15:あのころの面影
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ずっとずっと昔のことだ。
俺がまだ王城で騎士見習いをしていたころ。
緑にも赤にも見える、アレキサンドライトのような瞳を持った少女を王城庭園で助けた。
あまり綺麗な身なりとはいえなかったが、貴族であることは間違いなさそうだった。
名前を聞けば、可愛らしい声で『アレキサンドライト』と名乗った。まさかそのままだとは思わず、聞き返してしまった。
家名を聞かれたのかと思った少女が名乗ったのは『シェリンガム伯爵家』だった。あの、シェリンガム。
影で王族系譜の恥とまで言われているブリアナを娶った大馬鹿者。
国王の従姉妹という厄介な立場から、嫁入り先で未亡人として粛々と生活させようとしていたのに、あの男が求婚し、あれよあれよと伯爵家に寄生。本当にいい迷惑だと、父親や王族に連なる一族たちがよく話していた。
個人的には父親も大差ないほど手が早いから大差ないと思うんだがな。
「……こんな人気のない所で、どうした?」
「じゃまだから、どこかに行っていなさいと言われました」
――――なるほど。
今日は、貴族たちの令嬢子息を顔合わせさせて、友人作りや未来の婚約者探しをするための、王城昼餐会だった。
基本的に参加者は抽選になっているので、アレキサンドライトたちはたまたま来ただけなのだろう。
そしてあの女は子どもより、自分たちのコネ作りを優先したのだろう。
城内に連れて行こうとすると、拒絶された。ブリアナの言うことを聞かないと打たれるのだと。
未だ躾に暴力を振るっている家はある。各々の家のことなので、口出しは厳禁とされている。
年齢を聞けば九歳だと言った。そのくらいの年齢ならば上手く躱せそうな気もするが、彼女の怯えようから考えるに、何をやっても叱られるのだろうと思った。
唯一躱せるのは、命令を聞くことだけ。
助けるか少しだけ悩んだ。そして、やめた。
俺は知っていた。俺も王族の端くれだから、王侯貴族のやり方は知っている。
子どもが傷ついている程度では、何もしないということを。
「アレキサンドライト、よく聞くんだ」
「なんでしょうか?」
「この世界は甘くない。優しくもない。それにはお前も気付いているだろう?」
「……はい」
美しい瞳に暗い影を落として俯いた。
この子を苦しめるものから守れるほどの力は、俺にはない。だが、言葉だけでも伝えたかった。
「苦しく辛い道のりが待っているかもしれない。出来ることを見つけ、前を向くんだ。下を向くな。上ばかり見るな。ただ前を見て、進め。俺の師匠がそう教えてくれた」
「前を、見る」
「あぁ。何か出来ることを伸ばして、武器にしろ。人より秀でたものは、武器になる。ってな」
「私、ケンカはしたことないです」
眉間にシワを寄せて、首を傾げながら小さく拳を作った右手を見ていたい。
「っはは! アレキサンドライト、淑女の戦い方があるだろう? 礼節や話術、手芸なんてものも、武器になる」
「なるほど!」
パァァァッと輝くような笑顔になり、アレキサンドライトは頑張りますと言いながら、両手を固く握りしめていた――――。
「…………っ、くそ。夢か」
十数年前に出逢った少女。
気にかけていたと言えば嘘になる。俺は俺で自分のことで手一杯だった。
それでも、一度だけ出逢ったあの美しい瞳の少女のことは忘れていなかった。
店に来て、注文を受けた瞬間に、気が付いた。あのころの面影が残っていた。
大きく、美しく育ったな、と嬉しくなった。
…………それなのに。
言葉巧みに丸め込み、囲い込んだ。
俺は、彼女の親や糞のような元夫と、何が違うのだろうか?





