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桜の刻   作者: Shellie May
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第2章 (1)

3日後、俺達は依頼料を受け取りに岩崎邸を訪れた。

岩崎氏は、先日の礼を長々と述べると、犯人の事は他言しないようにくどくどと語った。

どうやら、息子が全て話したらしい。

「その件に関しては、全て了解しております。決して他言は致しませんので、ご安心を。」

こういう事務方の仕事は、藤田に任せていれば問題ない。

「そういえば、あの嬢ちゃんの怪我は、大丈夫だったのかい?」

真吾が尋ねる。

「は?怪我ですか?誰がでしょう?」

「あの時、俺達と同行した…。」

「あぁ、桜の事でしたか。あの者は、もう当家と関わりがありませんので…。」

それまで黙って聞いていた俺は、この時ばかりは身を乗り出した。

「どういう事だ?」

気色ばむ俺に挙をつかれ、岩崎氏はしどろもどろで話し出した。

「確かにあの娘は息子を救う為に頑張ってくれましたが、何でも銃を撃ったというじゃありませんか。しかも高明に対して…。」

「それは、あんたの弟が息子を誘拐したからだろう!」

真吾がむきになって反論する。

「それにしても、主人の弟にする態度ではありません。」

「だから、それは…。」

「それに銃ですよ!そんな危ない人間を、当家に置くわけにはいきませんし…。」

「…わかった、行くぞ。」

俺は、席を立った。

依頼料を受け取りながら、静かに藤田が言う。

「それでは今後共、巴探偵社を宜しくお願い致します。」



玄関を出ると、庭先から

「待って!」

と声が掛かる。

パタパタと走って来たのは、清志だった。

「あのね、さくらがね、さくらが居なくなっちゃったの!」

俺のズボンを握り締め、見上げる清志の目が潤む。

「坊ちゃま…。」

追いかけて来た子守メイドに、俺達は話を聞いた。

「確かに高明様に銃を向けたっていうのもあるんですが、旦那様はあの夜、桜さんを呼び出して、それで…」

「!」

「で、どうやら拒まれたそうなんですが、その時に桜さん、自分に手を掛けるなら自害するって、割れた硝子で自分の事刺そうとしたみたいで…。」

「なんでぇ、それ…。てめぇの息子を命掛けで助けた者への、それが仕打ちかよっ!」

「確かに、酷いな…。」

「それに、多分彼女は…。」

「他にも何か?」

「あ…いえ…特には…。」

と、歯切れが悪い。

「彼女が出て行ったのは、いつです?」

「昨日です。皆に挨拶をして、夕方に。」

「彼女の行き先に、心当たりは無いか?」

「さぁ、彼女身内も居ないって、天涯孤独って言ってたし…お花見する位しか出掛けなかったし。」

「花見?」

「そう、彼女名前が桜だから桜の花が好きだって。でも、一緒にお花見した時、あまり楽しそうじゃなかったな…なんか、悲しそうな…。それじゃ、わたしそろそろ…。」

そう言うと、メイドは屋敷の庭に戻って行った。


「どうする、トシ?お前、彼女を引き抜くつもりだったんじゃないのか?」

「まぁな…しかし、居なくなっちまったんなら、しょうがねぇな。」

「そんな状況で辞めたのであれば、次への紹介状は書いて貰えなかったと考えるべきでしょうね。」

「そうだな。」

「俺は、家政婦紹介所を当たってみます。」

「おっ、それじゃ、俺も一緒に回るわ。一人より効率いいだろ?」

「おい、何もそこまで…。」

「何言ってんだよ。あんなに女を雇うのを嫌がってたお前が、食指を動かす女が居るなら、何が何でも探さねぇとな!」

「人を探すのも、探偵の職務です。」

「じゃあな!所長さんは、自力で帰れ!」

そう言うと、二人は車で走り去った。

何を熱くなってるんだ!まったく…。

しかし、可哀想に彼女は散々な目に遭ったらしい。

だいたい、彼女が銃を持ったきっかけは、俺を助ける為じゃ無かったか?

