表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/19

13.今さらですよ?

 エヴェリーナは落ち込んでいた。


 騎獣舎での仕事を終え夕刻には家に帰り着き、それからずっと自室にこもりきりだ。

 原因はわかっている。ジェラルドからのせっかくの誘いを断ってしまったせいだ。


(……だって、仕方ないじゃない)


 クッションを抱き締め、きつく目をつぶる。


 男の格好をして騎獣舎で働く、頭のおかしな令嬢。

 きっと目当てはジェラルド殿下に違いない。

 身の程もわきまえず、非常識な手段を取ってまで殿下に近づこうとする、あさましい女。


 エヴェリーナの耳に入ってきたのは、おおむねそんな内容だ。

 本当のことを言ったところで信じてもらえるはずもなく、エヴェリーナは噂を否定も肯定もせずただ口をつぐんでいた。


(舞踏会……)


 無意識に腰を上げ、ワードローブの前に立つ。

 伯爵家当主代行のころにまとっていた、黒や灰色の地味なドレス。それらに隠れた奥の奥に、エヴェリーナが娘時代に愛用していたドレスがあった。


「……駄目。これは派手すぎるわ。年甲斐もなく、なんて笑われて、非難の種をますます増やしてしまいそう」


 鮮やかな色のものは脇に避けて、エヴェリーナは一心不乱に捜索を続ける。


 ふと、手が止まった。


(……これ……?)


 生前、父が最後に贈ってくれたドレスだった。

 落ち着いた琥珀色は、当時のエヴェリーナの目にはひどく地味に映ったものだ。花柄があしらわれてはいるものの、透かし模様なせいで一見すると無地に見える。



 ――もう、お父様のご趣味ったら。華やかさに欠けすぎよ



 そんなふうに口を尖らせたのは、決して本心からではなかった。拗ねた振りをして、甘えてみせただけなのだ。

 父もしっかり見抜いていて、おどけたみたいに肩をすくめた。



 ――お前の持っていない色を贈りたかったのだよ。ほら、エヴェリーナの髪は明るい金だから、黄色のドレスは一着もないだろう?



 どうやら父は職人に相談して、エヴェリーナの髪にも合わせやすい生地を選んでくれたらしい。

 ドレス単体で見れば地味だが、エヴェリーナの金髪と合わせれば一気に華やかになる。


 そう嬉しげに説明してくれた父の顔を思い出し、エヴェリーナは涙をこらえた。


「……ええ、お父様。これなら今のわたくしでも、充分に着られるわ」


 姿見鏡の前に立ち、エヴェリーナはドレスを当ててみる。

 髪は豪奢に結い上げて、その分ネックレスや耳飾りを細身のものにしてみたらどうだろう?

 全体のバランスが取れ、控えめながらも美しく仕上がるに違いない。


 そう楽しく想像して、エヴェリーナははっとする。


(駄目よ、舞踏会には行けないのだから。そう決めたでしょう?)


 唇を引き結び、ドレスを元の場所に片付けた。

 再びソファに座ったのに、視線は未練がましくワードローブに戻りそうになってしまう。


(あの琥珀色……まるで、ジェラルド殿下の瞳の色のよう)


 ジェラルドの瞳は、碧と琥珀色のオッド・アイ。

 舞踏会の誘いを断ったときの、彼のがっかりした顔までつられて思い出され、エヴェリーナの胸がじくじくと痛んだ。


「……姉様? よろしいですか?」


「! トーミ、どうぞ!」


 慌てて招き入れた弟は、なぜかエヴェリーナと同じく痛そうな顔をしていた。

 黙ってソファに腰を下ろし、隣に掛けたエヴェリーナを探るように見つめる。


「姉様。仕事から戻られてからずっと、浮かない顔をしています」


「…………」


「何かあったのですか? もしや、心ない噂などが耳に入って……ん?」


 不意にトーミが言葉を止めた。


 不審に思って、エヴェリーナは伏せていた顔を上げる。トーミの視線を追えば、そこにはワードローブからはみ出した琥珀色のドレスの裾があった。


(あ……っ!)


