表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の刻   作者: Shellie May
13/19

第4章(5)

部屋に戻ると、彼女の傍らに瑠嘉が寝ていた。

彼女は、起きて瑠嘉に布団を掛けようとしている。

俺は藤田に、瑠嘉を俺の部屋で休ませる様に指示をして、自分は彼女の枕元に座った。

藤田は、瑠嘉を抱え上げ、そっと出て行く。


2人きりになると、重苦しい沈黙が続いた。

「何故だ?」

先に口を開いたのは、俺だった。

彼女は、何も答えない。

「答えろ!桜!!何故飲んだ!」

俺は、彼女の肩を掴み揺すった。

「俺は…お前を雇う時、自分の命を大切にしろと言ったよなぁ!その約束を守らないってんなら、お前を雇っておく事は出来ねぇ!」

「…すみません。」

消え入りそうな声で、彼女は謝る。

まだ体調が戻っていないのだろう。血の気の失せた顔が、余計に白くなる。

彼女の顔を見ると、気遣う気持ちより、俺は自分の中の怒りを抑える事が出来ず、彼女を乱暴に布団に投げ倒した。

布団に倒れた彼女は、そのまま涙を流す。

「俺は、仲間が傷付く事が何より嫌いなんだ!」

夕日がベッドまで差し込んで、彼女の背中を赤く染めた。

「…お前まさか、死にたいとかって思ってるんじゃねぇだろうな?」

彼女は、ビクッと体を痙攣させた。

「お前が、自分はどうでもいいって思っている様に見えるのは…全てを投げ出してもいいって見えるのは、俺の気のせいだよな?」

「…。」

「俺達の所に来た時の、生きる事にも誇りの為にも、あがらう気持ちを無くしちまったのか?なぁ、俺達の所に来たのは、間違いじゃねえよな?」

再び彼女を抱き起こし、彼女の身体を揺すった。

「なぁ、お前の未来の夢って何だ?それは、生きる糧にはならないのか?」

「…私の…ずっと長い間…思っていた夢は……も…う…叶ってしま…った…から…。」

そう息も絶え絶えに言うと、彼女の意識は切れた。

「さくら!」

彼女の体は、グニャリと俺の腕の中に落ちる。

その身体を抱き締めて、俺は呟いた。

「未来を…お前との未来を夢に見るのは、俺だけって事かよ…。」

彼女を寝かせると、俺は深いため息を付いた。


彼女は、俺達の所に来て楽しそうに生活をしていたし、甲斐甲斐しく世話も焼いていてくれた。

決して、無気力になる様な生活は、していないはずだと信じたい。

「願いが叶ったって、何だよ!」

岩崎邸を辞める事が、出来たって事か?

そんなちっぽけな物か?

こんな時は、奴に無性に会いたくなる。

俺は事務所に連絡を入れ、真吾に迎えに来てもらう事にした。

「夜には戻る…。」

そう藤田に言うと、俺は上着を持って大鳥邸を出た。



「…事務所、戻るか?」

車に乗り込むと、何かあったのを察した様に真吾が聞いた。

「…キヨは?」

「一昨日から湯治に出してやった。戻りは、明日だ。」

「…事務所にやってくれ。」



久々に戻った事務所のソファーに、俺は横たわる。羽虫が一匹、電灯の周りを飛んでいた。

真吾は黙って、俺の前に日本茶の入った湯飲みを差し出した。

「…桜が…毒を飲んだ。」

「あぁ、藤田から電話で聞いた。顛末も含めてな。」

ソファーに座り直し、額の前で両手を組んで、俺は話しを続けた。

「俺は…桜が飲むのを、分かっていたんだ。なのに、止められなかった…。」

「…。」

「あいつ、此処に来て変わったよな?」

「そうだな。明るくなった。毎日が、楽しそうに見えるぜ。」

「いや、何ていうか…満足仕切って、もうこれでいいって思っちまってる様な…。」

「?満足なら、良いじゃねぇか。」

「そうじゃ無くて…あいつ、全てを投げ出しちまうんだ。自分の守った来た誇りも、命も…。なんか、もう死にたいっていうみたいに…危うくて。」

「それは…。」

「満足しちまって、もう守る必要が無い様に俺には見える…。」

「…。」

「あいつを此処に置いたのは、間違いだったんじゃねえかって気がしてな…。未来の夢は、生きる糧にはならないのかって聞いたら、ずっと長い間思っていた夢は、叶っちまったんだとよ。何だよ、全く…。」

