第8話 教会
「――教会の噂が聞きたいですね。それも本音の声が」
ローザの意見で俺たちは近くにあった屋台の親父に声をかける。
「三本ほどくれ。ところで景気はどうだ?」
「まいど。最近はさっぱりだな。教会への献金取り立てが厳しくて儲けても殆ど持って行かれる。そろそろこの街での商売は諦めたほうが良いかもしれん」
「献金の取り立てですか? 教会が献金を強要しているのですか?」
「ああ、あの建物を見れば分かるだろ? 神託と言っては金を集めやがる。あれのどこが神の使いだよ! おっと、今言ったことは聞かなかったことにしてくれ。ばれたら商売が出来なくなっちまう」
「ああ、心配するな。それに、そういったことはこれから改善されていくはずだ。だよな?」
俺はそう言いながらゼオンとローザを見ると二人は黙ったままうなずいたのだった。
「グレーどころか真っ黒のようですね。早々に監査と改革を計画しなければなりません」
ローザは固い意思を見せると教会へと足を向ける。
「早々に挨拶が必要なようですね」
まだ、街の全域を見て回れていないが今の話を聞いた彼女は行動に移し、教会への階段を静かに上り始める。
「止まれ。見ない顔だが教会に何用だ?」
教会の大きな扉の前には二人の衛兵が出入りする者の見張りをしており、初めて見る俺たちを警戒してか停止を求める。
「私は国王様より新たにこの教会の管理を任されたローザと申します。この教会の現責任者に面会を求めます」
ローザはそう告げて王国から預かった書状を衛兵に提示する。それを見た衛兵の一人が慌ててローザに頭を下げてから教会内へと走っていく。数分後にはバタバタと走り先ほどの衛兵と共に聖職者の着るローブをまとった壮年の男性が姿を見せる。
「これは聖女ローザ様、よくお越しくださいました。わたくしはこの教会を管理しております神官のモーリスと申します」
「いきなり来て申し訳ありませんでしたね。せっかくなので後ろの二人も紹介しておきますね」
ローザはそう言って俺とゼオンを紹介する。
「こちらの方は賢者の称号を持つグラン様。そしてもう一人の方は新たにノーズ地方の領主となられたゼオン侯爵閣下です」
「こ、侯爵閣下でありますか!? 知らぬ事とはいえ、挨拶が遅れて失礼しました」
神官モーリスは慌てて頭を下げてゼオンに挨拶をする。まあ、賢者の称号を持っているとはいえ別に貴族ではない俺にまで低姿勢である必要はないが、あからさまに権力には弱い姿を見せられて俺は小さくため息をついたのだった。
「――大変申し訳ないのですが、聖女ローザ様を受け入れる体制がまだ整っていないのです」
応接室へ通された俺たちが聞かされた言葉は呆れたものだった。
「王宮からは伝書鳥を使った先触れ書簡が届いているはずですが、確認されていますよね?」
「は、はあ。確かに数日前にそのようなものが届いてはおりましたが、まだ先の事だと思っておりましたので……」
神官モーリスはしきりに冷や汗を拭きながらローザの言葉に受け答えをする。はっきり言ってこれだけの教会を統べる器とは到底思えない狼狽ぶりだ。
「では、いつからなら大丈夫なのでしょうか?」
「いえ、それは……。今の時点では何とも……」
相変わらず要点を得ないモーリスの態度に思わず俺が口を挟む。
「ローザが赴任してきたら何か不都合な事でもあるのか?」
「い、いえ、決してそんな事はございません」
「そうか。ならば二、三日もあれば準備は出来るだろう? 彼女はこれからこの教会の管理全般を担う者として国王様から任命されたんだ。それを速やかに履行出来ないとなると領主として王宮へ報告する必要があるぞ」
煮え切らない答えにゼオンが一歩前に踏み出してモーリスに詰め寄りながら問い詰める。
「そ、それは……。わ、わかりました。三日以内に準備を完了するように致します」
「では、それまでの間は領主様の邸宅にて待機することにしますので準備が出来次第、連絡を寄越してください。ゼオン閣下、申し訳ありませんが数日間の滞在を宜しくお願いします」
「わかった、それは構わない。グランにも話があるから来てくれるか?」
「そうだな。この件は俺も気になるからな。しばらく世話になるよ」
俺の返事に満足したゼオンはモーリスに「三日後、俺もローザと共に確認に来るからしっかりと準備を済ませておくように」と警告をしてから踵を返したのだった。
「――なかなか様になっていたぞ」
教会から離れて街を歩き出すと俺は先ほどのゼオンの態度を見て率直な感想を言う。
「よしてくれ。成り行きで叙爵はされたが、俺に領地を治める能力は無い。結局は部下に任せるしかない。だからせめて堂々とした態度だけは心がけようとしているだけだ」
教会を出てから徒歩で領主邸へと向かう三人。本来ならばもう少し街の宿に宿泊して散策を行う予定だったが、ローザが教会を訪れて神官を糾弾したからにはゼオンも領主としての体制を整えておく必要がある。
護衛もつけずに市街を歩くには少々目立つ格好だったが、特に気にすることもなく辺りの商店などに目を向ける。このあたりの地区は予想以上に閑散としており、王都と比べると活気が無い印象を受けた。
「北は魔族王の領地から流れ込んできた魔物の被害が多く見られた町や村が多いと聞く。それはこの領都の活気をみれば一目瞭然だ。教会の不正があれば正し、領内の財政にも問題ありとなれば正していく必要があるだろう。俺は勇者としてこの領地に住む民が安心して暮らせるようにしたいと思う」
歩きながらゼオンがこれからの目標を話す。魔族王を討伐してひとときの安全を手にいれた人族だが、まだ完全にその脅威から解放されたわけではないと俺は思っている。政治的なものはともかく領内の民を思う気持ちは勇者たる精神を持っているゼオンなら果たせるだろう。
「――あれが領主邸か。なるほど立派な屋敷だ」
教会から歩くこと十分ほどで俺たちは街の中心地である大きな広場の前にある領主邸へとたどり着いた。邸内に広がる広い庭をぐるりと囲む白い壁と庭に生える木々の色が美しいコントラストとなり優雅さを引き立たせている。
「資料によると今は代官が常駐しているらしい」
ゼオンが王宮から預かった資料を見てそう話す。
「俺たちが住むとなると、その代官はどうするんだ?」
「それについては敷地内に代官用の別邸があるそうだからそっちに移ってもらうことになるようだな」
「そうか。いきなり来て追い出してしまうのは少しだけ罪悪感があったが、ちゃんと代官用の別邸があるなら問題はないな。いや、それよりもいくら領主が不在とはいえ代官の立場で領主邸に住んでいるのは越権行為ではないのか?」
俺の指摘にゼオンが「言われてみればそうかもしれないな」と返す。これは一度きちんと問い質した方が良いかもしれない。
「まあ、とりあえず相手の言い分も聞いてみるとしようか」
ゼオンはそう言うと領主邸の門へと歩き出したのだった。




