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最終話. 好きすぎます!

 結婚式の日は快晴だった。


 華やかに飾り立てた王城の庭園には、親族として国王夫妻、そして飛空騎士団の面々が勢揃いしている。

 王族の式としてはかなり質素で小規模であるし、そもそも野外で行われることが前代未聞であるが、ジェラルドとエヴェリーナたっての希望がありこういう形となった。


 純白のウェディングドレス姿のエヴェリーナは、式の始めから絶え間なく()()()たちに囲まれ続けている。


『ポケキョッ』

『わふわふっ』

『クルクルルル』

『ンポッポー』

『にゃーん』

『ウホッホーイ』


「まあ、皆様。こんなにも祝福してくださってありがとうございます」


 エヴェリーナが感極まった様子で、レースのハンカチで目頭を押さえた。

 馬、トカゲ、リス、犬、タヌキ、うさぎ。飛空騎士団の騎獣は多様な見た目をしているが、その誰もがエヴェリーナの結婚を祝福していた。

 騎獣の壁に阻まれて、新郎であるジェラルドがなんとも微妙な顔をして突っ立っている。


「エヴェリーナが、見えない……」


「やあ、団長。この串焼き美味しいですね」


「やめろディルク。白の礼服が汚れるから近づくな」


 しッしッとディルクを騎士団の部下たちの方へ追い払い、ジェラルドは気合いを入れ直した。

 自分がエヴェリーナの隣を譲ってやるのは、あくまでライオネルにだけだ。それだってライオネルが右に立つならジェラルドは左に、ライオネルが左ならジェラルドは右にというように、ジェラルド自身は決して退くつもりはない。


 強い決意を込めて踏み出した瞬間、巨大な騎獣がふわりとジェラルドの側に着地した。


『ガウッ!』


「おお、戻ったかライオネル。……トーミも、ご苦労だったな」


 申し訳なく思いながらねぎらえば、トーミが邪気のない顔でにこりと笑った。


「いいえ、ちっとも。ライオネル様は大人しく洗わせてくださいましたよ。毛並みがあまりに素晴らしく、姉が虜になるのもわかる気がいたしました」


 今日のライオネルは純白の蝶ネクタイを身につけていたが、式の中盤で見事にステーキをひっくり返して汚してしまったのだ。

 黄金の毛並みにまでソースが飛んで、ライオネルは『キュン……』と悲しげに泣いて落ち込んだ。それを見たエヴェリーナが、なんとウェディングドレスを腕まくりして洗いに行こうとしたのだ。


 ジェラルドとトーミは二人がかりで止めるのが大変だった。


「ライオネルがトーミに触れられるのを許してくれてよかった。そうでなければ、俺自ら洗いに行かねばならないところだったぞ」


「ジェラルド殿下も本日の主役なのですから、駄目ですよ」


 トーミはくすくす笑いながら、ライオネルの毛並みを優しく撫でた。憧れの眼差しをライオネルに向け、そっと額を押し当てる。


「いいなぁ……。やっぱり僕も、騎獣を持とうかなぁ」


「お、その気になったか? エヴェリーナから、お前は騎獣を持つ気がないと聞いていたが」


「……僕もね、解放されたのかもしれないです。これからは姉を見習って、好きに生きてみようかと思うのですよ」


 トーミは眩しそうに空を見上げた。

 その顔は晴れ晴れとしていて、なぜかジェラルドまで嬉しくなった。


(……もしかしたら、空を飛ぶのに憧れたのはエヴェリーナだけではなかったのかもしれないな)


 それも当然だ、とジェラルドは思う。

 エヴェリーナが空を飛ぶ父を見上げる傍らには、きっといつも弟であるトーミの姿もあったに違いないのだから。


『ガウ~ッ、グルルルッ!!』


「ああ、ライオネル様が姉の周りの騎獣たちを追い払いましたね」


 王者の登場に、騎獣たちがすばやく道を開けた。

 トーミが小さく独りごちた途端、背後から国王夫妻がひょっこりと顔を覗かせた。王妃メリンダの手には料理が山と盛られた皿がある。


「あら、本当に。ならばわたくしたちも伺おうかしら。エヴェリーナ嬢はまだ何も口にしておりませんもの、きっとお腹をすかせていらっしゃいますわ。ねえ陛下」


「う……っ、う……っ」


「もう。いい加減泣きやんでくださいまし」


 ハンカチを濡らしっぱなしの国王サイラスに、メリンダは呆れ顔だ。

 夫を慰めながらひょいひょいと料理を口に入れ、「たまにはこのようなパーティも良いものですわ。気取らなくて済みますし」とご満悦である。


「義姉上は好きなだけ食べていてください。エヴェリーナには俺が持っていきます」


 ジェラルドはメリンダに待ったをかけて、手を汚さずに食べられる軽食を自ら選り分ける。

 エヴェリーナの方を振り向けば、エヴェリーナがライオネルの首に抱き着くのが見えた。


「ああライオネル様、好きすぎますっ」


「……クッ。俺も一度ぐらい、あんなふうに言われてみたいものだ」


 小声でこぼしたら、トーミがぷっと噴き出した。耳ざとく聞きつけたメリンダの目がきらりと光る。


「エヴェリーナ嬢ーっ! ご夫君がっ、自分にも言ってほしいとヤキモチを焼いておられますわぁ~っ!!」


「だーっ義姉上ぇっ!?」


「っふ、あはははっ!!」


 エヴェリーナは一瞬ぽかんとして、それからみるみる真っ赤になった。

 満足気なメリンダと、笑い転げるトーミを置いてジェラルドは走り出す。今日は抜かりなく持ってきた安全具のベルトを拾い上げ、立ち尽くすエヴェリーナの手に料理の皿を押しつけた。


「エヴェリーナ、これより新郎新婦はしばしの休憩に入る!」


「は、はいっ!」


 たっぷりしたレースのドレスをたくし上げ、ジェラルドはエヴェリーナを横座りにライオネルの背に乗せる。自分も飛び乗ってすばやく安全具を装着し、瞬く間に二人は青く晴れ渡る空に到着した。


「ライオネル。王城の周囲を適当に飛んでくれ。……ほら、エヴェリーナ」


 エヴェリーナから皿を取り返すと、ジェラルドは生ハムの載った一口大のタルトをエヴェリーナの口に入れてやる。

 エヴェリーナは目を丸くして、それから幸せそうに咀嚼した。


「……美味しい。わたくし、すごくお腹が減っていたみたいです」


「それはよかった。次はどれにする?」


 エヴェリーナは無言で、まじまじとジェラルドを見つめる。

 どうして皿ではなく俺を見る?とジェラルドが不審に思った瞬間、エヴェリーナは突然両腕を回してぎゅっとジェラルドに抱き着いた。


「では、ジェラルド殿下に」


「はっ!?……おっ、俺は食べ物ではないが!?」


 真っ赤になって動揺するジェラルドを、エヴェリーナは愛おしげに眺める。

 そっと指先で頬を撫で、花が咲いたように美しく微笑んだ。


「――ジェラルド殿下が、好きすぎます!」

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