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女の部屋の押入れは、許可無く開けてはいけません

 彼から同棲を持ちかけられて一週間。私は嬉しさで舞い上がったり、かと思えば反対に沈みきったりと忙しい日々を過ごしていた。もちろん仕事に支障をきたすようなことはしないが、それでも同期の友達や、女性の先輩にはバレバレだったと思う。同期の友達からは、「どうする? パーっと飲んで忘れる?」と言われたけれど、それはどういうことだ。別れ話ではないから。しかも、先輩にはこっそりと「寿退社はもうちょっとだけ待てない?」と言われた。残念ですが、それも違います。

 嬉しいのは嬉しい。先のことも考えて、と言うのだから彼はいろいろ考えてくれているのだと思う。今まで全然そんな素振りが無かったから、吃驚してしまった。真剣に思ってくれるのが嬉しくて、本当に感動したのだ。でも、その反面憂鬱になる。私は押入れをそっと開けて溜息をついた。

 この子達を疎ましく思うのなんて、人生で初めてじゃないだろうか。だからといって実家に預けるのも嫌だ。愛情が無くなったわけでは無いから。押入れに入れられた所為か、どことなく私を見る目が冷たい気がする。

「ごめんね。今日もちょっとだけここで我慢してね」

 ダイスケは週に一回マウスをあげればいいので大丈夫だとしても、ヒバカリのヒバリくんは一日おきに餌をあげなくてはならない。さっきたっぷりあげたからお腹が空くことはないかもしれないけれど、やっぱり心配だ。黒いまん丸の二対の目が私をじぃと見る。そ、そんな目で見ないでくれ。閉めにくいではないか。

 ピンポーン、とチャイムが鳴らされて、私は「ごめんね」と2匹に呟き押入れを閉める。玄関を開けると今日も爽やかな彼が立っていた。

「いらっしゃい。どうぞー」

「ん、お邪魔します」

 私にとっては、今の彼がほとんど初めての彼氏と言っても良い。なので、世間一般の彼氏彼女が、普段どんな風に二人の時間を過ごすのかは知らないが、私たちの場合はひどくまったりとしたものだ。雑誌や本を読んだり、借りてきたDVDを一緒に見たり、それから恋人らしいことをちょっとだけする。そんな感じだ。

「あれ? そんな雑誌読んでたっけ?」

「……仕事で必要」

 彼は持参した車関連の雑誌をパラパラと捲っている。彼専用のマグカップにミルクだけ入れたコーヒーをミニテーブルに置くと、私は自分のコーヒーを口にした。うん、甘い。私も雑誌でも読もうかな。ぶっちゃけ、彼がいる時じゃないと女性誌なんて読まないし。何か面白い特集ないかな、と捲っていると彼が口を開いた。

「いつも思ってたけどさ、この部屋あんまり物無いよね」

「え?」

 たぶん、彼は何でもないことを話したんだろうけれど、私はその言葉に大いに焦った。普段1Kのアパートには、ダイスケとヒバリくんのケースや蛇グッズが置かれている。それを全部押し入れに入れたから、妙に部屋がすっきりしてしまったのだ。残ったのはタンスやカラーボックス、テレビ、ミニテーブル、ソファーベッドぐらいの必要最低限で、女の子の部屋としては物が無さ過ぎる。友達の部屋も、もっと細々としたものや美容グッズ、可愛い小物で埋め尽くされていた。

「そ、そうかな? 私あんまりごちゃごちゃしてるの好きじゃないしさ」

「知ってる」

 ですよね。ちょっと冷や汗をかいた気分だ。

「俺の同僚がさ、最近できた彼女の部屋が全部ピンクで、しかもヒラヒラしてて入りづらいって言うんだ。俺は居心地悪いとか感じたこと無いから、よく分かんなかったけど」

 へえ。まぁ、たまに同性から見てもすごい部屋の子はいるからね。可愛いものに囲まれたいって気持ちは分かるけど、男の人にはきついだろうな。

「私の部屋は?」

「……俺の話聞いてた?」

 聞いてたけど、直接聞きたいではないか。私が期待した目で見つめると、彼は、ちゅっと私のおでこに口付けて「すごく落ち着く」と言った。これは予想外。照れくさくなって俯くと、彼はくすくすと笑った。その様子を見て、一抹の不安がよぎる。嬉しいけれど、やっぱり怖くなってしまうのだ。この部屋に蛇ちゃんがプラスされても、同じことを言ってくれますか。

