第6章『静かな墓標』(26歳) P-018 埋葬 ― 灰の下で、時間が死んだ
灰は止まらない。
落ちて、積もり、また落ちてくる。
空も地面も境目がなく、世界そのものが静かに崩れていくみたいだった。
地下の丸い丘から、もう一度タクミを抱き上げた。
冷たくなった体を、腕一本で支える。
どれくらい歩いたのか分からない。
時間は、灰の重さと一緒に息を止めていた。
ミカは、すでに基地に預けてある。
熱い額に触れたとき、俺の中の“最後の判断”がまだ生きていると分かった。
それだけが救いだった。
それ以外のことは、ほとんど全部、灰の中に沈んでいる。
気づけば、町の広場に立っていた。
音が死んでいる。
真ん中の噴水は黒く、円の形に焦げて沈んでいた。
そこに四つの影を並べる場所がある気がした。
俺はタクミを横たえた。
その横に、ルカ。
その隣に、ミラ。
そして、一番端に――レイの空の場所。
遺体はない。でも、名前はそこにある。
名前だけで、十分だ。
右手で瓦礫をどける。
粉々のガラス。焼けた木。冷たい鉄。
左腕はもうない。
肩から先に感じるはずの重さは、皮膚の“想像”としてだけ存在している。
それでも右手ひとつで掘る。掘り続ける。
そう決めた。
どれだけ掘ったか、もう分からない。
灰が消えていくのか、積もっていくのかも分からない。
胸が焼けているのに、呼吸だけは機械みたいに動いていた。
その途中で、何度か膝が折れた。
倒れても、次に立ったのが何時間後か、何日後かも分からない。
太陽も灰に殺され、空の色が一度も変わらなかったからだ。
気づけば、四つの穴が並んでいた。
どれも同じ形で、同じ深さだった。
手の皮は裂け、爪が剥がれ、血が乾いて白くなっても――
掘る動作だけ続いていた。
それが、自分がまだ“完全には壊れていない”証だと、どこかで思っていた。
瓦礫の下から、青いものが光った。
ミラの風鈴の欠片だった。
焦げたガラスの中で、そこだけがまだ“色”を持っていた。
風があったら鳴っただろう。
でも今は世界が息をしていない。
俺はそれを四つの墓の真ん中に、そっと置いた。
灰が落ちる音が、鈴の代わりに鳴った。
とても弱く、とても短く。
「……ミラ」
声にすると崩れそうで、ただ口の中で転がす。
名を呼べば、胸骨の裏で眠っている詩が起きる気がして怖かった。
ルカの名も、タクミの名も、レイの名も呼ばなかった。
呼ばずに埋めた。
名を口にすると、世界がまた命令になる気がしたから。
指で灰を押さえる。
指の跡が残る。
それが墓標の形になっていった。
どれだけの時間、そうしていたのか分からない。
灰が降り、俺が押さえ、灰が積もり、押さえ、また積もる。
音がないから、夜も昼もなかった。
そして急に――立ち上がれる瞬間が来た。
身体が壊れ切る前に、わずかな“終わり”が訪れたのだ。
四つの丸い影が並んでいた。
レイ。ミラ。ルカ。タクミ。
どれも同じ深さ、同じ形。
それで十分だった。
風鈴の欠片が、灰の中で青を失っていなかった。
ほんのわずかに光る。
光なのか、思い出なのかは分からない。
息をした。
それが、自分の音だった。
倒れなかった。
倒れていないと思った。
でも気づけば、膝が地面についていた。
そのまましばらく、動けなかった。
体が動かなかったのか、心が動かなかったのか、区別もつかなかった。
いまは泣けない。
泣いたら詩が漏れる。
詩が漏れたら、風が死ぬ。
だからただ、呼吸だけしていた。
四拍で吸い、四拍で吐く。
灰の音に合わせる。
風が戻るまでの、仮の呼吸だった。
ようやく視界が持ち上がる。
灰の空は、天井みたいに平らだった。
雲が動いたように見えたが、ただ灰が揺れただけだ。
四つの墓の前で、言葉を探した。
けれど何も出てこなかった。
言葉がなければ――覚えるだけだ。
それがいまの祈りだ。
ミカを迎えに戻らなきゃならない。
まだ体が冷えているはずだ。
熱が下がったかも分からない。
歩けるのかも分からない。
それなのに、足が動くまでにずいぶん時間がかかった。
どれだけの時間が過ぎたのか、もう分からない。
ただ、埋葬は終わった。
俺の中で何かが壊れた音もした。
でも、生きている。
風鈴の欠片は、胸ポケットの中で静かに揺れていた。
音はしない。鳴らない。
それでも、持っている。
歩き出す。
灰が音もなく靴裏を埋める。
背中の痛みも、手の血も、全部灰に吸われていく。
どれだけ歩いても、夜か昼か分からない。
時間が死んでいる。
それでも、基地は見えてきた。
あの地下の灯りがかすかに輝いて見える。
あそこにミカがいる。
それだけが、俺の方向だった。
世界が静かすぎて、胸の中の鼓動だけが風の代わりに聞こえた。
その音を頼りに、暗い地下へと戻っていった。
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〈ロッカの記録ログ018〉
・埋葬:レイ/ミラ/ルカ/タクミ(広場中央に並列)。
・風:なし。灰のみ。
・時間:不明。空の色の変化なし。
・右手:裂傷・爪剥離多数。痛覚より先に動作優先。
・今後:ミカの状態確認。基地地下機能の維持を最優先。
> ――風よ、戻らなくていい。
この静けさで、覚える時間がある。




