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桜の刻   作者: Shellie May
16/19

第5章(1)

翌日、橘警部が報告の為に大鳥邸を訪れ、男爵に一部始終の報告を行った。

鷹取は逮捕出来たが、堂本組組長他数名には逃走されたらしい。

環にも近々事情聴取が行われるらしいが、当の本人は朝の内に小田原の別荘に行ってしまった。

夕方、大鳥邸の面々に惜しまれつつ、橘警部と藤田と俺は退散した。



「西園寺君、本当にありがとう。でも堂本組には、気を付けてくれよ。奴等、相当いきり立っていたそうだから。」

「わかってるよ、橘警部。精々気を付けるさ。」

乗り合いタクシーが、事務所の近くに止まっていた車の後ろに停車し、俺達は車を降りた。

停車していた車を通り過ぎ様とした時、

「剛さん。」

と、後部座席から呼び止められた。

「母上!どうして、この様な場所に?」

中の女性は俺達に会釈をすると、

「桜さんの荷物を、取りに来たんですよ。それよりも…」

そう聞いて、俺は1人急いで事務所に向かった。



事務所のドアを勢い込んで開けると、

「おぅ、お疲れさん。」

と、真吾が茶を啜っている。

「…来てるのか?」

そう問う俺に、真吾は黙って上を指差した。

どうしようも無く彼女に会いたい衝動と、会わずに行かせた方がいいという理性が葛藤し、足が動かない。

2階の部屋のドアが閉まる音がする。

廊下を歩く足音…。

階段の上に現れた彼女は、白地に黒いパイピングをあしらったワンピース姿で、旅行鞄と小太刀を持っていた。

階下の俺の姿に少し驚いた様だったが、ゆっくりと階段を下りて来た。

「元気に…していたか?」

今更ながら、間の抜けた挨拶をする。

彼女の身に起こった事を考えれば、元気も何もあったもんじゃ無い。

それでも彼女は、コクンと頷いた。

彼女の憂いを含んだ目が、俺を捉える。

俺は、次の言葉が思い浮かばす、思わず彼女に近付こうとした。

「桜…俺は…」

その時、藤田と橘警部が、事務所に転がり込んで来た。

「西園寺君!堂本組の連中が!」

「所長!襲撃です!」

彼等の言葉が終わらぬ間に、銃声と共にドアの硝子が割れる。

真吾は素早く棚より銃を出し、俺と藤田に投げて寄越す。

「お前は、裏から逃げろ!」

俺は、被りを振る桜を部屋の奥に向かわせ、銃を構えた。

「正当防衛だ!撃って構わないぞ!」

橘警部の声が響く。

表から数人、入り込んで来たのがわかる。

その途端、激しい銃撃戦。

相手の1人は、被弾した様だ。

敵は弾が撃ち尽くされると、今度は合口を持って襲って来る。

俺達は、事務所の其処此処に隠してある木刀等で応戦する。

その時、裏で銃声がした。

「しまった!」

俺は、相手の眉間に一撃を与えると、裏に行こうとした。

そこに、また新手が…。

「ちっ!」

焦る気持ちを抑えて、対峙する。

と、相手の体が、突然崩れ落ちた。

「!?」

其処には、血で濡れた小太刀を握る桜が立っていた。

「大丈夫か!」

と問う俺の言葉に、彼女は黙って頷く。

「お前は、此処に居ろ!動くなよ!」

そう、桜を部屋の隅に誘導した。

その時、新たな銃声と共に、一際大きな男が現れた。

片手に銃を持ち、片手で長物を肩に担ぎ、ギラギラとした目で事務所を見わたして叫ぶ。

「西園寺ぃ!!」

「堂本だな?」

「何度も何度も俺達の邪魔しやがって!お前ぇだけは、許せねぇ!!」

そう言うと、銃を撃ち放つ。

ギリギリでかわしながら、家具の間をすり抜ける。

堂本の背後から、真吾が一撃を見舞った。

その一撃を身に受けてなお、長物を持った手で、堂本は真吾を殴り飛ばした。

真吾の体が、家具と共に部屋の隅まで飛ぶ。

「真吾!」

藤田が、残党を片付けながら叫ぶ。

「この野郎っ!」

俺は、木刀で堂本に向かうが、奴の桁外れな力に押されてしまう。

隙を見て、決まったかと思った途端、奴の蹴りをまともに食らい、壁に激突する。

「がはっ!」

胃が裏返る様な衝撃。

そのまま奴は俺の側まで来ると、

「いい格好だなぁ。」

と、笑う。

口から流れる血を拭い、立ち上がろとする俺を上から見下ろし、

「お前は、そのままジッとして、この現状を見ておけ。」

そう言うと、銃を取り出し、俺の太ももを撃ち抜いた。

「がっ!!」

太ももが火のついた様に熱い。

「キャーーーッ!!」

と言う叫び声と共に、桜が俺に飛びつく。

「おっ、西園寺。お安くねぇなぁ。お前の、スケか?」

「桜、下がってろ!」

「おぉ、いいねぇ。そんな姿で、女を守れるのか?」

そう、下品た笑いを浮かべる。

「お前の目の前で、この女を慰み物にするってのも、いいよなぁ?」

「てめぇ!」

「いいねぇ、その顔。」

俺に抱きついていた桜が、スッと立ち上がり、堂本に向かって小太刀を構える。

「やめろ!桜!お前のかなう相手じゃない!」

俺は、叫んだ!

