第31話 包丁も鍋もいらない料理法
「実のところ、俺は戦闘魔法よりも生活魔法の方が好きなんだよ」
「あれだけ多種多彩な戦闘魔法を操っておいてですか?」
「ああ。出来る事と好きな事は違うと言っていい。確かに俺は特別な体質のせいで普通の人族が使える魔法よりも多く扱うことが出来る。だが、どんなに強力な魔法が使えてもそれこそ魔王でも出ない限り使うことなど殆どない宝の持ち腐れだ」
俺は魔法で料理を進めながら話を続ける。その間、セシリアは俺のそばで真剣に話を聞いてくれた。
「だから生活魔法が好きだというのですか?」
「そうだ。何かをする時、必ず一つの動作では完結することは少ないはずだ。魔法も万能ではないからちょっとした手助けは出来ても一連の流れを網羅することは出来ないとされていた。だから生活魔法はあまり重宝されなかったとも言える」
俺がここまで話した時、セシリアがハッとした表情で俺の顔を見ながら言う。
「それで魔法を繋ぐ魔法を開発したのですね」
「まあ、実際のところは自分が楽をするために考えただけだがな。さっきも見せたが素材を切る風魔法だけでも包丁が要らなくなる。そしてこの水魔法だ。これが出来れば鍋も要らない。まあ、魔力も無尽蔵ではないから普通の者が使いこなせるかは別問題だが……」
俺はゆで上がった肉と卵を皿に盛ってから野菜を添えた。
「本気でやれば今やった一連の流れを全部自動化することも可能だぞ。実際に料理人が作るものには及ばないが、時間短縮を考えたら非常に便利だと言えるな」
「これはその一例だという事ですよね?」
「そうだ。この領内における問題点の一つ。人手が足りないこと」
俺がこの領地に来てから思った事の一つに『若い働き手が少ない』ことがあった。初めは皆畑仕事に出ているのだと思っていたが、いざ畑に行っても多くの者が働いているようには見えなかったのだ。
「俺の見解だが、魔獣被害の多い畑作農業では食うことが難しくて若い者の多くは別の町に出稼ぎに行っているのではないのか?」
俺の言葉を聞いたジンが静かにうなずくのを見て俺はため息を吐く。
「だが、それも仕方のないことかもしれん。普通の農業者に魔獣の相手など出来る訳がないのだからな」
「ですが、魔獣肉のおかげで希望が持てたのも本当です。この話が広まってから実際に若者が村に帰って来た家もあります。少しずつですが改善の兆しがあるのを感じています」
「それはセシリアが精力的に問題解決に動いているからだ。これだけの困難だ、すぐに解決出来るものではない。一つずつ考えていくといいだろう。俺も出来るだけ協力するさ」
「ありがとうございます」
「礼は別にいい。俺も実際のところ楽しませてもらっているからな」
これは事実だ。確かに俺は一人で黙々と魔法を開発・改善していくことは好きだ。だが、今回セシリアに魔法を教えることになり、初めて魔法を使った時の感動を誰かと共有することの楽しさを知った。長く生きた俺に久しく無かった感情であり、それを面白いと思えていた。
「――さて、次は何を教えてやろうか」
俺がそう呟くように思案していると急に外が騒がしくなってきた。
「どうした? 外が騒がしいようだが……」
ジンが外を確認しようと扉に近づいた時、急にそれは開かれた。
「た、大変です! 巨大な魔角猪が暴れています。取り押さえようとした者に怪我人も出ているようです!」
「まさか、あの時に取り逃がした奴が戻って来たのか?」
あれだけ脅していたからしばらくは戻らないと思っていたが俺の見込み違いだったのだろうか?
「すぐに行く! 現場はどこだ!?」
「前回壊された柵の辺りです!」
「わかった。セシリア嬢も行くか?」
「もちろんです」
「ならば、こいつに乗って行きな。俺は身体強化魔法を使って走っていくから付いて来い!」
俺は影からハビルを呼び出すと自らの魔力を押し込む。するとハビルの身体の色が緑に変わり強い風の椅子を作り出した。
『ここに座るんだな』
ハビルがセシリアにそう告げるとセシリアは迷わず半透明に見える椅子へと飛び乗った。
『目的地まで飛んでいくぞ。落ちるなよ』
「いや、落とさないでくださいよ!」
不吉なことを言うハビルにセシリアが不満の声を上げるがそんな声を無視してハビルが空高く舞い上がる。
「きゃああああ! た、高い!?」
建物の窓から飛び出したハビルとセシリアは建物の屋根を軽く飛び越えて目的の場所へと急ぐのだった。
「――見つけた! 氷の槍」
セシリアよりも一足先に現場に辿り着いた俺は暴れている魔角猪に向けて魔法を放つ。
グオオオッ!
俺の放った魔法は暴れる魔角猪の身体を貫き地面に突き刺さって止まる。咄嗟の魔法だったので心臓一撃とはいかなかったが、奴を地面に縫い付けることには成功したようだ。
「大丈夫か?」
俺は動きの止まった魔獣には目をくれずに近くに倒れている男たちに声をかける。
「俺は大丈夫だ。だが、ヨルガの奴は俺を庇って魔獣の突進をまともに受けたんだ」
「アレの突進を受けただと!?」
俺は男が指差す方へ向かう。そこには身体を強く打ちつけたのだろう傷口から血を流しながらピクリとも動かない男の姿があった。
「酷い怪我……」
いつの間にかセシリアが俺の後ろに立ち、怪我をした男の傍に走り寄っていた。
「かなり危険な状態だな。仕方ない、セシリア嬢。治癒魔法を教えるから直ぐに覚えてくれ」
俺がいつもの調子でセシリアに告げると彼女は激怒して反論してくる。
「先生は目の前の状況を見てそれを言っているのですか!? 今にも死にそうな人を前に出来るかどうかも分からない治癒魔法を私に一から覚えて彼を助けろと!?」
セシリアは日頃に見せた事のない怒りを俺にぶつける。その目には涙が浮かんでいたのだった。




