3:住む家を――
「あの、少しお伺いしたいのですが――――」
人の良さそうな黒髪眼鏡の店主さんに、この近辺に住む場所を紹介している人や、そういった職業の店はないかと聞いてみました。
カフェで食事をしている間、店主さんはいろんなお客さんと笑顔で会話していました。
どこそこの誰々がどうだ、とかの悪口を話しかけてくる人は笑顔でするりと躱し、誰々の小さな良いところを会話にこっそりと混ぜ込んだりと、とても出来た人だなといった印象でした。
きっと、知らない私のちょっと立て込んだ事情もするりと躱し、適任の方を紹介してくれるのでは、と思ったのです――――けどね?
「…………は? それで追い出されたのか?」
「ええ、なので住む家を――」
「復讐したいとか、ないのか?」
「ええ、なので住む家を――」
「あんた、納得してるのかよ?」
「ええ! ですから、住む家を!」
住む家を探しているのだと言おうとしているのに、なぜか質問が終わりません。
多少モヤモヤしていたので、ついつい話してしまった私も悪いのですが。
これはもう別の方に聞いたほうが早いかもしれない、と諦めかけていた時でした。
「それなら、ここの二階の貸し部屋とかどうだ?」
店主さんがこちらを向いたままで、彼の後ろにある階段を親指で差しました。
「へ?」
「だからここの二階。部屋を探しているんだろう?」
「探していますが……」
「この時間から内見したり契約したりは、流石に難しいぞ? お貴族様の命令ならいざ知らずだが」
そう言われて、自分も『お貴族様』の感覚でいたのだと気付かされました。
「ウチは旅人に日割りで部屋を貸したりしているし、ちょうどいいんじゃないか? あ、部屋には鍵もかかるし、風呂もあるからな」
「まぁ、素敵ですね!」
「……あんた、ほんとすぐ騙されそうだな?」
――――なぜ。
いえ、確かに家族や元夫らしき男には騙されていましたが。
「部屋をちゃんと確認してから『素敵』は言うんだな。お貴族様の管理の行き届いた清潔感あふれる部屋とは違うからな?」
「それはそうですね。はい!」
私の返事を聞いた店主さんがガシガシと黒髪を掻き混ぜなが俯き、ハァと大きくため息を吐き出しています。
顔を上げた際に、ちょっとズレた眼鏡を押し上げながら「ついてこい」と仰いました。
店主さんについて階段を上っていたのですが、右足を少し庇いながら歩かれていることに気が付きました。怪我でもされているのでしょうか? それなのに私に「大丈夫か? 荷物持とうか? 階段は急だから、気を付けろよ」と声をかけてくださいました。
口調は強かったり、ズバリと刺さる言葉を掛けられもしましたが、やっぱり最初に抱いた印象は間違いありませんでした。
「店主さんはとても優しい人ですね」
そうお伝えすると、大きなため息を吐かれてしまいました。