して玉虫色に光る。その名の通り、美しい蛇なのに。

 結局、次の日に私は別れを告げられたのである。


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