第9話「5人家族、最初の夜」
退院の日。
春風のようにやわらかな日差しが、病院の玄関を照らしていた。
「……久しぶりの空気、なんか懐かしい」
車椅子に乗る真希はそう呟いた。
腕の中には、生まれたばかりの未来。
その隣で、もうひとつの小さなバスケットには、莉嘉が静かに眠っている。
「ただいま、だね」
悠真がハンドルを握る横で、結翔がチャイルドシートにちょこんと座り、妹たちを見つめていた。
「ふたりとも……おうち、初めてだね」
•
部屋に戻った瞬間、現実が一気に押し寄せる。
授乳。
おむつ替え。
泣き声。
それが終わると、また授乳――。
まだリズムも安定しない新生児の双子育児は、まるでノンストップのマラソンだった。
時計の針は夕方を指している。
だが、家の中の空気はまるで深夜のような静けさと疲労感に包まれていた。
「……あれ、どっちがさっき飲んだっけ……」
「莉嘉が先だった、はず……たぶん……」
「ダメだ、眠気で脳がバグってる……」
「メモ書いて……って言ってたのに……」
ふたりとも笑っていた。
それでも、どこかぎりぎりのような、笑いだった。
そのとき、部屋の奥で静かに遊んでいた結翔が、とてとてと歩いてきた。
おもちゃのブロックを片付けた小さな手に、絵本を抱えて。
「……読んで、ほしい」
その一言に、真希の胸がぎゅっと締めつけられる。
(……ごめんね。いま、ママの手、空いてないの)
「パパが読むよ」
悠真がすっと立ち上がり、絵本を開いた。
けれど結翔は、顔を上げて言った。
「……パパ、だっこして読んで」
その瞬間――莉嘉が泣き出した。
数秒後には、未来も。
「……ごめん、先にふたりを」
「……うん」
小さく頷いた結翔の顔には、寂しさがにじんでいた。
•
夜、全員がようやく眠りについたころ――
真希はリビングのソファで、静かに座っていた。
「……まだ夜中まで、何回起きるのかな……」
指先は哺乳瓶を拭いている。
その隣には、濡れたタオル。
鼻の奥には、うっすらとミルクの匂いが残っている。
心のどこかに、“これが始まりなんだ”という実感が、じわじわと沁みていた。
不意に、背中にふわりと毛布がかけられる。
「……起こした?」
悠真が、優しく笑っていた。
「いや、こっちも寝かしつけてて……結翔、さっきから寝返りで布団蹴飛ばしてる」
「もう、赤ちゃんじゃないくせに……」
そう言いながらも、ふたりはお互いの手を探し、指先を重ねた。
「ねえ、悠真」
「うん?」
「……いまが一番、大変なのかもしれない。でも――」
「でも?」
「……たぶん、一番、幸せな時でもあるのよ」
その言葉に、悠真は小さく頷いた。
「……ほんと、そうかもな」
明け方近く。
リビングに貼られた家族5人の似顔絵の下で――
ふたりの親は、静かにその“重さ”と“あたたかさ”を噛みしめていた。
未来と莉嘉。
結翔。
そして、ふたりの親。
やっと揃ったこの5人で、今日を乗り切った。
たった一日、されど一日。
それは、確かな“はじまり”の証だった。
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