第2話転生?-サウザンドブレイカー、現代に降り立つ-
第2話
転生? ―サウザンドブレイカー、現代に降り立つ―
目を開けた瞬間――違和感があった。
視界いっぱいに広がるのは、白く、低く、どこまでも無機質な天井。
紋章も装飾もない。
魔力の流れも感じられない。
「……どこだ、ここは」
ジンクス・ハーティスは、ゆっくりと息を吸った。
背中に伝わる感触は均質で、柔らかすぎず硬すぎない。
戦場の簡易寝台とも、王城の治療台とも違う。
耳に届くのは、規則的な電子音。
ピッ……ピッ……ピッ……
「医療用ベッド……か?
いや、我が国の治療装置とは構造が違うな」
上半身を起こす。
筋肉の動きに僅かな違和感。
(軽い……?)
視線を落とす。
白い布。
戦装束でも王族衣でもない。
「……拷問施設という線は薄いか」
状況分析は瞬時。
敵意なし。拘束なし。魔力反応なし。
だが――ここは明らかに異世界だ。
その時。
「……積村さぁん。聞こえますかぁ?」
柔らかく間延びした声。
自動扉が音もなく開き、白衣の女性が顔を覗かせる。
ジンクスの視線が鋭くなる。
武装なし。
殺気なし。
脅威度ゼロ。
「……積村?」
聞き覚えのない名。
「あ、起きてますね! よかったぁ~。
急に倒れたって聞いてたので、心配しましたよ」
「……倒れた? 俺様が、か?」
女医はカルテに目を落とす。
「ええ。下の階の住人さんが物音に気づいて、
大家さんに部屋を開けてもらったら床に倒れていたそうです。
それで救急搬送ですね」
そしてはっきりと告げる。
「積村匠さん」
沈黙。
思考が加速する。
(積村、匠……知らん名だ)
両手を見る。
指の長さ。
関節の角度。
筋肉量。
違う。
これは――俺様の身体ではない。
「大丈夫ですか? お名前、分かります?」
ジンクスは一瞬だけ迷い――そして笑った。
「当然だ。俺様は……」
ここで真名を名乗るほど愚かではない。
「……積村匠だ」
女医はほっとしたように笑う。
「よかった。しばらく安静にしてくださいね」
去り際に振り返る。
「あ、私物はベッド横にありますので」
扉が閉まり、静寂。
「……なるほど」
視線の先。
そこにあったのは――
小型化されたネンドール。
〈D-ヴレイヴァー〉。
「ヴレイヴァー……」
指先が触れた瞬間。
視界が歪む。
膨大な情報が流れ込んできた。
――白い閃光。
――戦艦デッキ。
――ジュリアにノブじぃー、アンジュ。
――そして、一人の男。
『なんだこれっ⁉ シルヴィ⁉
おいっ、何勝手にバラしてんだよっ‼』
『……っ⁉ こいつ、センスいいなぁ……』
分解。
再構築。
可動域の最適化。
戦局を変えた一撃。
「……あいつか」
理解する。
自分は、この男と“繋がっている”。
ヴレイヴァーを媒介に、意識を集中する。
『おい。聞こえてっか?』
『……へっ⁉ 誰?』
返ってきた声。
間違いない。積村匠。
『今、お前の意識に機体を通して接続している。
俺様はジンクス・ハーティスだ』
『ええええ⁉』
『騒ぐな』
声を低くする。
『どうやら俺様は、お前の姿でこの世界にいるらしい』
『入れ替わりってこと⁉』
『転生か、干渉か。理由は不明だ』
短く続ける。
『頼みがある。俺様の存在は明かすな』
『え……』
『そして妹のジュリアは必ず守れ。だが手は出すな』
『そこ強調する⁉』
『それとジャワディーにも警戒しろ』
『だから理由を――』
通信が途切れる。
「……長くは保たんか」
状況は把握した。
――俺様は生きている。
だが戦場は、ここではない。
数時間後。
病院を出る。
そして――
「……なんだ、これは」
鉄の箱が唸りを上げて走る。
空を突く建造物。
人、人、人。
誰も魔力を纏っていない。
「ネンドールも魔力もない世界……
だが、この秩序……」
信号が変わり、人々が一斉に動く。
「統制されている……面白い」
ポケットの違和感。
黒い板。
「……通信端末か」
画面が光る。
情報の奔流。
「王国の情報水晶より高性能だな」
操作方法を理解している自分に気づく。
「この身体の記憶、か」
積村匠。
大手広告代理店勤務。
評価は低い。
「万年平社員……?」
鼻で笑う。
「肩書きに価値はない」
だが目が止まる。
「副業……プロモデラー?」
口元が歪む。
「創造主……か」
夜。
六畳一間のアパート。
「……狭い」
だが整っている。
作業机。
工具。
そして押し入れ一面の箱。
「ほう……」
箱を開ける。
ランナー。
精密なパーツ。
「悪くない精度だ」
自然に手が動く。
「ここは甘い。強度不足だ」
削る。
調整。
再構築。
無意識に最適化を施している。
「……この世界でも、創れる」
完成した模型を見つめる。
「積村匠。悪くない人生だ」
その時。
スマートフォンが震えた。
画面表示。
【仙道 雪乃】
「……ほう?」
記憶が浮かぶ。
職場の後輩。
自分を気にかけていた女性。
ジンクスは、不敵に笑う。
「この世界も……退屈はしなさそうだ」
通話ボタンに指を伸ばす。
サウザンドブレイカーは、
現代日本へ降り立った。
――つづく。




