17:幸せになれ
バタバタと走って入り口に向かい、鍵を解くとほぼ同時にドアを開けました。
エドの顔を見た瞬間、ホッとして膝から力が抜けて床に倒れ込みそうになったのですが、エドがしっかりと抱き止めてくださいました。
「うぉっ、大丈夫か?」
「エド…………」
何を言っていいのか分からなくて、そこで言葉が止まりました。
「怖がらせたな。泣くな」
「あれ?」
エドに言われて、自分が泣いていることに気が付きました。頬を伝い落ちる涙を袖口でゴシゴシ拭っていましたら、擦るなと怒られてしまいました。
「ごめんなさい」
「なんでアンタが謝る」
「だって…………元夫の人が」
「元夫の人……?」
心の中でさえも名前で呼びたくなかったので『元夫の人』と命名していました。それがつい口から漏れ出てしまったのですが、その瞬間にエドの眉間に深い皺が出来ました。
「元、夫か……」
「はい。面倒を持ち込んでしまい、申し訳ございませんでした。店内など何か壊されてはいませんか? 弁償します」
「アンタはさ、そうやってあの男の尻拭いをずっとやってきたのか? ずっとそうするのか?」
――――尻拭い?
「ご迷惑をお掛けするような状況で、ここに住んでいたのは私ですから」
「ここに住むように仕向けたのは俺だが?」
「え……? 仕向けた?」
「……………………っ、くそ」
なぜか悪態をつかれました。
エドが向かい合わせで腰を支えてくださっていたのですが、彼の腕に力が入り、ギュッと抱きしめられてしまいました。
肩にエドの頭がトンと置かれ、首筋に息が掛かりました。そして、お酒の匂いがふわり。
「エド?」
「……こんなはずじゃなかったんだよ。贖罪のつもりだった。ただアンタを見守りたかった。護りたかった」
「え、あの?」
エドが頭を持ち上げると、ゆっくりと顔を近付けてきました。
初めは抵抗したほうがいいのかなと戸惑っていたのですが、眼鏡の奥で悲しそうに微笑むエドの瞳を見たら、何も出来なくなりました。
エドの唇がふわりと触れた瞬間、鼻腔内がお酒の匂いで満たされました。
一度、二度、角度を変えて重なり合う唇同士。
三度目は深まるキスに酩酊しているような感覚に陥っていました。
「……アレキサンドライト、ここを出ていけ」
唇をゆっくりと離したエドが、絶望を突き付けてきました。
「遠くへ行くんだ。アレキサンドライトなら知らない土地でもやっていける」
「っ…………なんで」
「あの男や血が繋がっているだけの他人のいないところで、幸せになれ」
それはまるで別れの言葉。
それはまるで絶望の宣言。
エドの言う『私の幸せ』に、エドは存在しなかった。





