第14話 問いかけ-重なり合う想い-
第14話
問いかけ-重なり合う想い-
――モディアス王国・戦艦整備ドック――
量産ネンドールの最終チェックが終わり、
整備ドックから機体が順に運び出されていく。
金属が擦れる音。
油圧の低いうなり。
規則正しい足音。
それらが遠ざかるにつれ、
整備ドックには、ゆっくりと静寂が戻ってきた。
匠は一人、作業台の前に立っていた。
台の上にあるのは――
模型サイズの《カイザー》。
初めて完成させた時のままの姿。
無駄のないシルエット。
均整の取れた外装。
“完成形”と呼ぶにふさわしい佇まい。
だが今の匠には、
それがどこか――遠い存在に見えていた。
しばらく、無言で見つめる。
やがて、ぽつりと声が零れた。
「……この世界に来る前さ」
誰に聞かせるでもなく。
「積みプラの山の中で……たまたま見つけてさ」
「フォルムが、やたらカッコよくて」
肩装甲に、そっと指を置く。
「気づいたら、時間も忘れて組み上げてた」
「――あの時は……ただの“作品”だった」
指先が、わずかに震えた。
「なのに……」
視線は、逸れない。
「この世界で」
「君に乗ることになるなんてな」
匠は、ゆっくりと目を閉じた。
深く息を吸い、吐く。
頭を占めていた雑念が、ひとつずつ消えていく。
――戦うための機体。
――勝つための性能。
――守るための力。
それらすべてを、いったん脇に置く。
そして、問いかけた。
「……なあ、カイザー」
低く、静かな声。
「おまえは――」
「どう生まれ変わりたい?」
当然、返事などあるはずがない。
それでも、匠は待った。
その瞬間だった。
――意識の奥が、微かに揺れた。
《……》
音ではない。
言葉ですらない。
だが、確かに“何か”が触れてきた。
《……思うままに……》
匠の胸が、どくんと鳴る。
《……共に……戦おう……》
それは命令ではない。
要求でもない。
――“同意”。
「……っ」
思わず、息を呑む。
「……ありがとう」
唇が、わずかに緩んだ。
「一緒に行こう、カイザー」
その瞬間、
匠の中で、最後の迷いが消えた。
次の動きは、早かった。
ロック解除。
外装パネルを外し、丁寧に作業台へ並べていく。
肩。
胸部。
脚部。
次々と剥がされていく装甲。
露わになったフレームは、
無骨で、未完成で、
それでいて、どこか“生きている”ように見えた。
「……ここだ」
匠は呟き、さらに踏み込む。
関節部を分解し、
駆動ユニットを外し、
可動制限用の補強構造を取り払う。
作業台の上には、
外装パーツと、完全に分解されたフレーム。
だが、それは破壊ではない。
(これは――再構築だ)
匠の瞳に、静かな炎が灯る。
(“作品”を壊すためじゃない)
(“兵器”を作るためでもない)
(“相棒”を、生み出すためだ)
作業台の上には、完全に解体された《カイザー》が整然と並べられていた。
外装。
フレーム。
関節機構、駆動ユニット。
一つひとつが、ただの部品でありながら――
まるで“意味”を宿した存在のように、静かにそこに在った。
匠は、しばらく無言でそれを見つめていた。
(……壊したわけじゃない)
(これは、終わりじゃない)
ゆっくりと、息を吐く。
(――始まりだ)
「ほう……」
背後から、低く響く声。
「見事にバラバラにしたのう」
振り返ると、ココルが腕を組み、感心したように頷いていた。
「こうして並べると、よく分かる」
「ネンドールというのはな、完成形よりも――“途中”が一番美しい」
匠は小さく苦笑し、再び作業台へ視線を戻す。
「……なあ、ココル」
そう言って、胸部駆動系ユニットの内側を指差した。
「ここにある、この宝石みたいなやつ……」
「やっぱり、重要なものなんだよな?」
ココルの目が、すっと細くなる。
「気づいたか。さすがじゃな」
彼女は胸部装甲を開き、内部に収められた結晶体を示した。
淡く光を放つ、不思議な結晶。
「それが――」
「ネンドールと操縦者を繋ぐ“核”」
はっきりと告げる。
「制御装置じゃ」
「マナ……ストーン?」
「うむ」
「大神木近くの泉から採取される希少な結晶じゃ…。」
ココルは語るように続けた。
「この世界ではな、創造主がイメージを具現化すると、実寸大の“創造物”が生まれる」
「動きあるモノは動きもする。だが、それだけでは“操縦”はできん」
匠は黙って耳を傾ける。
「そこで別途、コックピットを創造し、このマナストーンを組み込む」
「それによって初めて、ネンドールは“人の意志”に従う」
「……なるほど」
だが、次の言葉で空気が変わった。
「ただしのう」
「このマナストーンは、単なる制御装置ではない」
匠の視線が、自然と結晶に吸い寄せられる。
「これは、操縦者の精神力――いや」
「“想い”を糧にして動く代物じゃ」
ドックに、沈黙が落ちた。
「想いが弱ければ、ネンドールは応えん」
「最悪の場合……制御を失い、暴走する」
言葉の重さが、胸に沈む。
「強い想いを持つ者だけが、ネンドールと繋がれる」
「それが、この世界の理じゃ」
匠は、無意識に拳を握り締めていた。
「ジンクスやアンジュたちが、最前線に立てるのもな」
「技術だけの話ではない」
「守りたいもの、譲れぬ覚悟――その“想い”があるからじゃ」
沈黙。
やがて、ココルはゆっくりと匠の方を向いた。
「匠よ」
その声は、もはや職人のそれではなかった。
一人の大人が、次代へ託す声だった。
「お前さんが、この世界に召喚された理由など……」
「神の気まぐれか、宿命か、わしにも分からん」
一歩、近づく。
「だがわしは、“作る者の責任”などとは言わん」
そして――
「ただ、ジンクスの代わりに」
「この世界を、救ってほしい」
深く、頭を下げた。
匠は目を見開き、慌てて前に出る。
「……やめてくれよ、そんなの」
一拍。
だが、逃げずに言葉を続ける。
「正直、この世界に来てまだ間もない」
「分からないことだらけだ」
それでも、視線は逸らさなかった。
「でも……」
「この“力”で、誰かを守れるなら」
胸の奥に灯った感情を、はっきりと言葉にする。
「俺、やるよ」
「逃げない」
ココルは、しばらく匠を見つめ――
やがて、静かに微笑んだ。
「……ありがとう」
そして、いつもの整備士の顔に戻る。
「それでは、早速じゃが」
「新型コックピットの創造に取りかかってもらうかの」
ココルが端末を操作すると、
空中にホログラムが展開された。
映し出されたのは――
これまでにない、球体構造のポッド。
「これが、新しい“核”となる器じゃ」
匠は、その球体をじっと見つめる。
(ここから……本当に始まる)
カイザーと。
ネンドールと。
そして――自分自身と繋がるための核心。
物語は、確かに次の段階へ進んだ。
-つづく-




