39:殴れ
耳まで真っ赤にしたエドが地面に伏せています。
その横に座り、よしよしとエドの後頭部を撫でていたのですが、そろそろ顔が見たいというか、話したいです。
「エド?」
「っ…………酔ってた」
くぐもった声でボソリ。
「ええ、とても酔われていましたね」
「記憶はある」
さらにボソリ。
「でも抜け落ちてたんだ」
「はい」
私に言われて思い出したようで、羞恥心が最大限まで跳ね上がっているようです。
「先ほどもお伝えしましたが、本当にあの日、私はエドに救われたんですよ?」
前を見ろと言われ、前を見ることが出来ました。積極的に何かをしたわけではありませんが、そのとき、そのときで、後ろは見なくなりました。
だからこそ、いままでの日々に後悔はありませんし、こうやって毎日を楽しめているのだと思います。
「…………ん。恥ずかしさついでに言っていいか?」
「ええ」
「あの日、カフェに来た少女がアレキサンドライトだと直ぐに気付いた。そして、ロリコンかと焦った。この年齢差はヤバいだろうと。でも手放せない」
「年齢差といいましても、十歳程度ですよね?」
私は二十歳、エドは三十四歳だったはず。
「でも出逢ったときは幼い子どもだったし、いまはおっさんだろ?」
「素敵なお兄さんですよ」
「……なんで煽る」
いまの流れは、エドが自ら引き寄せたくせに。いじけたエドは面倒可愛いです。
後頭部をよしよしと撫でつつ、そんなことより過去の女性の話を聞きたいんですけどね?と、チクリ。
これくらいの意地悪は許して欲しいです。
慌てて起き上がったエドが、私の方を向いて座り直しました。
「殴れ」
「えぇ?」
「嫌な話を聞かせて済まなかった。だから、殴れ」
「嫌ですよ」
一瞬、そういう趣味の人か確認したほうがいいのかなとも思いましたが、たぶん違うはず。
「私の知らないエドを知ってる女性がいることに、ちょっと嫉妬しているだけです。エドが誠実なのは……誠実かはちょっとよく分かりませんけど」
「なんでそこは信用ならない感なんだよ」
口を尖らせて文句を言うエドにそっと顔を寄せて、触れるだけのキスをしました。
周囲に人がいないことは確認していましたので。
「――――っ!?」
「唇を奪っておいて、出ていけと言う人ですから?」
「っ、あ……」
「でも好きなんですよ。どんなエドも」
もう一度キスして、にこりと微笑むと、エドがくるりと後ろを向いてしまいました。
「エド?」
「エドヴァルド」
低い声で続けて「誰にも呼ばせたことない」と言われました。エドの本名、エドヴァルド。
誰にもというのは女の人たちのことなのでしょう。
「素性は、誰にも話すつもりはなかった。いつか誰かと結婚したとしても」
「でも?」
「アレキサンドライトに隠し事をしたくない。もう、裏切りたくない。手離したくない」
そう言われて、なんだかいろんなことがスッキリしたと同時に、どうでもよくなりました。
エドは私を見ていて、私はエドを見ている。二人で歩んでいきたいと思っている。
それだけが私たちにとって大切なこと。
「では、もう離さないでくださいね?」
「ん」
すくっと立ち上がったエドが、手を差し伸べてきました。
そこに手を重ねると、ぐいっと抱き寄せられ、熱くて深いキス。
エドが唇に移った紅を親指で拭う姿に妙な照れを感じていると、ふわりと微笑まれました。
「少し早いが、帰らないか? 俺たちの家に」
「はい」
エドと手を繋ぎ、私たちの家である王都内のカフェに戻ることにしました――――ちょっと足早で。





