表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RE:TURN ― 風よ、赦せ  作者: TERU


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/46

第9章『塔の脈動』(37歳) P-032 欠片の声 ― ARC01メモリの解析

ロッカさんの服は、灰の匂いがした。

でもそれは、もう怖い匂いじゃなかった。


「……ただいま」


その一言が、地下の空気を“戻す”音だった。


ミカは腕を離せないまま、ロッカさんの胸に額を押し当てる。

鼓動は遅く、重く、確かだった。生きている音。


右手が背にある。

力は強いのに、触れ方は不器用で――それでも、あたたかい。


「……外、どうだった?」


聞きたいことは山ほどあるのに、出てきたのはそれだけだった。


ロッカさんは一拍置いて、


「……死んでた」


とだけ答えた。


それで十分だった。

“生きて帰ってきた”事実が、言葉よりずっと重い。



---


後ろで、わざとらしい咳払い。


「はいはいはい! 感動の再会は一旦ここまでな!

 兄貴ィ、そのままじゃ灰が地下に落ちる!」


ヴィクターさんが腕を組んで笑う。


「ミカ、あとで俺にも抱きつけよ!」


「しない」とロッカさん。


即答。


「冷てぇ!!」


カインさんが端末を軽く掲げた。


「まず除染だ。外気の灰は肺とフィルターに残る。

……ミカ、離れろ。手が汚れる」


「だ、だいじょうぶ……」


そう言いながら、名残惜しく腕をほどく。

指先が、ロッカさんの袖を掴んだままになった。


ロッカさんは、それを振りほどかなかった。



---


医療区画


照明は白く、風は弱い。

リラさんが手袋をはめ、ロッカさんのマスクを外す。


一瞬だけ、地上の匂いが流れ込む。


ミカの喉が、きゅっと縮んだ。


(……外の匂い)


「吸い込み量は少ない。今日は“弱い日”だからね」


聴診器を当てながら、淡々と続ける。


「でも油断はしない。肺音、聞かせて」


ロッカさんが息を吸うたび、ミカは無意識に呼吸を止めていた。


カインさんが数値を読み上げる。


「SpO₂良好。炎症反応は軽微。

義手の接合部も腐食なし……ただし筋疲労は濃い」


「ほらな兄貴! 鈍ってんだよ!」

ヴィクターさんが笑う。


「焦げコーヒーが足りねぇ!」


「黙れ」


「元気じゃん!」


リラさんがロッカさんの頬の裂傷に薬を塗りながら、ミカを見る。


「今日はもう仕事はしない。

……ロッカが戻っただけで、あなたの体温が上がってる」


「え……分かるの?」


「分かる。私はそういうのが分かるの」


最後に、義手に触れて目を細める。


「……ちゃんと“拾ってる”。良かった」


ロッカさんは短く、


「……ああ」


と答えた。


その声が、ミカには少しだけ救いに聞こえた。



---


除染が終わると、補給品の仕分けが始まった。

医療資材、フィルター、酸素カートリッジ。


地下の人たちの声が、少しずつ明るくなる。


でもロッカさんの目は、笑っていなかった。

どこか、遠いところを見ている。


(……外で、何か見たんだ)


そのときだった。


「ロッカ。こっちだ」


カインさんの声が、仕事の声に変わる。



---


指令室


機械の匂いが濃い。

古いモニターの光が、影を青く切っている。


ミカは入口で立ち止まる。


入っていいとは言われなかった。

でも追い出されもしなかった。


リラさんが、そっと肩を押す。


「聞いておきなさい。

これは……あなた達の話でもあるから」


ミカは、小さく頷いた。


ロッカさんは椅子に座らない。

義手の指を、ゆっくり開閉しながら立っている。


カインさんが画面を切り替えた。


「塔〈ARC-01〉について、確定事項が増えた」


「“まだ生きてる”とかか?」とヴィクターさん。


カインさんは頷く。


「……近い。塔は完全停止していない」


ロッカさんの視線が、わずかに鋭くなる。


「根拠は」


「今まで、地下で観測を続けた。

灰針層の脈動と、塔周辺の微弱電流が同期している」


画面に、規則正しい波形が並ぶ。


「弱いが、周期がある。……脈だ」


ミカは息を飲んだ。


(塔が……脈を打つ?)


「今日、地上に出て確信した。

外の環境が弱いとき、塔の反応が一段はっきりする」


カインさんは言い切った。


「……塔は、まだ“環境と繋がっている”。生きてる側だ」


ロッカさんが低く言う。


「……起こせるのか」


カインさんは、すぐに答えなかった。


「可能性はある。

だが、それを“証明できる材料”が足りなかった」


視線が、ロッカさんの腰元に向く。


「お前が持っているものがあるだろ」


ロッカさんは黙ったまま、ポーチを開く。


小さな金属音。


掌に収まったのは、黒いメモリ。


「ARC-01メモリ……

――祈り層の記録だ」


机に置かれる。


「タクミから受け取った。

あいつが、ルカから受け取って……俺に渡した」


その名に、ミカの胸が締め付けられた。


カインさんは、触れずに言う。


「……やはり持っていたか」


「黙ってたんじゃない」

ロッカさんが言う。


「封じてた」


リラさんが小さく息を吐く。


「触れたら、戻れなくなると思ってたのね」


沈黙が、それを肯定した。


「解析する。いいな」


「……壊すな」


「壊すなら、俺が先に死ぬ」


「ロマンだな!」

「黙れ」


接続音。

画面が乱れ、文字が浮かぶ。


〈ARC-01……停止……不完全〉


ロッカさんの呼吸が、一拍止まる。


「ほらな」

カインさんが静かに言う。


〈再起動……条件……未確定〉

〈……入力……〉


「入力……外からの何かだ」


「命令詩か?」ヴィクターさん。


「違う」

カインさんは首を振る。


「命令は上書きだ。

塔が求めているのは……同期に近い」


沈黙。


「塔を動かさない限り、灰は止まらない」

「だが起動は、全てを消す可能性もある」


ロッカさんの義手が、ぎ、と鳴った。


ヴィクターさんが言う。


「何もしないで死ぬか、やって死ぬかだろ」


「……まだ決めない」


ロッカさんの声は低い。


カインさんが締める。


「次の“弱い日”まで、長くて一年。短ければ、もっと早い」


「ログを復元し、文献を洗い直す。

……ようやく、スタートラインだ」


リラさんが頷く。


「起こすなら、戻る道も作る」


ミカは、その意味が少しだけ分かった。


(帰ってくる道)


ロッカさんが言う。


「……今日はここまでだ」


カインさんは画面を閉じた。


「塔は生きている。

……そして、灰は待ってくれない」



---


〈ミカ記録ログ032〉

・塔:完全停止ではない(長期観測+地上での確信)

・ARC01メモリ:ロッカが封印していた祈り層の断片

・判明:〈停止=不完全〉〈再起動条件=未確定〉

・期限:次の“弱い日”まで約一年

・結論:

 希望は見えた。

 でもそれは、刃みたいに危ない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