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RE:TURN ― 風よ、赦せ  作者: TERU


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最終章『塔へ』(38歳)P-038 前夜 ― 帰るための合図

地下の夜。


人の声が消えると、機械が喋り始める。

送風ダクトの低いうなり。冷却水の循環。端末の微かな放電音。

どれも「まだ動いている」証拠で、同時に「止まったら終わり」の合図でもあった。


塔アタック前夜。


誰もが“普通の夜”の顔をして、

それぞれの胸の中にだけ、別の夜を抱えていた。



---


ロッカ ― 風と、戻る道


部屋に戻っても、眠る気になれなかった。


義手を外し、接合部の皮膚を確認する。

痛みはある。だが痛みは、慣れている。


怖いのは――痛みじゃない。


「祈りを持って行く」


さっき自分で言った言葉が、まだ喉に刺さっていた。

命令詩にはできない。

押せば動く。叫べば従う。世界が変わる。

あの日みたいに。


――変えたくないものまで、全部。


俺は小さく息を吐く。

呼吸を四拍に整える。吸って、吐いて。


唇を噛む。

昔、カインに言われた言葉だ。


風と向き合う、というより。

自分の中の“命令したがる衝動”を、抑えるための行動。


(……祈りは、弱い)


弱いからこそ、選ぶ。


明日、塔に行くまで何が起きるか分からない。

古すぎるもの。分からなすぎるもの。

それでも、行く。


帰るために。


扉の外で、足音が止まった。



---


ミカ ― 「行く」前の、言い訳


通信室から戻る途中、私はずっと自分の指を見ていた。

包帯も取れた。腫れも引いてる。

でも、恥ずかしさが引かない。


(壁に指……って……なに……)


ヴィクターの顔が脳内で笑っている。

“コツさえつかめば誰でもできる”

――嘘じゃないけど、誰でもじゃない。


今思い出しても笑える。

(あの頃は、私もどうかしてたな…)


それでも不思議だった。

怖いはずの外の話が、あの人がいれば大丈夫な気がする。

塔に行くって決めた。何もしなければ何も変わらない。


医療区画の手前で、シアが呼び止めた。



---


シア ― 地下に残る人の覚悟


「ミカ」


シアは手袋を外して、ミカの指を見た。

怒らない。目だけが真剣だった。でも


「……見せて、 まだ痛むの?」


「もう痛くはない……でもちょっと……」


「まさか本当に真似するとは思わなかったけどね」


「それは言いっこなしの約束じゃん!」


顔を見合って二人で笑った。


でもすぐ、表情を戻す。


医療区画の奥では、咳き込む音が続いている。

灰は体の中に残る。


「わたしは医療班として、地下を支える」


シアは、あえて言葉を選ばずに言った。

逃げ道を作らない言い方で。


「ミカたちが外で戻る道を作るなら、

 わたしはここで“戻ってきた体”を守る」


ミカは頷く。


「だから……必ず戻ってきて」


その一言が、ミカの胸に深く刺さった。

“行く”って言葉には、いつも誰かの“残る”がくっつく。


「……うん。帰る」


ミカの返事は、小さくて強かった。


シアは、ミカの額に手を当てて――昔みたいに撫でた。


「行っておいで。

 帰ってきたら、子どもたちに怒られなさい。

 “お姉ちゃん遅い”って」


ミカは笑って、目が少しだけ潤んだ。


「うん。怒られる」



---


リラ ― 触れる手、震える手


作業区画の照明は落とせない。

落とした瞬間、部品の影が狂う。

影が狂えば、人が死ぬ。


リラはケーブルを束ねながら、呼吸の数を数えていた。

怖いのを、誤魔化さないために。


(塔は冷たい。生きてる機械ほど冷たい)


鍵。遮蔽板。短距離通信。除染パック。

派手じゃない道具ばかり。

でも派手じゃないものが、最後に命を拾う。


端末の蓋を閉じると、そこに影が落ちた。


ヴィクターだった。


「リラ!これ、持ってけ!俺の筋肉に次ぐ強度だ!」


差し出されたのは……謎の補強板。

どう見ても廃材を“筋力で曲げた何か”だ。


「……ありがとう。たぶん役に立つわ」


「だろ!?あと前にミカにさ、壁に指――」


「それは二度と言うな」


リラの即答に、ヴィクターが肩をすくめた。


「はいはーい。兄貴に怒られたしな」


(…本当に、変わらない)


