18:枯れるまで泣いて
「っ……嫌です!」
エドをグイグイと押し退けて部屋のドアを閉めて、鍵をきっちりかけて、部屋に閉じこもりました。
先程の比ではないくらいに、涙がボロボロと落ち続けます。
「アレキサンドライト」
軽いノックのあと、名前を呼ばれました。
「…………すまなかった」
エドはそれだけ言うと、階段を下りてカフェの方へ行ったようでした。
もしかしたら、元夫の人がドアを壊したり店内を荒らしたのかもと焦ったのですが、直ぐに足音が戻って来ました。そして、隣の部屋に入っていく気配。
ホッとしたと同時に、先程のすまなかったという言葉が気になりました。
エドは何に対して謝ったのでしょうか。
何かしらを仕向けたこと?
出て行けと言ったこと?
もし、キスしたことに対してだったら? そう考えたらまたボロボロと涙が溢れてきました。
――――酷い。
ついさっき、エドのことが好きなんだと気付いたんです。
助けに来てくれて、追い返してくれて、名前を呼ばれて、抱きしめられて、キスして……ブワッと花開いたんです。
それなのに、こんなことって。酷すぎます。
フラフラと歩き、ベッドに潜り込み。枕に顔を埋めて声を押し殺して泣きました。
朝になっても涙は枯れることなくこぼれ落ち続けます。もうこのまま泣き続けて枯れてしまおうと決め、全身から力を抜き、瞼を閉じました。
『苦しく辛い道のりが待っているかもしれない。出来ることを見つけ、前を向くんだ。下を向くな。上ばかり見るな。ただ前を見て、進め』
久しぶりに夢を見ました。
いつの間にか眠っていたようで、気付けばもう夕方になる時間です。
先ほど見た夢を、噛みしめるようにゆっくりと思い出しました。
夜空のように真っ黒な髪をひとつ結びにした、騎士のお兄さん。王城の庭園で途方に暮れていたときに声をかけてくれた優しい人。
ほとんど忘れていました。
あの日、彼に言われた言葉で私は救われたのに。
下は見ない。上を見すぎず、前を向く。ただ、進む。ずっとそうしてきたのに、なぜ忘れていたのでしょうか。
――――エド、貴方だったのですね。
ベッドを抜け出し、エドの部屋に向かいました。
ドアをノックして返事を待ちますが、反応がありません。
もう一度だけ。返事がなければ自室に戻ろうと決めてノックしました。
反応がないので、諦めようとしたときでした。ゆっくりとした足音がドアに近付いて来ます。
少しだけ開かれたドアの隙間から、エドが掠れた低い声で「なんの用だ」とぶっきらぼうな態度。
「話がしたいです」
「俺は話したくない」
「っ……はぃ」
目頭が熱くなり、鼻の奥がギュッと押しつぶされたような、溺れているような感覚になりました。
「私、エドに逢えて幸せでした」
笑顔でお礼を言いたかったのに、涙腺が壊れてしまったようで、涙が勝手に出てしまいます。
頑張って笑顔を作ろうとしましたが、上手にできませんでした。
「泣くな」
「ごめんなさいっ、面倒ですよね」
「違う。あー、くそっ、だから嫌だったんだよ……」
エドがガシガシと後ろ頭を掻きながら、自身の部屋のドアを大きく開けました。
「見ての通り、部屋がちょっと酷くてな。夜中からさっきまで飲んでたから…………臭ぇし、酒も抜けてねぇが……アンタの部屋で話してもいいか?」
苦笑いしながら部屋の中を見せてくださいました。
ほとんど私物のないガランとした部屋にあるのは、ベッドとテーブルくらい。そのテーブルの上や床に、十本近い酒瓶が転がっていました。
「自棄酒、だよ」
驚いて言葉を失っていた私に、エドが聞いてきました。幻滅したか?と。
どちらかというと、長時間それだけの量を飲んでいるのに、よく普通に話せているなといった驚きのほうが強いのですが。
「行こう」
そう言うと、エドが私の腰を抱いて歩き出しました。
――――あれっ? 酔ってる?