「で、お前はそれを彼女にぶつけて、1人落ち込んでるってか?」

「…。」

「それじゃ、言ってやろう。お前は、阿呆ぅだ!」

「何だと?!」

「何度でも言ってやる。阿呆ぅだ!」

「…っ。何なんだよ。」

「桜は、幸せなんだよ。此処に来て、幸せ噛み締めて生きてるんだ。」

「だったら…。」

「惚れた男の役に立ちたい。その一心で、毒も煽りゃあ子供の我儘にも我慢する。背中を守れる様に、小太刀の練習も再開した。」

「…。」

「お前、今、藤田を疑ったろ?」

「…っ!」

「まぁ、藤田自身は、憎からず思ってるだろうがな。今のアイツは、姫を守る騎士様だ。多分、誰かに言われたんだろうよ。」

「誰に?」

「恐らく、桜の小太刀を預かっていたという人物。そしてそれは、俺の見る所、十中八九藤田の親父さんだ。」

「!」

「気が付かなかったのか?全く…。恋は盲目とは、よく言ったもんだぜ。」

「うるせぇ…。」

「彼女の想い人は、お前だトシ。彼女を見てれば分かる。だからこそ、藤田も手を出さない。」

「…。」

「後は、お前が桜の手を取ってやるだけだろうよ。」

「…未来を夢見てるのは、俺だけだ。彼女は、捨てちまってる様に見える。」

「お前なぁ。」

「不安定なんだよ。身体も心も!そんな女を、どうやって捕まえればいい?」

「彼女が危ういのは、全身全霊で物事に当たるからだと、俺は思うぜ。小手先で物事捌く様な女じゃ無いからな。お前…ちゃんと、彼女に気持ち伝えたのか?」

「いや…言っちまうと、すり抜けてしまいそうでな…。」

「桜が、現状維持を望む気持ちもわかるしなぁ…。」

「どういう意味だ?」

「はぁ?トシ、阿呆ぅの上に馬鹿が付くのか?てめぇは?」

「てめぇ、喧嘩売ってんのか!」

俺は、真吾の胸ぐらを掴んだ。

「あぁ、売ってやらぁ!」

そう言うと、真吾も俺の胸ぐらを掴んで対峙した。

「てめぇは、忘れちまってるかもしれねぇがなぁ!」

真吾の拳が、みぞおちに入る。

「お前は、市井には下ってるが、れっきとした公爵閣下のご子息様なんだぞ!」

頬に一発拳を食らうと、俺は床に吹っ飛んだ。

「…っ!」

息を弾ませて、真吾は言い放つ。

「身寄りの無い彼女が、手を伸ばせる相手じゃ無い事位、子供だって分からぁ!」

久々に真吾に食らった拳よりも重いものが、ズシンと胸に打ち込まれた。

「…真吾…済まない。」

「…目ぇ、覚めたか?」

「あぁ。」

「そいつは、良かった。」

そう言うと、手を差し出し俺を起こす。

「仕事の話だかな?」

「あぁ、聞こう。」

「環の浮気相手に、鷹取って奴がいてな。名前ばかりの貴族様で、内情は火の車らしいんだが、近い内に金には困らなくなるって、うそぶいてるらしい。」

「うむ…。」

「組関係とも連んでる様で、どうもきな臭い。」

「何処の組だ?」

「…堂本組。」

「あそこか…。」

武党派の堂本組は、以前俺達が関わった事件に関与し、その折り半壊滅したが、代替わりして又勢力を盛り返して来たと噂で聞いた。

「そっちは、橘さんに連絡を取って、動きがあったら封じる様に頼んでくれ。」

「鷹取の方は?」

「それは、こっちから仕掛けてみる。」

「いつものトシらしくなって来たな。」

真吾はニヤニヤしていたが、急に真顔になって、

「お前、桜に解雇するって、口にしちまったろう?」

「…ぐっ!」

「全く…ちゃんと、撤回しとけよ。」

「あぁ。」

「じゃないと、彼女…本当に消えちまうぞ。あいつは、こっちの言葉も思いも、全身全霊で受け止めちまうんだろうからよ。」

「…分かってる。なぁ…。」

「ん?」

「彼女の…桜の叶っちまった夢って、何だと思う?」

「そんなの、お前と一緒に居る事に決まってるじゃねぇか。」

「…なんか、おかしくねぇか?」

「何が?」

「夢って、ずっと思い描くもんだろ?」

「あぁ。」

「桜がウチに来て、たかだか2ヶ月だぞ。」

「あぁ。だから?」

「彼女…ずっと長い間思い描いていた夢だって言ったんだ。」

「それでも、お前の側に居るのが、彼女の幸せな事に間違いねぇんだよ。」

真吾は、そう吐いた。

「俺は…怖いんだよ…俺と一緒に居る事で、彼女が命を縮める事が…。」

「お前…。」

「それなら、いっそこの想いを封印して、彼女を送り出してやる方が、彼女の為にいいんじゃねえかと思う。」

「…。」

「さっき、お前が言った様に、彼女が俺の身分で負担に思ってるなら尚更だ。瑠嘉に言ってる場合じゃねぇ。俺自身が、大人にならなくてどうする?俺は、彼女に女として幸せになって欲しい…。」

「彼女の幸せの形は、彼女が決めるもんだ。彼女がお前から離れて、幸せになれるとは、俺には思えねぇがな。」

「…。」

「馬鹿だから、お前は言っちまうんだろうなぁ…。そして、彼女を泣かす…。」

「そうだな…。」

「言っとくが、俺は女を慰める方法、一つっきゃ知らねえんだぜ。」

「…。」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