第38話 突然舞い込んだ縁談
「――ようやく地獄の特訓が終わりました」
聖女ローザの特訓は容赦なく行われてセシリアの精神はごりごりと音を立てて削られていったようだ。だが、そのかいもあってまだ効果は低いが安定して聖属性魔法を使えるようになったセシリアは男爵家のプチ聖女として知られることとなった。
「確かにローザ様の教えは間違ってはいませんでしたが、もう少し時間的余裕があればとは思いましたね」
テーブルを挟み俺と向かい合わせで紅茶のカップに口を運ぶセシリアは、小さなため息と共に今回の感想を漏らす。
「まあ、よくやったと思うぞ。聖女本人から講義を受けたとしても普通は数年単位で修得するものだからな」
「やっぱりそうなのですね!? おかしいと思っていましたよ」
「セシリア嬢に適性があるのは分かっていたし、聖女であるローザをずっとつけておくのも無理があったからな」
「むう。それでも……」
頬を膨らませながらセシリアが話を続けようとした時、騒がしい声が聞こえてきた。
「セシリア様。ドンスタン男爵様から至急の連絡が入っております」
「お父様から? どうしたのでしょうか?」
「詳しくは分かりませんが、一度屋敷に戻って来て欲しいとあります」
「何か問題でも起きたのでしょうか?」
不安そうな表情でセシリアが俺に問いかける。だが、今の話だけでは到底答えが出るものではない。
「一度戻って話を聞いてくるといい。別に他の領地に嫁に行くわけではないのだから問題が解決したら戻って続きをすればいいことだ」
「グラン先生は同行していただけないのですか?」
「俺はこの村で魔獣の出没状況や魔道具の管理があるからな。村からドンスタンの街まで一日あれば十分に辿り着ける距離だ。そう難しく考える必要はないだろう」
「わかりました。では一度屋敷に帰って参ります。ですが、すぐにこちらに戻りますので……」
俺は念のためにとハビルを呼び出し、セシリアに同行するように指示を出してから彼女を送り出したのだった。
◇◇◇
――ダンダンダン
セシリアを送り出して三日後の朝、俺の泊まっていた宿のドアが激しく叩かれた。
「先生! グラン先生!」
ドアの向こう側からはセシリアの声。かなり焦っているようで周りに聞こえるほど声が大きくなるが、呼ぶ声が収まらない。
「聞こえているよ。鍵は開いているから入っておいで」
俺は魔法でドアの鍵を開けてセシリアを部屋に招き入れる。どうせ起きる時間だし、特に問題はないだろう。
ダン!
俺の入室許可が出た瞬間、部屋のドアが勢いよく開け放たれ人影が飛び込んでくる。それがセシリアだと認識した時には彼女は俺の胸に飛び込んで来ていた。
「おいおい。どうした? 男爵の話はなんだったんだ?」
歳の離れ過ぎた弟子が何かを抱えて戻って来たことはすぐに理解した。だが、この状況をどうにかしなければゆっくり話も出来もしない。俺はセシリアの肩に手をやり、ゆっくりと彼女の肩を押す。だんだんと身体が離れていくにつれ彼女の顔が視界に映る。その瞳には涙が滲んでいた。
「――先生! わたくしと今すぐに結婚してください!」
「はあ!? いきなり何を言い出すんだ!?」
セシリアのいきなりの言動に俺は大きく動揺する。俺としてセシリアは歳の離れた弟子であって恋愛対象としてみたことは一度もない。そもそもハーフエルフである俺とは生きる時間軸が違うのだ。
「詳しく話してみろ。いったい実家で何があった?」
セシリアの一方的な言動の根本は実家での話にあることは間違いない。まずは弟子の話をきちんと聞いてやる。それが師としての責務だろう。
「はい……」
俺は魔法鞄からカップと紅茶の入ったポットを取り出して椅子に座ったセシリアの前にカップを置くとゆっくりと注いでやる。このゆっくりした動作が彼女を落ち着かせる時間を作るものだ。
「先日、父からの連絡で急ぎ屋敷に戻ったのですが、その際に言われたのが『婿を取る』とのことだったのです」
「《《嫁に行け》》ではなく《《婿を取る》》と言われたのか。まあ、セシリア嬢は一人娘だからな。嫁に出したら誰かを養子にでもしなければ家の存続がままならないから妥当な判断じゃないのか? それで、相手は何処の誰だったんだ?」
「西地区にあるルドリアス子爵の三男です。家に嫡男が居ないのを知って、継承権のない三男を送り込んで家を乗っ取るつもりでしょうか?」
「乗っ取りを考えているかは分からないが、北地区にも自分の勢力を拡大したいとの思いはあるのかもしれないな。それで? 男爵は何と言っているんだ?」
俺の淹れた紅茶を一口飲んだセシリアは視線をカップに落としたままで話を続けた。
「父も悩んでいたようですが、財政が芳しくない男爵家に入りたがる者は非常に少ないと言われ、子爵家から持参金として当面の運営費を助成すると打診されたようです」
「なるほど。だが、貴族には政略結婚はつきものだ。継承権のない子ならば本人の意向もある程度は聞き入れることもあるが、残念ながらセシリア嬢は女性でも男爵家の跡取り扱いとなる。当主のドンスタン男爵が縁談を受け入れれば拒否することは難しいだろう」
俺の言葉に肩を震わせながら俯くセシリアを見て、俺は小さく溜め息をついて口を開いた。
「それで、セシリア嬢はどうしたいんだ?」
「確かに結婚を受け入れれば目の前に直面している財政難はどうにかなるかもしれません。ですが、グラン先生が来られてから今までにやった事の成果を奪われるような気がするのです。それが一番耐え難い事だと思います」
俺は自分がスローライフを送るために出来ることをしていたに過ぎないのだが、セシリアにはどうやら違っていたらしい。確かに考えてみれば貴族の子女とはいえ、女性でありながら領地のことを真剣に捉えて俺のむちゃ振りに応えてきたのだ。多少のわがままを言う権利くらいあっても良いだろう。
「確認だ。男爵の判断は別として、セシリア嬢はこの話を断りたいんだな?」
「はい。いつか受け入れる必要があるのは分かっていますが、それは今ではないと思っています」
「わかった。可愛い弟子の頼みだ。俺が男爵と話してみよう」
セシリアにそう告げた俺は素早く着替えを済ませると男爵に会うため馬車の手配をしたのだった。




