22:昔々、あるところに
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昔々、あるところに、長く美しい黒髪を持つ少年がいた。彼は嫌だったが、母親が伸ばすよう強要していた。なんでも、彼の父親がそうだったからと。
母親は偉い人のお手つきだったという。誰かは教えてもらえなかったが、彼は何となく気づいていた。
彼ら母子が住んでいたのは田舎の農村だったが、定期的に高級な身なりの人物が家を訪れ大金を置いていくのだ。その人物は母親に恭しく挨拶をして、直ぐに去っていく。
きっと、父親の部下か使用人なのだろうと予想していた。
その予想は合っていた。
彼の母親が病に倒れてしばらくして、その人物がまた家に来た。その人物は、なぜすぐに言わなかったのかと憤りつつも、直ぐに主人に連絡をした。
そうして現れたのは、長いたおやかな黒髪のこの国の王だった。
この国の王は、恋多き人物というのが周知の事実。正妃、側妃、妾妃……など、十人もの妻がいた。それぞれを本気で愛し、それぞれの間に沢山の子どもがいた。
ただ、妃たちや王子王女たちの地位争いは苛烈なもので、彼の母親はそれらに関わりたくないとのことで、戦線離脱し田舎の農村に逃げ込んだのだった。
母親は最後まで王都に戻ることを拒否し、農村で息を引き取った。
そして天涯孤独となるはずだった彼は、国王の息子として王城に住むこととなる。
きらびやかな世界だと思っていた。高貴な人物たちが楽しそうに笑って、美味しいご飯やお菓子を食べて生活しているのだと思っていた。
だが、そこで目にしたのは、想像とは真逆の腹の探り合いと、裏切りに出し抜きに蹴落とし。人間の汚さというものをまざまざと見続けることとなった。
とりわけ、急に新たな王子だと連れてこられ、年齢的にかなり上にいた彼は、歳下の王子や王女たちからの嫌がらせの標的となった。
国王は、そういったことには一切関知しないと宣言しており、王太子には立ちたいものが立てばいいとして、決して年功序列というわけでもなかったことで、歳上の王子たちからは酷く敬遠されていた。
彼を唯一気にかけてくれたのは、騎士団の顧問であった老騎士だった。
昔は近衛騎士の長で、国王の側にいた人物。引退してからは、騎士団の顧問として新人騎士の指導を行っていた。
そして、彼の母親のことを知る人物でもあった。
彼の母は、国王付きの侍女だった。家は伯爵家で特に地位が高いというわけでもなく、低いというわけでもない。ただ、分をわきまえていたらしい。
何があっても、淡々と仕事をこなしていたのだという。国王に擦り寄らず仕事を優先する姿に、国王が興味を持ち――――色々なことがあり、彼が生まれたという。
老騎士は、彼を指導した。剣術や武術だけでなく、貴族としての知識やマナーまでも。
そして、前を見る大切さを教えてくれた人物でもあった。
数年が経ち、老騎士が天寿を全うした。
彼の味方はほぼいなくなってしまった。
彼は悲しみ、戦闘に明け暮れた。戦っている間は、目の前のことに集中出来た。悲しみや苦しみを忘れられた。
彼は率先して戦場へ出た。
戦場といっても、少数の部族などの抗争への介入や、他国からの要請に応じる程度で、国自体が戦争をしているわけではなかった。
だからこそ、だったのだろう。
彼は遠征先で仲間の騎士たちに裏切られ、戦場に取り残され、大怪我を負った。
命は助かったものの、騎士としての命はそこで潰えた。
◇◇◇
「身分を捨て、呪のようだった長い髪も捨て、エドとしてカフェを開いたんだ」
母親と二人暮らししていたときから、料理はいつもやっていたからと、エドが淋しそうに笑いました。