それでも、桜は構えを解かない。

「俺とやろうってのかい?お嬢ちゃん?」

堂本は、ニヤニヤ笑って長物を手の中で回す。

「貴方の相手は、私がします。」

桜は、低いがしっかりした声で言い放った。

「面白れぇ、気に入った!受けてやるよ。」

そう言うと、堂本も長物を構える。

「やめろ!桜!藤田、止めてくれ!」

「おっと、邪魔しないでもらいてぇな。」

そう言うと、横から打ち込んで来る藤田を、難無く力でねじ込む。

しかし桜に向かっては、力を使う事無く、刀を合わせ傷を付ける事を楽しんでいる。

「いいねぇ、西園寺!お前のスケは、最高だせ!」

そう言いながら、桜の身体を切り刻む。

かなりの出血と疲労で、桜の剣先は震え、肩で息をする状態だが、それでも彼女は構えを解かない。

「てめぇ!いい加減にしやがれ!」

木刀を使って立ち上がった俺は、何とか一打打ち込むが、今度は肺腑に一撃をみまわれ、息が出来ない。

「お前は、そこで見てろと言ったろぅ?」

倒れても何度も立ち向かう藤田と、白いワンピースを真っ赤に染めて立ち向かう彼女を、霞む目で見るしか無いのか?

その時、

「其処までだ!堂本!」

警官隊が突入し、堂本の背後から銃で狙いを定める。

「武器を捨てろ!堂本!」

しかし堂本は、上段の構えのまま俺に近付いた。

桜が、間に割って入る。

堂本は、不適な笑みを浮かべると、

「お嬢ちゃん、俺の心臓、貫いてみろよ。」

「!?」

間合いを取っている桜に向かい、再び挑発する。

「ほら、でないと、俺はあんたの大事な人を斬っちまうぜ。」

一瞬の躊躇。

桜は、小太刀の構えを解いた。

「…賢いな、お嬢ちゃん。」

後ろでは、引き続き警官隊が警告を発していた。

「西園寺っ!」

そう堂本が叫ぶのと同時に、発砲される。

1発、2発…堂本は、倒れない。

4発、5発…上段の構えのまま、堂本の身体がゆらりと傾き、一歩近付いた瞬間、桜が俺に覆い被る様に抱きついていた。

堂本の身体が倒れるのと同時に、

「桜!」

「市村!」

と、真吾と藤田の叫び声が聞こえる。

「…ご無事…ですか?」

「桜?」

「良かった…。」

そう、微笑みながら崩れ落ちる彼女を支えようと背中に手を回した俺は、彼女の背中が切り裂かれ、大量の血が溢れ出しているのを感じた。

雷が身体を駆け巡る。

「さくらぁーーっ!!」

彼女を抱きかかえ、力の限り呼び続ける。

「今、救急隊が来ます!」

「マズいぞ、トシ。出血が酷い。」

「しっかりしろ、桜!」

俺達が口々に叫ぶ中、1人の男性が近付いて来た。

「父上!」

藤田が驚く。

藤田の親父さんは、黙って桜の身体を抱くと

「市村、分かるか?」

と声を掛ける。

桜は、荒い息の中頷いた。

「お前の身体では、もう保つまい。お前が望むなら、俺が引導を渡してやろう。」

桜は、微かに微笑んだ。

「止めて下さい!父上!」

「親父さん、それはいけねぇ!」

俺の身体の血が逆流する。

桜の小太刀を拾い上げ、今正に彼女の心臓に当てられる瞬間、俺は叫んでいた。

「やめろ!!斉藤!!お前が桜の命を絶つなんて、この俺が許さねぇ!副長命令だ!!」

その瞬間、藤田の親父さんの身体がビクリと痙攣し、小太刀を置いて頭を下げた。

そして、

「喜べ、市村。お戻りになられたぞ。お前は、生きなければならない。分かるな?」

と、桜に言った。

桜は、親父さんの手を握って、涙を流す。

「お願いします。」

そう言って、彼女の身体を俺に渡して、藤田の親父さんは去って行った。



程なく来た救急隊の車で、俺達は桜を病院に運んだ。

手術室の片隅で、俺は自分の太ももの治療を受けていた。

弾は貫通しており、消毒だけをして貰う。

「あんたも縫わなきゃならんが、まずこのお嬢さんだ。」

そう言いながら、医者は彼女の体を拭きはじめた。

「先生、患者さんですが、麻酔が効きません。」

「濃度は?」

「最大ですが、意識を保ったままです。」

「マズいな…。」

「手術出来ないのか?」

「傷を診たところ、縫うだけで済みそうだが、麻酔無しではかなりな苦痛を伴う。それに、動かれると縫えないぞ。」

「押さえ付ける人手なら有るが。」

「そんな簡単な話じゃない!麻酔無しでは、拷問も同じだ。精神が崩壊する危険もあるんだぞ!」

「…それでも…。」

「出血もかなり酷い。しかも彼女は女性だ。とても耐えられんだろう。」

「先生、それでも頼む!手術してくれ!」

「私には…責任が持てない。」

「責任は、全て俺が持つ。彼女の痛みも、精神が崩壊しても。」

「…見ている方も辛いぞ。」

「分かっている。」

「…承知した。押さえ付ける者を呼びなさい。」

俺は事情を話し、真吾と藤田に手術室に入って貰う。

真吾は足を、藤田に左腕と左肩を、俺は右腕と右肩をそれぞれ押さえる。

「手拭いを噛ませてやりなさい。」

桜の口に手拭いを噛ませると、俺は彼女の耳元で囁いた。

「済まない、桜。耐えてくれ、俺の為に。」

彼女が頷く。

「それでは、行くぞ。」

そう言って医者は傷を消毒し始めた。




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