リラは溜息を吐きながら、道具箱を閉じた。


「ヴィクター。あんた、ふざけるのは勝手だけど」


「お?」


「“帰る”って言葉を、軽くするな」


ヴィクターの笑顔が一瞬だけ止まった。

次の瞬間、いつもの顔に戻る。


「……軽くしてねぇよ」


声だけが、少し低かった。


「軽くしねぇと、潰れそうになるだけだ」


リラはそれ以上言わなかった。

それは、彼なりの祈りの形だから。



---


ヴィクター ― 笑う筋肉、折れない背中


訓練場で一人、シャドーを打つ。

いつもの半分の力で。

いつもの倍の集中で。


灰の道は、戦場より嫌だ。

敵が見えないから。


兄貴は変わった。

“勝つ拳”じゃなく、“戻る拳”になった。

それを否定しない。


でも、戻るためには――

勝つ必要がある瞬間もある。


「……ミカ」


あいつは、強い。

強いのに、強いって顔をしない。


だから守る。

俺の筋肉に替えて守る、ってのは冗談じゃない。

守りながらの戦いは簡単じゃねぇ。だからこそ鍛えてきた。俺にできるのはそれだけだ。


「よし」


息を吐く。


「明日は、守って塔に行く」



---


カイン ― 判断する者の眠れない夜


指令室のモニターは、夜でも消えない。


消すと、頭の中のノイズが逆に増える。

だからカインは、光を残したまま座っていた。


塔が古すぎる。

獣型兵器が古すぎる。

001ログが断片すぎる。


分からないことが多い。

分からないのに行く。

そして行くと決めた以上、戻る確率を上げるしかない。


通信班の名簿に目を落とす。


ミカ。リュウ。

二名。


片方を連れて行けば、片方が残る。

残った片方が倒れれば、地下が死ぬ。

簡単な算数だ。


だからミカを連れて行く。


それが最適解。

感情ではなく、計算。


だが――

計算だけでは、世界は救えないことも知っている。


(祈りの適正)


カインは目を閉じる。

あの日以来、何度も考えた。


命令詩は世界を動かした。

祈りは……世界を繋げるのか。


それを証明できるのが、ミカなのかもしれない。


そしてそれが、ロッカを壊さずに進ませる唯一の方法かもしれない。



端末のスピーカーが、誰も触れていないのに「……ざ……」と息を漏らした。

カインは一度だけ手を止め、何もなかったふりをして閉じた。


「……寝ろ」


誰に言ったのか分からない言葉を落として、

カインは端末を閉じた。




---


ミカ ― 前夜の部屋


ロッカの部屋の前で、ミカは一度だけ躊躇した。


“今日は昔みたいにここで寝る”

そう決めたのは自分なのに、

扉の前に立つと急に、子どもみたいな気持ちになる。


コンコン。

返事を待たず、扉を押した。



「……ミカ」


中は静かだった。

ロッカは椅子に座って、外した義手を膝の上に置いている。


「……寝るのか」


私は毛布を抱えて頷く。


「今日は……ここ」


ロッカは何も言わず、視線を外した。

許可の代わりの沈黙。


私はベッドの横に毛布を敷き、そこに座った。


「おじさん」



ロッカの肩が、ほんの少しだけ動く。


「大人が壊した世界を、直すんだよね」


ロッカは少し戸惑いながら言った。


「ミカに空を……タクミと約束した」

「……灰じゃない空だ」


私は問いかける。


「私、もう一度普通に外に出たい」


「取り戻す。いや、“戻す”」


私は当たり前みたいに言った。


「うん。戻す」


沈黙が降りる。


やがてロッカが、息を吐いた。


「……あいつは、もう気づいてたんだな。

 ミカの呼吸が、風を繋いでるって」


私は頷いた。


「でも…おじさんが、繋いでくれた」


灯りを落とす。


暗闇の中で、私は目を閉じた。


そして――眠りに落ちる直前。


合図。


胸が二度、こつりと鳴る。


・・


ロッカが、遅れて二度返す。


・・


今日は、風が逆流した。


でも、合図は届いた。


“帰る”って言葉が、音になって部屋に残った。


私は小さく笑って、眠った。


ロッカは眠れないまま、暗闇に息を合わせた。


(……帰るために行く)


明日は、塔へ。


命令じゃない。

祈りを持って。



---


〈ロッカ記録ログ038〉

・塔へ前夜:各員の配置/覚悟確認

・シア:医療班として地下残留を宣言

・リラ:装備最終調整完了

・ヴィクター:護衛継続(冗談で覆う本気)

・カイン:通信班の最適解としてミカ同行を再確認

・ミカ:前夜、同室/合図確認

・結論:

 帰る道は、まだ音になっている


> ――風よ、

帰るために、息をする。




---


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