 真っ赤になるエヴェリーナを見て、トーミはすぐに何やら察したらしい。

 機敏に立ち上がり、ワードローブを開けてドレスを引っ張り出す。しげしげと眺め、やがてにっこりと笑った。


「姉様。舞踏会に着ていくドレスですか?」


「ちっ違うの! わたくしは、参加するつもりなんてありませんから!」


 大慌てでの弁解など、トーミは少しも聞いていなかった。

 エヴェリーナにドレスを当て、感心したように何度も頷く。


「さすがは父様の見立てです。姉様によくお似合いだ」


 大仰に褒めそやすと、うやうやしくエヴェリーナに手を差し伸べた。


「――姉様。どうか建国祭の舞踏会、この僕にエスコートさせていただけませんか?」


「トーミ……。でも、わたくしは……」


「まさかとは思いますが、姉様ともあろうおかたが噂好きの連中を気にしておいでですか? 当主代行としての務めを終えたからには、やりたいことをやる。これから夢を叶えてみせるのだと、僕に堂々と宣言したではありませんか」


 エヴェリーナはますます赤面した。

 トーミの顔を直視できずにうつむく。トーミは優しくエヴェリーナの肩を叩いた。


「……わたくしは、わたくしのような姉がいるせいで、あなたまで悪く言われるのが嫌なの」


 勇気を出して、エヴェリーナは自身の気持ちを打ち明ける。

 トーミは優しい眼差しをエヴェリーナに向けると、ふわりと微笑んだ。


「姉様。そんなの今さらですよ?」


「…………え」


 目を丸くするエヴェリーナに、トーミは思いっきり失笑する。


「姉様が騎獣舎で働いている時点ですでに、学生時代からの友人たちから散々からかわれていますよ。今さら罪状が一つ二つ増えたところで、たいして変わりはありません」


「ざ、罪状って」


「やりたいことをやる。好きなことをあきらめない。……そう言って、姉様は騎獣舎に勤めだしたのではありませんか。それなのに、またあきらめるのですか?」


 トーミの偽りのないまっすぐな視線を受けて、エヴェリーナは息を呑んだ。


(……そうだわ。わたくしは――!)


「旦那様っ、お嬢様っ! お、お、お、お客様がお見えですっ。大至急客間へ、はっ殿下っ!?」


 取り乱した家令の声が聞こえ、エヴェリーナとトーミは顔を見合わせた。

 固まるトーミより、エヴェリーナの方が行動が早かった。扉を開け放ち、想像通りの人物が立っていて目を見開く。


「ジェラルド殿下?」


「終業後にすまない、エヴェリーナ。一つだけ、伝え忘れていたことがあってな」


 エヴェリーナは言葉を失って立ち尽くした。


 騎士服をまとったジェラルドが、やけに凛々しくて目に眩しい。

 騎獣舎では見慣れているはずなのに、ジェラルドが自分の部屋にいるという事態に思考が追いつかない。ぼんやりと見惚れるエヴェリーナに、ジェラルドは咳払いする。


「舞踏会の件だ。――実は、今回は特別にライオネルも出席させる予定でな」


「……えっ!?」


「舞踏会仕様で見栄え良く着飾ってやるつもりなんだ。さぞやお前も喜ぶだろうと思ったんだが……うん、確か欠席するとか言っていたか?」


 もったいぶった口調でジェラルドが確認する。

 エヴェリーナの頭は真っ白になったが、後ろでトーミが噴き出すのが聞こえて、カッと頬が熱くなった。考える間もなく、天井に向かって勢いよく手を突き上げる。


「――行きますっ! 建国祭の舞踏会、わたくし何が起ころうと出席させていただきますっ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