34:エドの師匠さん
「よぉ、ばぁさん。生きてっか?」
入るなりそう言ったエドに、ものすごい勢いで包丁が飛んできました。
急にエドが一回転したと思ったら、右手で包丁の柄をしっかりと握っていました。いつの間にかキャッチしていたようです。
「うぉっ!?」
「きゃっ」
「あっぶね。ケガしたらどーすんだよ! てか、殺す気か!」
「死にゃしないだろ。格好付けてキャッチする余裕まであるじゃないか。久々に顔出したと思ったら女連れ……まったく、不義理な弟子だね」
白く長い髪を高い位置で綺麗に纏め、コックコートを着た年配の女性が、カツカツと足を鳴らしながらこちらに近付いて来ました。
「包丁返しな」
「ばぁさんが投げて来たんだろが!」
「あぁ?」
「チッ。ほらよ」
なんだかかんだと言い合いをしていらっしゃいますが、仲は良さそうです。たぶん。
コックコートを着た師匠さんと目が合いました。ニコッと笑顔を向けられたので、ニコッと笑い返しました。
「なんだい。今までの女とは随分と毛色が違うじゃないか」
「ばぁさんっ!」
――――今までの、女。
経験とか色々ありそうなのは、話したり触れ合っていて分かりはしましたが、こうもハッキリと言われてしまうと、少し淋しくもあります。
どうせならエドから聞きたかったです。
「マジで余計なこと言わないでくれよ……」
「なんだい、えらく弱気だねぇ。本気なのかい?」
「……じゃなきゃここに連れてこねぇよ」
「ふぅん? まぁいい。座りな」
師匠さんに席を案内されました。案内というか、取り戻した包丁で席を差し示されただけですが。
エドが窓際にある席のイスを引いてくれたのでそこに腰掛けました。
「騒がしくてすまん。あと……色々と弁明させてくれると嬉しいんだが……」
「はい。ぜひ聞きたいです。でも、後ででいいです」
「ん」
ちょっとしょんぼりしたエドが可愛いかったので、後でたっぷりと言い訳というのを聞いてから、私の気持ちも伝えたいなと思います。
ちょっと意地悪でしょうか?
でも、それくらいは許してほしいです。
「エド! ランチのコースでいいんだろ?」
「あぁ、それで頼む」
「あいよ」
こちらではランチでハーフコースを出しているそうです。営業は十二時からで基本は予約制しかないとのことですが、実は十一時から開いていて、師匠さんに許された人だけ入店できるとのこと。
「エドは許されてるのですか?」
「んー……特別なときだけ、な」
「特別」
つまり、私とのデートは『特別』ということで良いのでしょうか? そう思ってエドをちらりと見ると、柔らかく微笑まれました。
一気に頬が熱くなりました。
特別な場所。
特別な時間。
特別な相手。
エドは私とのデートを特別なものだと思ってくれている、ということ。
それだけで胸がいっぱいです。





