第10話 繰り返す魔法
「――こちらが資料となります」
次の日、朝食後早々に代官のクローマが領主邸の執務室にある机の上に資料を山積みにして言う。
「ここにあるのは昨年の資料のみですが、一昨年のものが必要であればこちらの本棚に収めてありますので声をかけていただければご用意致します」
「ああ、わかった。貴殿は指定した部屋で待機していてくれ。質問等があれば声をかける」
「了解しました。では、失礼します」
クローマはお辞儀をして執務室から出て行く。それを見送るとさっそく俺たちは山積みされた資料の確認作業に入る。
「しかし、これだけの資料を出されても全部確認することは不可能に近いな。あいつ絶対に確認の必要が無い資料も出して来ているに違いない。この書類の山は俺たちが調べるのに嫌気が差すのを狙っている気がするぞ」
机からはみ出して落ちそうになっている山積みの書類を心底嫌そうな目で見ながら愚痴を吐くゼオン。
「だからと言って代官のやり方が正しいのかは確かめる必要があるだろ? ゼオンが治める領地の領民たちがもしかしたら重税で苦しんでいるかもしれない。代官が私腹を肥やしているかもしれない。それはゼオンの中で許せることじゃないだろ?」
なんだかんだ言ってもゼオンは正義感の強い男だ。ちょっとやる気を刺激してやればその気になる、単純だが気持ちのいい男だ。
「それはそうだが、三人で確認しても簡単には終わらない量だぞ。グランは何かこう、良い感じの魔法とか無いのか? 例えば、調べたい内容が書かれている書類だけを取り分けてくれる魔法とか」
「ゼオンさん。いくらグランさんが博識で魔法が得意でも書類の山を勝手に確認してくれる魔法なんて聞いた事ないですよ。さすがにそんな魔法はありませんよね?」
ゼオンが山積みになった書類をぺらぺらとめくりながら言った言葉にローザが苦笑いを見せながら反論する。だが、二人の会話を聞いて俺はあることを閃いた。
「調べたい内容さえはっきりしてれば簡単に見つけることは出来るぞ」
「何だって!? それは本当か?」
「ああ。例えばだが、商人から購入した内容が書かれているものだけ分けるとしたらこうすればいい」
俺はおもむろに書類の山へ手を翳し、検索魔法を書類の山にかけて『商取引』のワードが書かれているものだけを別にするという繰り返し処理の魔法を併せて使う。このように複数の魔法を多重起動することにより単純作業の繰り返しを簡略化することが出来るのだ。
「まあ、見ていろ。このくらいの量なら数分で終わるから」
「す、数分だと?」
ゼオンが驚きのあまり叫ぶ。俺の魔法が発動すると同時に机上にあった書類がばさばさと竜巻に飛ばされるようにぐるぐると渦を描きながら舞い上がった。
「お、おい。本当に大丈夫なんだよな?」
舞い上がる書類に不安そうな表情を浮かべるゼオンだったが、一枚、また一枚と選別された書類が目の前のテーブル上に舞い降りてきて積み重なっていく。やがて俺の言ったとおり、ものの数分で選別作業は終了した。執務机上にはまた山積みの書類が戻っており、仕分けのされた書類が数十枚ほど目の前のテーブルに残されていたのだ。
「とりあえずだが、商取引に関する書類はそれだけのようだ。他は別の用件に使った書類のようだな」
「さすが賢者グラン様ですね。すごいです! この魔法があれば多くの物の中からでも必要な物がすぐに見つけられますね」
ローザが目を輝かせながらそう言って俺を褒め称える。本当にすごいと言えるものはこれからなんだが、喜んでいるようなので甘んじて称賛を受けよう。男というものはいくつになっても女性に褒められると喜ぶ生き物なのだ。
「――それで。どうだ? 知りたいことは書かれてあったか?」
「ああ、これを見てくれ。昨年の税と外部から購入したものが記載されているものだが、税は増えているにも拘わらず外部からどんどん購入するから財政は赤字続きとなっている。しかも、この購入金額は王都で買っていた時よりも割高になっている。これではいずれ領地の存続が出来なくなるのは時間の問題だ」
「なるほど、商家との癒着ってことか。主のいない間を狙って私腹を肥やしていたとすると責任を取ってもらわないといけないな」
その後も次々と出て来る書類上の矛盾を指摘しながらその夜は更けていったのだった。
――翌朝。ゼオンの名で代官クローマを執務室に呼び出して書類の矛盾を指摘すると、最初こそ惚けたり言い訳をしたりしていたが嘘を重ねれば重ねるほどボロも出てくるもので矛盾が矛盾を呼んで最後には支離滅裂の説明となり、とうとう自らの罪を認めたのであった。
「クローマ。貴方は主が不在の地であるノーズ地方を管理するために派遣された代官。その役職の地位を悪用して私腹を肥やしていたな? それも莫大な運営予算を商家と癒着して使い、商家が儲けた金の一部を受け取っていたそうじゃないか」
「も、申し訳ありません。商家の主人に唆され、悪い事とは知っていても裕福な暮らしに一度慣れてしまうと感覚が麻痺しておりました。今まで受け取ったお金はすべてお返ししますのでどうか御慈悲をお願いします」
そう言って土下座をする代官の処分をどうするかは事前に決めておいた内容を告げた。
「真摯に反省して返還するなら命は助けてやろう。だが次の者へ引継ぎが終わり次第、代官の役は降りてもらうことになる」
「わ、わかりました。誠心誠意引継ぎ作業を進めさせていただきます」
土下座から頭を上げただけの格好でクローマはそう叫び、再び頭を地面に付くまで下げたのだった。




