第10話 「解体の前に…-思惑と疑念-」
第10話
「解体の前に…-思惑と疑念-」
――モディアス王国・中央ドック通路――
金属の床に、乾いた足音が規則正しく反響する。
匠の少し前を、ココルが大股で歩いていた。小柄な体躯に不釣り合いなほど大きなスパナを肩に担ぎ、その足取りに迷いはない。
「まずはじゃ」
振り返りもせず、ココルは言った。
「お前さんに、見てもらいたいものがある」
「……はい」
短く返事をしながら、匠はその背中を追う。
中央ドックへと続く通路。その途中、整備区画の奥を静かに見渡している老人の姿があった。
白い髭。
柔らかな眼差し。
どこか包み込むような佇まい。
ノブロコフ・トワイスキー。
その姿を視界に捉えた、次の瞬間だった。
「……‼
お〜じいじいぃ〜〜♡」
「えっ⁉」
匠が止める間もなく、ココルが凄まじい速度で駆け出す。
次の瞬間には、老人に勢いよく抱きついていた。
「じいじい! 会いたかったぞぉ〜!」
「お、おぉ〜……こ、ココルか……」
戸惑いながらも、ノブロコフの表情は自然と緩む。
「は、はは……元気にしとったかのぉ……」
「……っ‼」
ぴたり、と動きが止まる。
ココルは急に真顔になり、ぐっと顔を近づけた。
「なぁ、じいじい。
また、じいじいの作る辛子蓮根が食べたいぞぅ……」
「か、辛子蓮根⁉」
思わず匠が声を上げる。
「そ、そうじゃな……また作ってやろうかの……」
一瞬の沈黙。
「うん!」
満足げに頷いたココルは、くるりと踵を返す。
「ほいじゃぁ、今日はコイツに大事な話があるから、またの!」
「あ、あぁ……またの……」
ノブロコフは、やや呆然としたまま去っていった。
その背中を見送りながら、匠は小声で呟く。
「……ココルって、おじいちゃん子なんだな。
辛子蓮根、好物なんだ?」
次の瞬間。
「大嫌いじゃ‼」
即答だった。
「何じゃ、辛子蓮根て?」
「……は⁉」
匠は完全に言葉を失う。
さっきの甘えは何だったのか。
だがココルは気にした様子もなく、ドックへと足を踏み入れた。
――中央ドック――
巨大な空間に、整然と並ぶ量産ネンドール。
照明を浴びて鈍く光る装甲。無機質な佇まい。
しかしその奥には、幾多の可能性が眠っている。
ココルは一体を指差した。
「お前さん。このネンドールを見て、どう思う?」
匠は模型サイズの量産機を手に取り、じっと観察する。
フレーム構造。
関節可動域。
装甲の噛み合わせ。
内部バランス。
視線と指先が、無言で情報を拾い上げていく。
「……これ」
しばしの沈黙の後、匠が口を開く。
「もしかして、前の創造主が作った機体かな?」
ココルの眉が、ぴくりと動いた。
「俺が組み直す前のシルヴィの組み方と似てる……」
「……‼
そうじゃろう‼」
ココルは嬉しそうに指を鳴らした。
「あやつ――ジンクスはの。
こだわりが強すぎる」
「性能を、まるで引き出しておらん」
その声音には、職人としての苛立ちが滲んでいる。
「ヴレイヴァーは、
サウザンドブレイカーであるアヤツが
乗りこなせる“専用機”じゃ」
「他の者では、性能の三割も引き出せん」
匠は静かに頷く。
「……それで、シルヴィも……」
「そうじゃ」
ココルは量産ネンドールの胸部に手を置いた。
「機体は本来、誰が乗っても七割は力を引き出せる設計であるべきじゃ」
「パイロットに合わせるのではない。
パイロットが“引き出せる構造”にする」
匠の胸が、わずかに高鳴る。
それは、彼自身が模索していた答えと近い。
「そこでじゃ」
ココルは振り返った。
「お前さんに頼みたい」
匠が顔を上げる。
「量産機の“組み直し”」
一拍。
「そして――」
にやり、と笑う。
「新しいコックピットを、“創造”してほしい」
その言葉は、単なる改修依頼ではない。
思想の刷新。
設計思想そのものの再構築。
匠の中で、何かが静かに燃え始める。
その瞬間――
ドックの扉が、重々しい音を立てて開いた。
「首尾は?」
低く響く声。
現れたのは、ジャワディーだった。
鋭い視線が二人を射抜く。
「……上々じゃ!」
ココルは振り返り、意味ありげに微笑む。
(なぜ、ここにジャワディーさんが……⁉)
匠は動揺を押し殺し、量産機へ視線を戻す。
思惑と疑念が、静かに交差する。
継ぐ者と、創る者。
その共同作業が、今まさに始まろうとしていた。
新たな再設計は、
すでに動き出している。
――つづく――




