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誰にだって秘密はある

 人には誰しも一つや二つ、三つくらいは誰にも言えない秘密を持っているはずだ。現に私にだってある。その秘密は来客があった時、押入れの中に隠される。恋人ですら知らない、いや、恋人だからこそ絶対に明かせない秘密なのだ。



「ん~、今日も可愛いね~、ヒバリくーん。ダイスケもイケメンだぞっ」

 私の声に応えるかのようにするり、とヒバリくんが腕を撫でる。ダイスケは部屋の隅でじっと動かない。時々こちらを見ては興味なさ気にふい、と横を向く。でも、そんな姿も格好いい。ひんやりとしたヒバリくんの体を堪能した私は、名残惜しげに朝の挨拶を終えると、鞄を持って外へ出掛けた。

 親元を離れ、1Kのアパートで暮らしている私は一人暮らしではない。大事な同居人がいるのだ。それが、小柄でくりっとした目が可愛いらしいヒバリくんと、細長い体が魅力的なダイスケ。勘の良い方はもうお気づきかと思うが、ヒバリくんとダイスケは人間ではない。ヒバリくんはヒバカリ、ダイスケはアオダイショウ。虫綱有鱗目ヘビ亜目に分類される、所謂ヘビである。

 そして、この同居人の存在が、大学時代から付き合って4年になろうかという彼氏に、一度も話したことの無い私の秘密なのである。


 最近では増えてきたとはいえ、まだまだ一般的にはペットとして受け入れ難い爬虫類。私の周りにもヘビは怖いし苦手、と言う人が男女問わず結構いる。こんなに可愛いのに、と思うのは私だけなのだろうか。

 私とヘビの出会いは私が小学生の時、かれこれもう15年近くになる。あの頃は、まだ実家の近所にも、辛うじて小さな田んぼが残されていた。私は良く友達と学校帰りに田んぼに入っては、ザリガニやオタマジャクシをとって遊んだものである。そして、私をヘビ好きへと変えた張本人、一匹のヒバカリと出会ったのである。

 その時のヒバカリがどれだけ可愛かったかは、長くなるので割愛するが、とにかくその日からヘビの魅力に取り付かれた私は、図書室で爬虫類図鑑を借りまくり、ヘビのグッズを集め始めた。そんな私を母親は心配し、弟は変人だと詰った。そして、中学にあがる頃には、親に強請りに強請って念願のヘビを家族に迎え入れたのだ。母親は最後までハムスターやウサギでは駄目なのか、と何度も私に説得を試みたが、絶対にヘビがいい、と譲らなかった。結局、父親が「きちんと世話をするならいいじゃないか」と爬虫類専門店に連れて行ってくれた。ヘビは爬虫類の中でも特に飼育が難しいので、その中でも比較的飼いやすいアオダイショウを飼った。その子がダイスケである。臭いがある、とペットとしての人気は少ないらしいが、成蛇の美しい碧の鱗に惚れ込んで私はこの子にした。初めは、見た目は怖いわ、ネズミを丸呑みするわで戦々恐々としていた家族も、いつの間にか大人しいダイスケの虜になっていた。ダイスケを見て大泣きしていた弟も、自分のヘビが欲しいとコーンスネークを飼い始め、私が高校生にあがった頃には、我が家は自他共に認める蛇御殿となっていたのである。


 そんな私の生活はこのヒバリくんとダイスケが中心だ。私の給料は生活費を除くと、ほとんどがこの2匹のために使われている。そして、仕事が休みの日には思う存分愛ヘビを愛でたり、爬虫類館へ行ったりしている。もちろん、誰に言われなくても分かっている。自分でも女としてこれはどうかと思う。

 そして、今日出掛けたのもヒバリくんの大好物、オタマジャクシを取りに行く為だったりする。

 電車で4~5駅離れたところの農家にお邪魔して、水田にいるオタマジャクシをとらせてもらう。もちろん、ここの農家は無農薬栽培である。長靴を履いて、網で大量のオタマジャクシをクーラーボックスに入れていくOLなど、私くらいのものだろう。それもこれも、体に似合わず大食いのヒバリくんの為である。大漁、大漁とほくそ笑み、クーラーボックスで蠢くオタマジャクシに満足していると、ツナギのポケットで携帯のバイブがぶるぶると震えた。軍手を外して携帯を見ると、見慣れた名前が表示されている。彼氏だ。

「もしもし? どうしたの? え? 今? 今は……、実家、実家に帰ってる。そんなに遠くないし。家? うん、うん。ああーまた今度ね。大丈夫、気にしなくていいよ。じゃーね、はーい」

 通話ボタンを押し、はぁ、と溜息を零す。実家に来たいだなんて冗談じゃない。うちは正真正銘、本物の蛇御殿なのだ。いや、もちろん私にとってはパラダイスだが、彼にとっては違うに決まっている。とても家になんて呼べやしない。彼とは付き合ってもう4年目になるが、まだヘビのことは話したことがない。青々とした短い稲とは対照的に、嘘をついた罪悪感で私の心は鬱々と暗くなっていった。

 付き合っているのだから、当然互いの家を行き来することだってある。しかし、我が家にはヒバリくんとダイスケがいる。彼が部屋に来るときは前日から大慌てである。湿気や温度、光に注意しながら、2匹のケースを泣く泣く押し入れの中へ入れる。それから、私のバイブルである『爬虫類大図鑑』や、『蛇の飼い方』などの大量の本やグッズも押入れに突っ込む。そして、忘れてはいけないのが冷凍庫だ。そこには、ダイスケ用の冷凍マウスがぎっしり入っている。もちろん、人の食べ物と分けて入れてはいるが、絶対にばれない様に中身の見えない袋で包んで、奥へ奥へと押しやる。これで後は彼を迎えるだけである。

 しかし、ヘビという生き物はとってもデリケートだ。長く目の届かない所に押し込めておくのは、とても気が引ける。正直、早く帰ってほしいと思うこともしばしばである。いや、別に彼のことが嫌いというわけじゃない。こんな私と付き合ってくれる、真面目で優しい彼のことはもちろん大好きだ。別れたくない。だが、ヒバリくんとダイスケも大大大好きなのだ。

 私だってずっと秘密にできないのは分かっている。でも、ヘビが苦手という人が多いのも事実なのだ。実家ではペットの蛇が増えたことで、近所の人たちから心無いことを沢山言われた。「逃げたらどうするのだ」とか、「小さな子どもがいるのに、咬まれたら責任を取れるのか」とか。中には強い偏見を持っていて、ヘビを飼っているやつの正気を疑う、なんて酷いことを言う人もいた。もちろん、飼い主としてどんな責任も負うつもりだし、そんなことには絶対にさせない。それに家にいるのは大人しい気性の子たちばかりで、毒のある子は一匹もいない。私たち家族は何度もそう訴えて、近所の人たちにも渋々納得してもらった。

 そんな経緯があるものだから、もし彼にダイスケたちのことを話したら、別れようと言い出されてもおかしくない、と私は思っている。そうなった時のことが怖くて、私はずっとペットのことを彼氏に言えないままなのである。


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