「くそっ、礼も言えてねぇじゃねぇか。」

大通りで乗合タクシーに乗り、上野の事務所を目指す。

ふと思い付いて、上野山に行き先を変更した。



古くから花見の名所たが、今が盛りの桜を見ようと、大勢の花見客で賑わっていた。

いくら桜が好きだからといって、こんな状況の時に花見は無いか…そう思いつつ、人波の中に彼女の姿を探す。

陽が陰り出すと人もまばらになり、半ば諦めかけた時、大きな桜の古木の下に布を敷き、座っている和装の彼女を見つけた。


「おい。」

俺が声を掛けると、彼女は驚いた様に目を丸くし、そしてにっこりと微笑んだ。

「まぁ、こんばんは。奇遇ですね!貴方もお花見ですか?」

「まぁな…ここ、いいか?」

「えぇ、どうぞ。」

俺は彼女の隣に腰を下ろし、何と続けようかと迷う。

「和装なんで、見間違いかと思った。」

「外出用の洋服は、汚してしまったので…。」

彼女は、そう恥ずかしそうに俯いた。

「桜が好きなのか?」

「えぇ、とても…。」

遠くを見ながら微笑む。

「傷は…。」

そう言って彼女のこめかみを触ると、

「…っつ!」

と、小さく叫ぶ。まだ傷は癒えていない様だ。

「すまん。医者には診せたのか?」

彼女は、被りを振る。

「大丈夫です。それに、そんな暇無かったし…。」

「あれだけ出血してたんだ、医者には診せた方がいい。」

「そうですね…。」

彼女の首筋には、新しい傷口が増え、手にも白い包帯が痛々しい。

「岩崎の屋敷を、出たんだってな。」

少し驚いたような顔をして、すぐはにかむ様な笑顔を作る。

「ご存知だったんですか?行かれたのですね、お屋敷に。」

「清志が、寂しがっていたぞ。」

「そうですか…でも、いずれあそこもお暇しようと思っていたんです。」

また、沈黙。

春の夜風が心地良い。

「夕べは、どうしていたんだ?」

小さな溜め息をついて、少しちゃかす様に

「歩いてましたょ。」

と、笑う。

「一晩中?」

「…春のお月様が、綺麗でしたからね…。」

「これから、どうする?」

それには答えず、彼女は俺の肩に頭をもたげる。

「…少しだけ…、少しだけ、こうしててもいいですか?」

「あぁ。」

彼女が少し震えているのがわかる。

声を殺して泣いている。

屋敷勤めは、主によっては理不尽な事も多いと聞く。

抱き締めてやりたくなる衝動に駆られるが、彼女はそれを望んでいるのか?

俺の頭の中で色々な葛藤をしている内に、彼女のバランスが崩れ、前のめりに倒れる。

「おぃ、大丈夫かっ?!」

「…はい…。」

彼女の額に手をやると、火の様に熱い。

「お前、熱があるじゃねえか!」

「…大丈夫…です。」

「大丈夫じゃねぇ!ちょっと待ってろ!」

俺は、麓の人力を呼ぶと、彼女を事務所まで連れ帰った。

いきなり女を抱えて帰って来た俺を見て、皆が一様に仰天したが、俺の唯ならぬ様子と彼女を見て、慌てて行動を起こす。

「藤田、高柳先生を呼んで来てくれ。」

「了解しました!」

「キヨ、彼女を着替えさせてくれ。」

「わかりました。」

「トシ、俺は何をすればいい?」

「おまえは、氷屋の親父に店開けさせて、氷買って来い!彼女凄い熱出しちまってる。」

「あいよ!任しとけ!」




それぞれがバタバタと動き、1時間後には無事に往診して貰う事が出来た。

「先生、容態は?」

「かなり疲労が溜まっているのも有るが、あの頭の傷がなぁ…それに、肋骨にもヒビがいってそうだ。体のあちこちに真新しい打撲痕があってな…あれは縛られて、しこたま殴られたって感じだぞ。彼女、一体何があったのかね?」

「まぁ、色々な…。」

俺の手は、血が滲む程強く握られた。

「暫くは、絶対安静だ。もしも吐く様なら、すぐに連絡をよこしなさい。薬を用意しておくから、後で取りに来るといい。まずは、熱を下げて、意識を取り戻さなければな…。」

「ありがとうございました。」俺は、先生に深々と頭を下げた。

「藤田、すまねぇが、先生送りがてら、薬貰って来てくれるか?」

「承知しました。」





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