第1章 (2)
車に乗り込んだ俺達は、一路岩崎邸を目指す。
藤田は助手席に移り、後部座席には俺と疲れて寝てしまった清志、そして清志に膝枕をし、その髪を撫でる市村桜が残された。
「銃を…扱った事があるのか?」
「…昔。」
顔を上げず、小さな声で言葉少なに答える。
「何故か聞いてもいいか?」
「…絶対に守りたいものを、二度と失わない為に…。」
消え入りそうな声で呟く彼女の手に、ポタリと血が滴る。
気が付くと、彼女のこめかみからはかなりの血が流れ、服の襟や胸は血で濡れていた。
「これで、傷を押さえてろ。」
俺は自分のハンカチを彼女に渡す。
「えっ、でも…」
「いいから、お前のは、そいつに使ったんだろうが。」
彼女のハンカチは、擦りむいた清志の足に巻いてある。
「すみません、お借りします。」
そう言うと、今度は素直に受け取り傷口に当てる。
みるみる赤いシミが広がるところを見ると、まだ出血は続いている様だ。
「屋敷に着くにはしばらく掛かる。お前も休んでおけ。」
何も言わずに頷いた彼女は、しばらくすると静かな寝息をたてはじめた。
「もう少し、優しい物言いが出来ないもんかねぇ?」
溜め息まじりに真吾がごちる。
「うるせぇ…。」
そう言うと、俺は不安定な彼女の体を支えるために手をまわして肩を抱いた。
「それにしても、驚きましたね。」
「全くだ。見掛けによらないと言うか、普通の嬢ちゃんじゃ無いのは確かだわな。」
前の二人も、彼女が気に入った様だ。
見掛けよりもずっと苦労してきたんだろう。
この小さな肩に、一体何を背負って来たのかが、少し気になった。
岩崎邸に到着した時、車の音を聞きつけ家の者が大勢玄関先に集まった。
子供の無事を喜び、金が無事な事にも大喜びだった。
岩崎氏は俺の手を握り締め
「本当に良くやってくれました!御礼は、また後日ということで…」
と言うと、そそくさと邸の中に入ってしまう。
「ちょっと待ってくれよ、この子は怪我をしちまってるんだ。おいっ!」
そういう真吾の言葉も無視され、玄関には誰も居なくなってしまった。
「なんだ、ありゃ?」
遠慮がちに俺達の後ろに立っていた彼女は、何も気にならない様ににっこり笑うと、
「本日は、坊ちゃまをお助け頂き、本当にありがとうございました。それでは、私は失礼致します。」
と、俺達に向かって一礼して屋敷に戻る。
「おい!お前!」
俺は、その背中に声を掛けた。
「お前、俺達の所に来る気はないか?」
彼女はゆっくりと振り返り、口元をほころばせて答える。
「…考えておきます。」