第8章『灰上の再会』(37歳) P-031 ただいまの形 ― 風が戻る場所
階段の影が揺れた。
金属靴の音が三つ。
重い音。静かな音。風みたいに軽い音。
それが一段ずつ、地下へ降りてくるたびに、
胸の奥の空気がひゅっと細くなる。
(もう……すぐ……)
リラさんが後ろで何か言った気がしたけれど、
言葉は頭に入らなかった。
膝はまだ震えてるのに、勝手に前へ進む。
---
階段が開く ― 灰を連れた影
最初に姿を見せたのは――長い棒を肩に担いだ大きな影。
ヴィクターさん。
灰をぱらぱら振り落としながら、満面の笑みで手を振る。
「久しぶりだな、ミカ! ……って、おいおい泣いてんのか?」
ミカは首を振ろうとして、振れなかった。
涙が勝手にあふれて視界が揺れる。
次に、静かな影。
フードを少しだけずらしたカインさん。
相変わらず落ち着いた瞳で、でもどこか優しく頷いた。
「ミカ。……大きくなったな」
その言葉で、
胸の中の何かが崩れ落ちた。
でも――そこじゃない。
ミカの目が自然と探すのは、ただひとつ。
---
そして最後に――
灰色の空気の向こう。
階段の中ほどに、一人立っていた。
ゆっくりと降りてくる影。
肩に灰を乗せたまま、息を少しだけ乱して。
左腕の義手が淡く光る。
右手には、見慣れた重たい影。
ロッカさんだった。
名前を呼ぼうとしたのに、声より先に涙が落ちた。
ロッカさんは階段を降りながら、
息を整え、視線をまっすぐこちらに向けてくる。
無表情じゃない。
怒ってもない。
疲れでもない。
――“帰る場所を見つけた顔”だった。
---
ミカの脚が、勝手に動いた
考えるより早く、身体が走っていた。
胸が痛いくらい熱くて、
足元の床が揺れて、
視界が涙でぼやけて。
それでも、迷わなかった。
「ろっ……ロッカさんっ……!!」
声が震える。
呼吸が乱れる。
でも止まらない。
---
ぶつかるように、抱きついた
ロッカさんが驚いたように目を開く。
その胸に飛び込んだ瞬間――
外の冷たい灰の匂いが、ミカの鼻をくすぐった。
でもそれよりも、
ロッカさんの体温が確かで、
胸の中の鼓動がズシンと響いてきて。
(生きてる……)
腕の力が勝手に強くなった。
ロッカさんの胸元の布が、涙ですぐ濡れた。
「――ミカ」
その声は小さくて、低くて、優しかった。
震えた呼吸が、ミカの髪に落ちてきた。
「……戻った」
たったそれだけの言葉が、
胸の奥の針全部を溶かしてしまうくらい、強かった。
---
ロッカさんの手が、そっと背に触れた
義手じゃない方の右手。
ぎこちない。
でも、強い。
「……待たせた」
ミカは首を振ることしかできなかった。
「ううん……っ、待つの……できたよ……
でも……でも、怖かった……っ」
ロッカさんの胸が、少しだけ震えた。
「……悪い」
「違うの……違うのっ……
怖かったけど……戻ってきてくれたら、それで……いい……」
涙で言葉が途切れても、
ロッカさんは何も言わず、ただ受け止めてくれた。
その静けさが、何よりも安心に近かった。
---
後ろで、二人が静かに見ていた
ヴィクターさんは、でっかい声を飲み込んだみたいに口を押えてる。
「……うぉ……なんか……泣きそう……」
「泣くな。空気がうるさくなる」とカインさん。
「お前も目潤んでんだろ!」
「計測値の反射だ。科学的現象だ」
「目が反射するか!」
いつもの喧嘩声が、遠くで揺れるみたいに聞こえた。
ロッカさんの胸の中だけが、やけに静かで、暖かい。
---
やっと、息ができた
ミカは服を握りしめたまま、呟く。
「……ロッカさん……
“帰ってきてくれて”……ありがと……」
その言葉にロッカさんは、少しだけ目を伏せ――
ミカの背に置いた手に、ほんのわずか力を込めた。
「……ただいま」
声は低くて、短くて、
だけど世界で一番、優しい音だった。
---
〈ミカ記録ログ031〉
・外の気配:足音の区別がはっきり聞こえた
・帰還:ヴィクター/カイン/ロッカ 無事
・心理:恐怖 → 走り出し → 抱きつき → 安堵
・結論:
“ロッカさんが帰ってきた世界で、ミカはようやく息ができる”




