第6話「切迫早産の影と、家族の選択」
「……このままだと、かなり危険ですね」
担当医の声は、静かだった。
淡々と語られるその響きは、だが、真希の胸の奥を音もなく貫いていく。
妊娠24週。
双子の胎児たちは、健やかに成長していると信じて疑わなかった。
それが、今日――何気なく受けた内診で、その言葉を聞かされるとは。
「子宮頸管が短くなってきています。この時期の双胎妊娠では珍しくない所見ですが……正直、働きながら乗り切るのは難しい状況です」
「……つまり?」
「絶対安静です。自宅療養……いえ、むしろ入院を強く検討してください。
このまま無理をすれば、早産のリスクは跳ね上がります。……赤ちゃんたちが、この世界に出てきてしまう」
“出てきてしまう”――
まだ、出てこられては困る。
まだこの小さな命たちは、お腹の中で育たなければならない。
真希は、ゆっくりと息を吸った。
冷静に見せようとしたが、指先がわずかに震えていた。
「……わかりました。入院も含めて、考えます」
医師はその返事をじっと見つめたあと、こう言った。
「ご主人とよく話してください。双子妊娠は、支える側の協力が何より大切です」
病院の帰り道。
いつもなら寄るはずのオフィスにも、近所のスーパーにも立ち寄らず、
真希はタクシーを呼び、そのまま自宅マンションへ直帰した。
そして夜。
玄関の扉が開く音に、真希はソファから身を起こす。
帰宅した悠真は、スーツの上着を脱ぎかけたその手を止めた。
「……真希さん?」
「……切迫早産って、診断されたの」
落ち着いた声だった。
だが、その一言の重みは、部屋の空気をきりりと張り詰めさせた。
「子宮頸管が短くなってて……“できれば即入院”って言われたわ」
一瞬の沈黙。
その後、悠真はごくゆっくりと口を開いた。
「……仕事、辞めようか」
「……なに、言ってるの?」
真希は目を丸くした。
「悠真、今、営業で大きなプロジェクト抱えてるでしょう。
そのタイミングで辞めるなんて、あなたの将来が……」
「でも、それより命の方が大事だろ? 君も、赤ちゃんたちも」
真希の言葉を遮るように、悠真が強く言った。
その声は、真剣だった。
言葉の隅に、少しの迷いもなかった。
「俺が家にいれば、君の看病もできるし、結翔の世話もできる。
無理させたくないんだ。……大事な人たちに、何かあってからじゃ、遅いから」
その一言に、真希は言葉を失った。
彼は、本気で“全てを手放してでも守る”つもりでいた。
社会人5年目。
ようやくひとつの軌道に乗り始めたキャリア。
彼が積み上げてきた時間や努力を思えば、その選択は、あまりに重すぎる。
「……馬鹿ね」
気づけば、頬を一筋、涙がつたっていた。
「そんなの……嬉しいに決まってるじゃない。……でも、苦しくなるのよ」
「真希さん……」
「辞めないで。でも、育休をとって」
「え……?」
「三ヶ月でもいい。……結翔の朝ごはんも、登校準備も、全部“任せられる人”が必要になる。
私が入院になったら、あなたにしか頼めない」
「……うん」
悠真は、少しだけ潤んだ瞳で、力強く頷いた。
「ありがとう。ちゃんと、話してくれて」
「こちらこそ……ちゃんと、言ってくれてありがとう」
ふたりの間にあった“選択肢”は、いま確かな“決意”へと変わった。
その翌朝。
悠真は、営業本部長・柳瀬貴文のもとへ足を運んだ。
「……高槻、話があるんだろう?」
柳瀬は、すでにすべてを見通していたように言った。
悠真は、まっすぐ頭を下げた。
「妻が双子を妊娠しています。
昨日、切迫早産と診断され、即入院の可能性もあります。
そのため、数ヶ月間の育児休業を申請したいと考えています」
会議室の空気が、すっと静まった。
数秒の沈黙の後、柳瀬は短く、しかししっかりと頷いた。
「よく決断したな。……家族を守れる男は、組織にも必要だ」
その言葉に、悠真の胸が熱くなった。
社内には動揺もあった。
「高槻、結婚してたの!?」
「しかも、春日井課長と!?」
「双子って……本当かよ!?」――
驚き、ざわつき、憶測、そして噂。
だが悠真は、すべてを受け止めた顔で言った。
「必ず戻ってきます。
……でも今は、“家族を守ること”を優先させてください」
それが、彼の――
ひとりの“父”としての、第一歩だった。
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