第36話 ローザのスパルタ教育
俺――グランとゼオンが洞窟で火蜥蜴と対峙していた頃、屋敷に残ったセシリアは聖女であるローザから聖属性魔法の講習を受けていた。
「――グラン様から大まかな内容は承っていますが、念のためセシリアさんの口から現状を聞いておきたいのですが宜しいでしょうか?」
聖女ローザは私――セシリアに優しい笑みを浮かべながら問いかける。憧れの人を前に私は緊張を隠せずにしどろもどろになりながら聖女ローザからの質問に答えていく。
「は、はい。聖属性魔法に関してはグラン先生から治癒回復魔法を植物に付与して練習する方法を教えていただきました。その後はローザ様にご教授いただくようにと言われています」
「なるほど、良くわかりました。グラン様はセシリアさんに聖属性魔法の基礎を教えてくださったのですね」
目の錯覚だろうか、私の答えに優しく微笑んでいた聖女ローザの表情が一瞬だけ冷たい氷の表情となったように見えた。
「ロ、ローザ様? 私、なにか気に障る言動でもしてしまいましたでしょうか?」
「いえいえ、そんな事はありませんよ。では、早速グラン様が教えたという治癒回復魔法を見せて頂きましょうか」
「は、はい。わかりました」
一瞬だけ見せたあの冷たい表情の意味を考える間もなく声をかけられた私は準備をしてあった萎んだ切り花に魔法を付与した。グランに叩き込まれた魔法、何度も繰り返し練習した魔法なので私は一度の試行で見事に成功させる。それを聖女ローザは真剣な目でじっと見つめながら思考を巡らせているようだった。
「セシリアさんの実力は把握出来ましたので、ここからは私のやり方で教えたいと思います」
聖女ローザはそう告げると小型の生き物が入れられている箱型の檻を持ってきた。
「この生き物は『闇鼠』という小型の魔獣です。特徴としては強い光に弱く、このように光源魔法程度を近づけるだけでごりごりと生命力を奪っていきます」
聖女ローザが光源魔法を発動させて箱檻に近づけると中にいた闇鼠はジジッと悲鳴声を上げて光から逃げようと檻の中で暴れる。しかし、それも十秒ほどで動きが止まり三十秒もすると殆ど動けなくなってしまったのだ。
「このくらいでいいかしらね。あまり弱らせて死んでしまっては元も子もないですからね」
聖女ローザはそう呟くと、今度は闇鼠に治癒回復魔法をかけた。
「治癒回復」
聖女ローザが魔法を発動させるとぐったりしていた闇鼠の身体が緑の光に包まれてやがて光が消えた。次の瞬間、ぐったりしていた闇鼠は起き上がってフンフンと周りの様子を窺うような仕草を見せたのだった。
「今のローテーションは見ましたね? 全てをやるのは大変でしょうから光源魔法は私が担当しますのでセシリアさんは治癒回復魔法を担当してくださいね。ああ、今回は植物と違って失敗したら闇鼠は死んでしまいますから慎重にお願いします。では、始めますね」
聖女ローザは微笑みを見せながらエグイことをさらりと言う。とても救国の聖女が言って良い言葉ではない気もするが、そんなことを指摘する余裕は今の私にはあるはずもない。
「――光源。はい、お願いします」
心の準備も出来ていない私の目の前で聖女ローザは闇鼠の檻に光源魔法を放り込む。当然ながら中の闇鼠はダメージを受けてその場に倒れ込むのが見える。
「ヒ、ヒール」
私は迷っている余裕もなく慌てて闇鼠に治癒回復魔法をかけてやる。私の手が緑に光を帯びてやがてその光は闇鼠を包み込みやがて消えた。その直後、闇鼠は何事もなかったようにムクリと起き上がったのだった。
「よ、良かった。成功したみたいです」
「お見事です。さすが、グラン先生がその才能を見て弟子にされただけありますね。じゃあ、もう一度いきましょうか」
魔法が成功した安心感で大きく息を吐いた私を見て聖女ローザは私を褒め称えながらも再び光源魔法を使用する。
「え、ちょっと待ってくださ……い」
「ほらほら、早くしないと闇鼠が死んでしまうわよ」
「ひ、ひ、ひ、ひーる」
私を急かす聖女ローザに慌てながらも必死に魔法を発動させる。まだ、魔力の総量が多くないので連続発動はかなりの負担がかかるので正直きつい。
「まだまだ。治癒回復魔法はパーティーの生命線なんですから二、三回程度で音を上げていたら駄目ですよ」
聖女ローザの講習と呼ばれる地獄の特訓はその後も私の魔力が底を突いてその場に崩れ落ちるまで繰り返させられた。
「も、もう無理です。魔力がカラカラです」
机にぐったりと突っ伏す形でギブアップ宣言をする私を見て聖女ローザも一息つくように紅茶を口にしていた。
「今日はこのくらいで良いでしょう。明日は今日の二倍を予定していますのでしっかりと回復してきてくださいね」
優雅に紅茶を飲む彼女の声を聞きながら私はある思いが頭を駆け巡っていた。
(――この人。教え方が誰かにそっくりな気がする。魔力が枯渇するまでスパルタで試行回数を限界まで増やすやり方……。これはグラン先生のやり方だ。そういえば彼女は聖女の立場なのにグラン先生のことを『様』呼びしていた。彼女も間違いなくグラン先生に師事していたに違いない)
「これは本気で死ぬかもしれない……」
放心状態で涙する私だったが、これも領地の為だと死ぬ気で熟睡するのだった。




