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16.見つけた気持ち

 ぴったりと触れ合ったジェラルドの体が熱い。

 それとも熱いのは自分の体だろうか。エヴェリーナはぼんやりした頭で考える。


(心臓の音が、うるさくて……音楽が聞こえない)


 そもそもダンスを踊るのだって久方ぶりだ。

 ジェラルドのリードが上手いお陰で何とか様にはなっているが、エヴェリーナは自分が情けなくなった。ジェラルドにどう思われたろう、とひどく不安になる。


「エヴェリーナ。俺のダンスはどうだろうか?」


「! と、とてもお上手です。殿下のリードは踊りやすいですわ」


 慌てて笑顔を作れば、ジェラルドは「よかった」とふわりと微笑んだ。

 その優しい笑みに、エヴェリーナの心臓がまたドクンと跳ねる。


「白状するが、付け焼き刃なんだ。ここ一週間で義姉上に猛特訓してもらって」


「一週間!? まあ、さすがはジェラルド殿下です。運動神経に秀でたかたは、やはりダンスもお得意なのですね」


 ジェラルド自身もダンスの経験は多くないと知り、一気にエヴェリーナの心が軽くなる。

 体からもちょうど良い具合いに力が抜け、ジェラルドに体を預けて音楽に耳を傾けた。琥珀色のドレスの裾がふわりと揺れて、エヴェリーナの気持ちも華やかに浮き立つ。


「……お前は、さっきの失礼な令嬢たちに」


 エヴェリーナの耳に唇を寄せ、不意にジェラルドがささやきかける。


「確かに自分は行き遅れだの、後がないだのと馬鹿なことを言っていたろう。お前らしくもない。いつも前だけを向いて、見ていて清々しくなるほど己の欲望に忠実なくせに」


「……だ、だって」


 エヴェリーナは唇を噛んだ。


 父の死後――伯爵家の存続のため己がした選択に悔いはないものの、それらは紛れもない事実なのだ。

 うつむくエヴェリーナの頬に指を掛け、ジェラルドが顔を上げさせる。


「確かに『後』はないかもな」


 息を呑むエヴェリーナに、ジェラルドは優しい笑みを向けた。


「その代わり、ひたすらに前だけを見るエヴェリーナには、無限に広がる『この先』があるだろう? お前は安心してこのまま好きに己の道を突き進むがいい。――いつまでだって、俺とライオネルが一番近くで支えよう」


「……っ」


 エヴェリーナの瞳が潤み、みるみる決壊する。

 どうして、とかすれた声を上げるエヴェリーナの手を引いて、ジェラルドはダンスの輪を外れた。大広間の片隅で、後から後からこぼれるエヴェリーナの涙を丁寧にぬぐってくれる。


(どうして……?)


「どうして、わたくしなどに、それほど優しくしてくださるのです……?」


 エヴェリーナは勇気を出して問いかけた。

 本音を言えば、飛び上がるほどに嬉しかった。それでもジェラルドの優しさに、このまま甘えていいのかという迷いがあったのだ。


(許されるなら、わたくしはいつまでだってジェラルド殿下とライオネル様のお側にいたい)


 けれど、そんなわがままを言う資格が自分にあるのか。

 唇を震わせるエヴェリーナを、ジェラルドが無言で抱き寄せる。


「エヴェリーナ。俺は、心からお前を――……げ」


「え?」


 きつかったジェラルドの腕がゆるみ、エヴェリーナはきょとんと顔を上げた。

 いつの間にか、周囲の招待客の視線が全てこちらに集中していた。その筆頭は国王夫妻で、なぜか国王サイラスは滂沱の涙を流している。


「ジェ、ジェラルド……っ。ようやく、ようやくお前も身を固める気になってくれたかっ」


「ほほほ、陛下ったら。ですからわたくしが何度も申し上げたではございませんか」


「ああ、ああ、メリンダ。お前が正しかったのだな。こうとなっては舞踏会などやっている場合ではあるまい。善は急げだ、早速これよりジェラルドとエヴェリーナ嬢の婚約式を始めよう!」


「…………エヴェリーナ。逃げるぞ」


 ジェラルドは低い声で告げるなり、「ライオネル!」と指笛を鳴らした。


『ガウッ!』


 クリームの付いた口をもぐもぐさせながら、ライオネルがこちらに駆けてくる。悲鳴を上げる招待客の頭上を飛び越して、軽やかにジェラルドの真横に着地した。


「何か食べてたろ、お前」


「――団長! 状況はさっぱりわからんが退路は確保しております!」


「姉様、殿下! お早く!!」


 バルコニーに続く扉を左右からディルクとトーミが開け放つ。

 ジェラルドはひとつ頷くと、ひらりとライオネルの背にまたがった。当然のように差し伸べられた手を、エヴェリーナもしっかりと掴み取る。


「今宵の舞踏会、我らはお先に失礼させていただきます!」


 国王夫妻に笑いかけ、ジェラルドはライオネルに合図する。ライオネルはバルコニーに飛び出して、すかさず力強く床を蹴った。

 エヴェリーナは衝撃に一瞬目をつぶり、再び開いたときにはもう、遥か高い夜の空の中にいた。


「……っ。わ、あ……っ」


「今日は安全具がないからな。俺にしっかりしがみついていろ、エヴェリーナ」


 きつく抱き寄せられ、エヴェリーナは頬を染めて頷く。

 闇の中で輝く王城を眼下に見下ろし、二人は冷たい夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。ほてった体が冷えていくのが心地いい。


 大広間でのダンスは、まるで夢の中にいるようにふわふわして現実感がなかった。けれど今、霧が晴れていくように視界がはっきりと開けるのをエヴェリーナは感じた。


(……ふふっ、そうだったのね。わたくしは……)


「ジェラルド殿下」


 お腹に回されたジェラルドの手に、自身の手を重ねる。泣き笑いの表情でジェラルドを見上げた。


「……わたくしも、ずっとお側に、いたいです。ライオネル様と……ジェラルド殿下の、一番近くに」


「ああ。もちろんだ」


 ジェラルドが当然のように頷き返してくれる。

 それが嬉しくて、エヴェリーナの目から涙がこぼれ落ちた。トン、と温かなジェラルドの胸に額を付ける。


「……幼いころ、母から言われた言葉があるのです」



 ――エヴェリーナ、騎獣で殿方を選ぶのはお勧めしませんよ?


 ――だって、愛しているのが騎獣なのかその(あるじ)なのか、自分でもわからなくなってしまうじゃない? 両方分けて考えられるほど、エヴェリーナが器用だとはお母様とても思えないわ



「……ですがどうやら、それは母の杞憂だったようです。だってわたくしには、今の自分の気持ちがはっきりとわかりますもの」


 最後の涙をぬぐい、エヴェリーナは心からの笑みを浮かべた。

 ジェラルドの美しい碧と琥珀色のオッド・アイを覗き込み、ようやく見つけた思いを告げる。


「――わたくしは、あなたを心から愛しております。ジェラルド殿下」


 ジェラルドは一瞬ぽかんとして、それからみるみる赤くなる。


「……っ、いや待てッ、それは俺が先に言うつもりで!」


「ふふっ、ごめんなさい。どうやらわたくしが先を越してしまったようですね?」


『グッグッグッグッ』


 ライオネルの巨体が上下に揺れた。

 エヴェリーナもつられて笑い出し、ジェラルドの拗ねたみたいなしかめっ面もすぐに崩れ去る。


 二人と一匹の明るい笑い声が夜の空に響き渡った。

本日夜に最終話とエピローグを更新して完結です。

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