16:やめて!
エドのカフェに住むようになって、一ヵ月が経ちました。
普段はカフェで食事をしたり、時々屋台で買ってきて、スープは自分で作ったり、いろいろです。
休みの日は、二人で朝食を摂って、お昼と夜はそれぞれで摂るというのが、定番になりつつあります。
エドは休みの前の夜に飲みに出るときもあるようですが、朝はケロッとして朝食を一緒に食べています。
お酒にけっこう強いのかも?と、思っていました。
夜遅くに部屋のドアがノックされました。
エドは仕事が終わったあと、飲みに行くと言っていたので、エドではないはず。
「どちら様でしょうか?」
「私だ」
「…………どちら様で、しょうか?」
声に聞き覚えがあるような?
少し上ずっているような感じの声に、背筋がゾクリとします。なんだか寒くて、そっと腕をさすっていましたら、鳥肌が立っていることに気が付きました。
エドはよく『俺だ』とだけ言います。私とは絶対に言いません。
つまり、エドではない。それならば、誰なのかという問題。
「アレキサンドライト、ここを開けろ」
部屋のドアがガンガンと殴り叩かれました。
聞き覚えのある、なんだか嫌な感じの上ずった声。
――――もしかして?
「パウル様、ですか?」
「さっさと開けろ! 私を待たせていいと思っているのか!」
「っ…………!」
なぜここに、どうやって中に、なにをしに。
聞きたいけれど、怖くて声が出ません。
そもそも、カフェの中からしか二階に上がれません。ということはカフェに誰かが招いたか、侵入してきたということ。
エドが招くはずがない。
なぜかは分かりませんが、本能がそう囁くのです。エドは違うと。
「……」
「おいっ、聞いているのか!? 早く開けろ! お前のせいで、いらぬ恥をかいたんだぞ!」
「…………っ」
ガンガンと殴り叩き続けられているドア。
貴族の屋敷のように丈夫ではないので、ドアが少し揺れています。
男の人が本気を出せば壊れてしまうかも。そんなことが頭を過ってしまい、流石に怖くなりました。
こんなに声を荒げている元夫の人は初めてです。
失礼ながら、エドと比べるとかなりひょろっとしていて弱そうではあるのですが、それでも男性なのです。
もし、ドアが開いてしまえば…………暴力を振るわれるかもしれない。
「…………やめて……」
怖くて、身体がカタカタと震えます。
それと同時に、怒りも湧きました。
平和で楽しく過ごしていたのに、なんでなの? なんで邪魔をするの? もう他人なのに。もういらないと言ったのは元夫の人なのに。
「やめてくださいっ!」
「何をしているんだ!」
私の叫び声とエドの怒鳴り声が重なり、響き渡りました。
一瞬の静けさのあとに、階段を駆け上がる音と、また怒鳴り声。
あまりにも怖くてお風呂場に駆け込み、ドアの隙間から部屋の入り口を見つめました。
エドが何かを怒鳴り、元夫の人が更に怒鳴りました。それが何度か続いたあと急に静かになったと思ったら、ドスンドスンと不機嫌そうな足音が遠ざかって行きました。
「アレキサンドライト、もう大丈夫だ」
エドの落ち着いた低くて優しい声が聞こえた瞬間、部屋の入り口に向かって走り出していました。