「……この間の話。ちゃんと考えてくれた?」

 考えましたとも。だから、私はとても困っている。一緒に暮らしたい気持ちは山々だが、その前に彼には私の同居人を紹介しなくてはならない。彼らを受け入れてもらえるか分からないから、私は何年も二の足を踏んでいるのだ。

「この間ははっきり言わなかったけど、これは結婚前提だから。お互いの生活パターンとか、歩み寄らないといけない部分とか、先に知っておいた方がいいと思うんだ」

「け、結婚」

 やっぱり考えてくれてるんだ。いつの間にか閉じ込められた腕の中で、ぎゅ、と彼のシャツを掴む。駄目だ、恥ずかしくて顔が見れない。すると、背中に重みがぐっと加わって、不機嫌な声が耳元で囁かれる。

「……俺以外でその予定でもあるの?」

「え? ない! ないない!!」

 慌てて後ろを振り向くと、険難な目をした彼が私をじとりと睨んでいる。珍しい。意外と淡白な面を持っている彼は、あまり負の感情を表に出さない。だから、間近で見る彼の仏頂面は中々に迫力があった。

「会社に格好良い人でもいた?」

「いいい、いません! あなただけですとも、私には!」

 私みたいな洒落っ気の無い女、相手にするのは本当にあなたぐらいです。ぶんぶんと手も首も横に振ると、彼はくすり、と笑ってまた口付けてくれる。今度は私の唇に。

「良かった」

 ふわ、と笑う彼には、もう先ほどの不機嫌さはすっかり消え失せていた。もしかして、私の反応を見るための演技だったのだろうか。まさかね。

「じゃあ、何で渋るの?」

「ええっとー……」

「ちょっと前に、アパートの契約もうすぐ切れるって言ってたよね。いい機会だと思ったんだけど……」

 確かに二年の契約がもうすぐ切れるって言ったけど、それ以前に重大な問題があるわけでして。ぐいぐいと背中の重みが増してくる。滅多に甘えない彼が、何故か今日は甘えただ。仕事に必要な雑誌見てたんじゃないのか。

「ちょっ、重い……」

「昔から中々部屋に入れてくれないし。家来るときは先に連絡してって、俺が来る前に何してるの?」

 またご機嫌が斜めになりだした彼が、重さと共に不満を私に乗せてくる。当然だけどやっぱり不審に思ってたんだ。何をしてるかって、決まってる。私はちら、と押入れを見た。それに釣られて彼も押し入れの方を見る。「そういえば、そこ開いてるとこ見たことないな」と、彼が立ち上がる。どうしよう、今、言ってしまおうか。押入れにペットの蛇を隠してますって。そうだ、丁度いい機会じゃないか。言ってしまおう。

「……そ、掃除。掃除をしてました……」

(私の馬鹿!!)

 押入れに手をかけた彼が、ぽかんとした表情で私を見る。私だって意味不明だ。どうして、こんなことが口から出たんだ。いや、あながち間違いではないのだけれども。

「す、すっごく汚いの。それはもう! ビックリするくらい!」

「……別に気にしないけど。こうして片付けられてるんだし。もしかして、ここに全部突っ込んでんの?」

 す、鋭い。彼の興味が再び押入れに移る。って、だからそこは開けちゃ駄目だってば。私はその前に立ち塞がった。

「駄目だって、本当! お、女の子には見られたくないものが、その、一つや二つ、三つ、とにかくあるわけでして……。雪崩れてくるから、勘弁してください……」

 彼はしばらく私と押入れを見比べて溜息をついた。「そうだな。ごめん」と言ってソファに座る。再び雑誌を読み始めた彼の隣に座って、「ごめんね」と呟いた。彼は、申し訳なさでいっぱいの私の頭を優しく撫でてくれた。


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