表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RE:TURN ― 風よ、赦せ  作者: TERU


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/46

最終章『塔へ』(38歳)P-040 無機質な来訪者― 祈りの形

灰が、相変わらず世界を鈍らせている。


空は赤く濁って、遠近が途中でほどける。

目を凝らしても、輪郭が“消える”場所がある。


もう基地は見えない。

振り返っても、戻る道は灰に飲まれて形を変えていく。


(……帰る、ってのは方向じゃない。

 選び続けることだ)


足裏の感覚が薄い。

風がないのに、刺す。

息をするだけで、身体の内側から削られていく。


「……どうだ、兄貴」


横でヴィクターが、肩のランチャーをぐっと持ち上げた。


無骨な筒。

金属の冷え。

廃材の継ぎ目。


こいつが“最後の説得力”になると分かっているのが、余計に腹が立つ。


「重いか」


「重い。最高だ。筋肉が生き返る」


「静かにしろ。灰が揺れる」


「揺れた方が気分が上がるだろ」


カインが前方を見たまま、淡々と言う。


「揺れるのは気分だけにしておけ。音は敵を呼ぶ」


「敵は呼んだ方が殴れる」


「殴れる距離まで来たら、もう遅い」


会話は軽い。

でも、誰も本気では笑っていない。


軽さは、潰れないための板だ。

薄い板でも、ないよりマシだ。


ミカはその少し後ろ、リラの横で歩いている。

マスク越しでも、呼吸の浅さが分かる。


四拍。

吸って、吐いて。


それが崩れそうになるたび、

ミカは自分の胸に指を置いて戻す。


(……合図を覚えたな)


リラは歩きながら、装備の確認をしている。

道具袋の口を一度締め直し、

通信端末を胸の位置に戻す。


“戻る道”の担当は、歩き方からして違う。


「ロッカ」


カインが、立ち止まらずに言う。


「塔まで、数時間ってところか?」


「この灰なら、距離より時間が信用できない」


「いい答えだ。最悪だが」


義手の指を開閉する。

センサーが空気の密度を拾う。


風は死んでいる。

だが——“穴”は残る。


空気の薄いえぐれ。

音のないノイズ。


“そこにないもの”が動いたときにだけ生まれる、歪み。


(……来る)


嫌な予感じゃない。

確信に近い感覚。


手を上げる。


「止まれ」


全員の足が止まる。

灰の上に、五つの呼吸だけが残る。


ヴィクターが肩のランチャーを少し上げる。


「どっちだ、兄貴」


「まだ分からん。……上だ」


言った瞬間、空が“鳴った”。


最初は、風の音に似ていた。

だが違う。

風には“乱れ”がある。


これは“規則”の音だ。


ブゥゥゥゥゥ——


低い回転。

そこに細い金属の擦過音が混ざる。


灰の向こう、空に黒い点が増えた。


一つ。

十。

二十。


数えるのが馬鹿らしくなる速度で、

点が群れになっていく。


「……ドローンか」


カインが言い、端末を一瞬だけ見た。

反射的な解析。


だが、すぐに端末を閉じる。


「数が多い。五十……いや、もっとだ」


ミカが息を呑む。


「そんな……」


リラが短く言う。


「群れね。

 塔の周辺、やっぱり“守り”が残ってる」


群れは、一直線じゃない。

円を描いて、こちらを包む。


上から降りるんじゃない。

“囲って落とす”動き。


(……人型より合理的だな)


ヴィクターが笑った。

いや、笑おうとしたのかもしれない。


「団体さんだな!

 あの数は流石にヤベーぞ」


「黙れ。楽しくなるな」


「楽しいんじゃなくて、怖いんだよ。

 怖いと笑うんだよ俺は」


「それは分かる」


その瞬間、ヴィクターの目が一瞬だけ真面目になる。


「……じゃあ撃つか?」


カインが即答する。


「撃つ。近づけるな。囲われたら終わる」


ドローンの群れが、灰の層を削るように回転し始めた。

下に落ちた灰が、逆流する。


羽音が“面”になり、空気が押し潰される。


義手が震えた。

センサーが拾う“風の傷”が、頭上に幾重にも重なる。


(……このままじゃ、呼吸が持たない)


ミカの肩が小さく揺れる。


吸って。

吐いて。


それでも、空気が薄い。


判断する。


「まずいな。ランチャーを使う」


ヴィクターの口角が上がる。

嬉しいんじゃない。

覚悟を固める顔だ。


「球、五発しかねぇけどいいのか?」


「出し惜しみはできない数だ」


(こんなに早く、詩を使うことになるとは)


喉の奥が、嫌な形で熱くなる。

命令詩の残滓が、舌の裏に張り付く感覚。


球を取り出す。

掌に収まる金属の塊。


冷たい。

冷たすぎて、逆に“生きてる”みたいに感じる。


ヴィクターがランチャーを構え、肩に固定する。


「久しぶりだな。兄貴」


目だけで言う。

——また命令に変えないでくれよ。


返さない。

返せない。


返すなら、行動で返すしかない。


「カイン」


「聞いてる」


「ミカとリラを安全圏に。

 取りこぼしは任せる」


「了解。……ミカ、こっちだ」


カインがミカの腕を軽く引き、

リラが半歩先に出る。


三人の動きは速い。

無駄がない。


“戻るための移動”だ。


「照準合わせるぞ!

 兄貴、早く詩を!」


「……分かってる」


球を、ランチャーの装填口に当てる。

義手じゃない右手で。


皮膚の感覚で、“重さ”を確かめるために。


ドローンが降りてくる。

羽音が鋭くなり、空気が裂ける。


もう時間はない。


(祈りは、命令じゃない。往復だ)


深く息を吸う。

四拍。

吐く。

四拍。


喉の奥を押し上げるのは、命令の衝動だ。


叫べば終わる。

命令すれば楽だ。

世界は動く。


——その代わり、俺が戻れなくなる。


(ミカが待ってる。

 リラが道を作ってる。

 カインが判断してる。

 ヴィクターが引き金を引く)


選ぶ。


球に指を添える。

金属の冷たさが、皮膚の内側に残る。


声を落とす。

命令じゃない。

祈りの温度で。


「――風よ」


刹那、ミラの声がよみがえる。


「なら、祈ります。

 帰ってこられるように」


――あの日、俺は祈らなかった。


だから今度は、逃げない。


「壊さなくていい。

 殺さなくていい」


羽音の“面”に、言葉を当てる。


押し返すんじゃない。

割り込ませる。


「ただ……

 生きて戻る道だけを――通せ」


球が、ほんの僅かに熱を持つ。

義手のセンサーが、その変化を拾う。


詩は、外に投げる前に、

まず“自分の中の風”を揺らす。


装填。

カチリ、と噛み合う音。


ヴィクターが唇を噛み、照準を固定する。


「……来るぞ!」


ドローンの群れが、一斉に“落ちた”。


矢の雨みたいに、

黒い点がこちらへ収束する。


(今だ)


「撃てぇ!」


命令じゃない。

願いでもない。


“合図”だ。


「——撃つ!!」


引き金。


ドンッ——!!


鈍い発射音が、灰を叩き割った。


球が空へ飛ぶ。

灰の中を、一本の線みたいに走る。


次の瞬間。


空が、裂けた。


爆発じゃない。

火でもない。


“風の空白”が、

群れの中心を押し広げた。


ドローンの羽音が、途切れる。


一体。

二体。

十体。


落ちるというより、

糸を切られたみたいに“機能を失って”沈む。


灰が舞い、視界が白くなる。


だが、その白の中に——道ができた。


「うおおおおお!!」


ヴィクターが吠える。

笑ってないと、折れる声だ。


「効いてる!! 兄貴!!」


「第二波がある!

 左上、速度が違う!」


群れの一部が“学習”している。


裂けた空白を避け、

外側から回り込む。


「二発目!」


次の球を取り出す。

手が震えそうになる。


(落ち着け。四拍)


吸って。

吐いて。


「――風よ」


短く、鋭く。


「道を……守れ」


装填。


「撃てぇ!」


ドンッ!!


外側の回り込みを、

“押し返す”ように裂く。


裂け目が広がり、

群れが一瞬、隊列を失う。


「今だ!

 後退じゃない——前進!

 裂け目を使え!」


リラが頷き、

ミカの背を押す。


「ミカ、息!

 四拍!」


「はい……!」


歯を食いしばって、頷く。


怖いのに、目が前を向いている。


三発目を迷わず装填する。


残り二発。


これで“道”を抜ける。


(……足りる)


必要なのは殲滅じゃない。

塔へ行くための、数十秒の穴。


息を吸い、祈りを落とす。


「――風よ。

 俺たちの足元だけは、奪うな」


「撃てぇ!」


ドンッ!!


裂け目が地上へ落ち、

灰が一瞬だけ“沈む”。


足元が軽くなり、

踏み込みが効く。


「走れ!」


リラが先導する。

半歩後ろで、ミカに合わせる。


最後尾で、

ヴィクターが笑いながら罵る。


「おいおいおい!

 追いついてくんな筋肉が泣く!」


「泣かせとけ!」


「泣きながら笑うのが筋肉だ!!」


「黙れ!!」


背後で、羽音が再び増える。


裂け目が閉じ始めている。

空白は永遠じゃない。


(残り二発……)


塔は、まだ見えない。


だが、空気が変わった。

灰の“圧”が、一段重い。


近づいている。


(戻れない場所に近づいてる)


それでも、足は止まらない。


最後に一度だけ、振り返る。


灰の中、

黒い点がうねり、再び隊列を組む。


(……次は、別の答えが要る)


ランチャーの球だけじゃない。

拳だけでもない。


耳も、道も、判断も——全部いる。


前を向く。


「行くぞ」


命令じゃない。

合図だ。


帰るための、合図。



〈ロッカ記録ログ040〉

・遭遇:小型飛行AI兵器ドローン群れ(推定50体以上)

・脅威:包囲→収束→同時突入の群れ行動/一部に学習挙動あり

・対処:ランチャー球に“祈り型の詩”を込め、空間裂断=通路生成

・役割:

 - ロッカ:球装填/祈り付与/合図(「撃てぇ」)

 - ヴィクター:照準固定/発射(引き金)

 - カイン:戦況判断/進路指示

 - リラ:隊列維持/生還装備管理

 - ミカ:呼吸維持/随伴(通信班)

・結論:

 命令ではなく、合図で撃てた。

 祈りは世界を壊さない。——道を作る。


――風よ。

俺は命令しない。

ただ、帰る道を通すために、息をする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